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色なし三角スー・イラム  作者: 甫人 一車
青麗のタロガ
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〇六、人の不幸は面倒臭い



「……て、言っても、俺はあそこには三ヶ月しか通わなかったけどな」


 タロガは明後日の方向を向きながら、どこか遠い目で言った。

 まるで、その先に自分の故郷があるかのような。


「やっぱり、いじめられて通うのやめた?」


「ふざけるな!」


 わたしの軽いジョークに、群青色の美少年はたちまち激昂する。

 ……それにしても沸点の低い男である。

 あるいは、器が小さいとも言うのかなあ? いやガキだし、こんなものか。

 おガキ様に器なんて求めるほど、わたしも困窮していないからな。


「だよねー。それは考えにくいわー」


 言ってから、わたしはうなずく。

 どっちかというと、暴力沙汰で追放された可能性のほうが高そうだと思う。


「形式として通っただけで、その後は見廻り方見習いをやってたんだよ」


「ああ、そういうこと」


 そうすると、やはり彼は優秀なのかもしれないな。未だによくわからんけど。

 騎士団とはいわばお役人様、公務員さんである。

 部署ごとでお仕事は変わってくるが、入るには相応のものが要求されるのだ。

 例えば、家柄とか、お金とか、あと訓練所を優秀な成績で卒業したとか。

 さもなくば、わたしみたいにコネで隙間に割り込むようにするとか。


「あんた、三ヶ月で訓練所の教程クリアしたの? すごいね」


「十歳の時から、五年以上みっちりした……。向こうの訓練所だけどな」


「向こう?」


 また変なことを言い出すタロガを、わたしは注意深く見つめた。


「実家のほうの、だ。俺は一年前にこっちに来た」


「ああ、養子がどうとか言ったっけ?」


「……ああ」


 タロガは剣呑な目つきで言った後、黙りこくってしまう。


 士族の間では、養子をやったり取ったりすることは珍しくない。

 家の跡取りが病弱だったり、能力的にダメだったりする場合、親戚の次男三男を養子として迎え入れる。そんなことはざらなのだ。

 士族の家は、基本家督を相続する嫡子以外は財産を相続できない。

 他の者は自分で士官の口を探すかどうかしない限り、死ぬまで冷や飯喰いだ。

 中には形だけ取り繕って、実質は財産分与をするパターンもあるらしいけど。


 うちの場合は女ばかりゆえ、わたしが変なことを押し付けられることになったが。

 ……いや、待てよ?

 わたしは、またもや長官とこいつの会話を思い出した。


『……俺は、家を追い出された人間ですが?』


『そりゃセイル家の事情だろうが』


 次に、さっきのダメ男子どもの会話だ。

 婿養子がどうとか、間男がどうとか──うわ、あまり関わりたくフレーズばっか。


 …………。


 まずい。これはメチャクチャ面倒臭そう。もはやわたしの手に余るものだ。

 そういう予感がビンビンする。

 下手なことを言えば、こいつをプッツンさせそうだし。

 しかも、現在一応お仕事中である。

 勝手に一人だけ帰るというわけもいかないし……。さあ、困った。

 わたしはただ、タロガ・セイルの横顔を見ていることしかできない。


 でも……? 何だか変だな。

 話を拾い集めた感じだと、タロガは婿養子に入ってて、その相手が浮気して……。

 そんな風に受け取れるけど、ホントにそうなのだろうか?

 こいつの年齢は、わたしとそう変わらないはずだ。

 そりゃあ、わたしもこいつも結婚できない年でもないけどさ。

 戦乱の時代ならともかく、今時王族でもない限り十代半ばで結婚するかね?

 あるとしても、許婚とかそんな辺りに落ちつくのが普通だろ。


 わたしはだんだんと、詳しく話を聞いてみたい衝動に駆られた。

 聞けば、うるさいと突っぱねられるかもしれない。

 でも──


「……聞いていいかな?」


「何だよ」


 タロガは、少しだけわたしに視線を向ける。


「あなた、結婚してたの?」


「してない」


 返事は即答だった。

 まあ、これは予想してたことだから、わたしも驚きはしない。


「じゃあ、さっきのダメ男子の言ってたことって……」


 尋ねかけて、わたしは絶句する。

 タロガが、さっき以上にものすごい目つきをしたからだ。

 そのまま剣を抜いて、わたしに斬りかかるんじゃないかと思うほど。

 しかし、タロガは何をするでもなく、ただそっぽを向いただけ。

 また沈黙が続くな、これ……。

 わたしが内心でため息をつきかけた時、タロガは唐突に話し出した。


「俺が養子に入った家は、女が一人いるだけで他に子はいなかった」


「──ふむ」


 跡取りが女だけか。我が家とおんなじである。うちは三姉妹だけど。


「で、俺が家に入った時、そいつは家にいなかった」


「何で?」


「知らん。あのオッサンも詳しくは話さなかったしな」


 タロガは微かに嘲笑を浮かべた。


「いや、オッサンって誰?」


「俺の元養父だよ」


 そこでタロガは言葉を切ると、道端の石を拾い上げて川のほうへと放る。

 川面に、小さな水飛沫(みずしぶき)が上がった。


「そういう言い方は……」


 どうかと思うと、わたしは言いかけたけどすぐに口をつぐむ。

 横から見えるタロガの瞳が、あまりにも暗かったから。


「俺が養子になって一年近くたった時、そいつは唐突に帰ってきた」


 淡々と、事務的な口調でタロガは語り続ける。


「養父は、俺をそいつの婿にさせたがったらしい。けど、帰ってきた娘には別に恋人とやらがいた。当然のことながら俺は邪魔になる。だから養子縁組は解消。俺は家を追われた」


 ひどいというか、無茶な話である。大体、それ当然か?


「その娘って人は何で家を出てたの? どっかに奉公に行ってたわけ……じゃないよね?」


「だから、俺が知るかよ」


 そう言うタロガの声には、明らかな嫌悪がこもっていた。

 態度や言葉から察するに、タロガはその娘さんに恋愛感情はなかったろう。

 どころか、心情的に多分ほぼ他人であったに違いない。

 タロガはほぼ自分の関知しえないところで、不幸に襲われたわけだ。

 どんな人物にあったにしろ、タロガにとっては疫病神以外の何者でもなかろう。


 が、事情を知らない人間、あるいは悪意に解釈したい人間にとってはどうでもいいこと。

 婚約者を奪われ、婿入り先から追放された男──という最悪のレッテルは、貼られる側から迷惑極まりないが、貼るほうにとってはまたとない娯楽になったということか。




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