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色なし三角スー・イラム  作者: 甫人 一車
青麗のタロガ
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〇五、喧嘩はいけませんよ




 えらいことになった……。

 わたしは精神的な頭痛を感じながら、周囲を見回す。

 不審そうな視線を送ってくる人もいるが、半分以上は知らん顔で通り過ぎていく。

 ガキの喧嘩なんぞに構っている暇はねえ! てなところだろう。

 こっちとしては、そのほうが色々と助かるが。

 そして前には、顔を押さえたまま土下座するようにうずくまる少年。

 あの勢いでぶん殴られたわけだから、顔面はえらいことになっているだろう。

 その無様な姿は、ちょっと前までの調子こきまくった態度からは想像もできない。

 自業自得というか、馬鹿というか、考えたらずというのか。

 残りの連中は、呆然として怒ることも逃げることもできない様子。

 わたしとしては、このまま急いで逃げ出したいのだけども。

 そう思いながら──

 わたしはもう一度タロガ・セイルの様子を見て、嘆息する。

 ああ、これはあれだ。無理っぽい。

 美姫そのものの秀麗な顔は怒りで歪み、眼は血走って殺気があふれている。

 下手に止めようとしたら、こっちがとばっちりを食らう危険性が高い。


「……他に何か、言うことはあるのか?」


 残りの連中を睨みながら、タロガが言った。

 文句があるなら言え、ぶっ殺す!──そんな口調である。


「ひぃ……!」


 少年たちの誰かが、甲高い悲鳴をあげたのが聞こえた。

 タロガの怒気に当てられて、完全に戦意を喪失しているようだ。

 ダメだ、これはもう喧嘩する前から精神で負けている。

 さっき殴った時も、タロガの動きにわたしはついていけなかった。

 辛うじて見えたのが、殴った直前の光景である。

 容姿や年齢に似合わない強さを持っているのはわかっていたけど……。

 わたしなんかでは、きっと百回戦ってもこいつには勝てないだろう。


 しかし、である。


 完全にビビッているダメな男子どもは、タロガの強さを知らなかったのか?

 さっきの会話からすると、それなりに詳しい知り合いらしいのに。

 それとも、喧嘩にならないという確信でもあったのかしらン。

 この決して思慮深いとも、忍耐強いとも言えないタロガ相手に?

 やっぱダメだわ、こいつらは。

 タロガ以上に、夫にしたくない連中である。例え生涯未婚になるとしてもだ。


 ……しかし。


 こっちとしては、呆れてばかりもいられないのだ。

 このままドサクサにまぎれて、とっとと逃げてしまうのが一番だけど。

 下手をすれば余計にタロガを興奮させるかもしれない。でも……。

 しょうがない、ここは賭けだと、わたしは決意してタロガの腕をつかんだ。

 タロガは、その宝石みたいな瞳に驚きの色を浮かべてわたしを見返してくる。


「さ、行こう!」


 自分でも驚くほどに強い声で言って、わたしは走り出した。

 不意を突かれたせいか、タロガも抵抗することなくついてくる。

 このおかげで、わたしたちは騒ぎが起こる前に現場から遠ざかることができた。



       △



「いや……。マジでカンベンしてほしいわぁ」


 わたしは人目の少ない街角で息を切らせながら、軽い非難を口にする。

 一応公職たる騎士団に属する人間が、あんな往来で喧嘩するなんてどうかしいる。

 それが例え、半人前の身分であるとしても。

 タロガは、無言でわたしの手を振り払う。

 無遠慮なその腕力に、私は思わず転びそうになった。

 ……むかつく! 本当に何なのだ、その態度は。


「っていうか、さっきの連中はなぁに? あんたのオトモダチ?」


 わたしは身を起こしながら、嫌味をこめてタロガに言ってやる。


「違う」


 タロガのほうは怒気を浮かべながらも、視線を合わせようとしない。


「じゃ、何さ。いじめっ子といじめられっ子の関係?」


 言いながら、わたしはそれもちょっと違うかなと思う。

 わたしが機転を利かせてなければ、あのダメ男子どもはボコボコにされてた。

 運が悪ければ、大勢の見ている前で土下座する羽目になっていたかも。

 うむ。そう考えると、わたしは彼奴らにとっても恩人だわな。

 もしも次に会うことがあれば、そのへんを言い聞かせておかねば。


「アナタのプライベートに口を挟む気は毛頭ございませんけど? 一緒に行動してるわたしの迷惑というのも考えてくださいませんこと?」


「うるさい」


「うるさくない!」


 一言漏らすタロガに、わたしは容赦なく叫ぶ。

 下手すりゃこっちまで連帯責任になるかもしれないのに、黙っておられるか。


「で──さっきのダメ男子は何よ?」


 しばらく睨みあってから、わたしはもう一度尋ねてみた。


「……同じ訓練所にいた連中だ」


「やっぱ騎士の子弟だったわけかあ。いや、あの感じだと従士かな?」


 わたしはつぶきながら、改めてダメ男子どもの容貌を思い返してみた。


 この社会は、大別して立つ王族と、それに仕える国民の二階級に分かれている。

 さらにその国民が、士族と平民に分かれている。

 本質的には騎士も庶民も、王族からすれば下々の者ということになるわけで。

 ぶっちゃければ王様との距離は近いか遠いか、それだけのことなのだ。

 貴族という呼び方もあるのだが、それは王族への不敬にあたるので、この東部ではほとんど使われることはない。

 代わりに、使うのが士族という名称。

 読んで字のごとく、王族に仕える者──つまり、直接王の下で働く者という意味。

 大雑把に言えば、お役人になれる資格を持つ人間。それが士族。

 見廻り方もそのうちの一つに当たるわけだ。


 しかし、士族といってもその差はまさにピンキリなのであって。

 上は王宮で国政に関わりお大尽暮らし、下は小役人として慎ましい生活。

 見廻り方は、不浄役人という言葉が当てられるくらいだから、当然後者。

 しかし、見廻り方クラスの中でもさらにランクがあり──

 長官に代表されるような、騎士階級とその下にいる従士階級。

 従士は戦争になれば、歩兵を率いて最前線に送られるような立場にある。

 士族の六、七割がこの従士なわけだ。

 ま、騎士クラスでも底辺となると、従士との差は極めて曖昧になるけど。


 我がイラム家は、主に経済的な意味で残念ながら底辺に近い。


 で。


 士族の男子は十二歳以上になれば、各地域にある訓練場に行かされる。

 そこで、武術や馬術の訓練を受けさせられるのだ。

 訓練所ごとに差はあるが、士族としての作法や座学もやらねばならぬとか。

 故郷にもいくつかあったが、わたしは女子なので行かなかった。

 代わりに、父やクー姉からみっちりたっぷりしごかれたけど。


「じゃ、さっきのは訓練所の同期というわけだね」


 わたしがそう言うと、タロガはものすごーく嫌そうな顔をした。



 

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