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色なし三角スー・イラム  作者: 甫人 一車
青麗のタロガ
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〇四、巡回中に困った




「……」


「……」


 耐え難い沈黙が、ずっと続いている。

 前を早足で進んでいく青髪の美少年は、一言も口をきいてくれないのだ。


「……あのさー。別にお互いに好き好んでコンビを組むわけじゃないけど、もうちょっとこう円滑な人間関係というか……。そういうのをですね」


「うるさい」


 話しかけようとする端からこの有様である。

 何度後ろから蹴りでもかましてやろうと思ったことか。

 しかし、相手にまるで隙がない上に、やったら本気でやり返されそうだ。

 きれいな顔に似合わず、このタロガ・セイルという少年は女性に優しくなさそうである。

 場合によらなくても、顔面に全力で鉄拳を飛ばしてきそうな気配であった。

 若いながらも、その身体能力が並ではないのは初対面でわかっている。

 ああ、困った。

 見廻り方の見習いとして働く間、最低でも一年はこいつと行動をしなくてはならない。

 ハズレくじもいいとこだが、助平そうなオッサンよりは良いのか?

 もう、そんな風にでも思わなければやってられないのだが。

 このタロガというチビは、ホントに無愛想で口を開けば、


「うるさい」


 か、無視を決め込む。


 まったくおガキ様もいいところのヤロウで、わたしが理性的でオトナでなければ、すぐさまコンビは解消されているところだ。

 そんなイヤーな気分で、わたしはドゥーエ東区をあちこち歩きまわる。

 見廻り方は、その名称が示すとおり基本は街の巡回。

 何か怪しいことはないかと、見て回るのがお仕事である。

 特に新人であるわたしは土地勘を身につけるために、毎日毎日歩きっぱなし。

 都会の道にはなかなか慣れず、ほんのちょっとの道でも疲れてしまう。

 役宅に行けば行ったで、色々と勉強せねばならぬこともあるし。

 というか、便利な雑用係として便利に使われる日々なのだった。 

 ハッキリ言ってけっこう大変なのですよ。いや、かなり。

 コネで入った小娘ってことで、ただの腰掛というか、いるだけになるのかなー? などと、ちょっと考えていたが、大ハズレだった。

 こう言っては何だがお父様に言われたような、婿を探すような余裕なんかありゃしない。

 そもそも、先輩の騎士たちはみーんな既婚者ばっかりだし?

 セクハラでもされやしないかと不安だったが、用事を言いつけられることは山ほどあっても言い寄られることなど全くなし。

 わたしのような存在感の薄い小娘は、ほとんど透明人間みたいなものらしい。

 ホッとするような、残念なような。


 しかし、それではすまないのが目の前にいるタロガ・セイルである。

 今のところ、まともな友好関係を結べるとは思えない相手だ。

 一緒に行動しても、いちいち神経を使わされるからたまったもんではない。

 人間に懐かない獣を調教するみたいで、結構な度胸も要求される。

 それとも、あれか? 向こうにすればなめられないようにやってるのか?

 だとしたら、本気でやめてほしいもんである。

 縄張り争いをして威嚇しあっているワンコロじゃないんだから……。


 別に無理して仲良くする必要ないかも。最低限仕事を覚えられたらいい。


 わたしは、次第にそんな風に考え始めていた。

 タロガにしたって、それをお望みなのかもしれない。

 いや、この態度を見るに十中八九そうなのだろう。

 向こうに全くその気がないのだから、もう無理だろ。友好関係なんて。


 だとすれば、もう必要以上に気を使うのはやーめたっと。


 わたしがそう思った途端、いきなりタロガが足を止めた。

 まさか、心の声が聞こえたとかではあるまいな……?

 少しビビりながら、声をかけるべきかと悩んでいると──


「何だ──お前、まだ生きてたのか?」


 前のほうから、いかにも高慢ちきな声音が聞こえてくる。

 タロガではない。前方に少年が数人ほど並んで立っていたのだ。

 その身なりから、職人や商人の子ではなく士族の子弟だとわかる。

 ただし、あくまでも『そこそこ』のクラスだ。うちの実家と対して変わるまい。


「養子先を追い出されて野垂れ死にしたって聞いたけど、まだ生き恥をさらしてたか」


 と、少年たちは嫌な声で嘲笑をあげるのだった。

 それにしても、養子先? タロガはどっかの養子だったのか?

 いや、別に珍しいような話でもないけど……。

 そういや、追い出されたとかどうとか、長官の前でも自分から言ってっけ。

 どういうことだろうか。

 大抵の場合養子縁組なんてのは、その将来性を買われてするものなわけで。

 それが追い出されっていうのは、よほどまずい失態をしたのか?

 けど、それならわざわざ長官が呼び戻したりしないはず。

 いや……わからんな、あのヤクザみたいな長官のことだし。

 と、その時わたしはタロガの肩が小刻みに震えていることに気づいた。

 ……あ。まずい。これは、すげえまずい予感がする。

 頭をよぎるのは、最初に出会った時のこと。

 あの時は酔っぱらいのオッサンだったが、今目の前にいる相手は……。

 いや、そういう問題ではないな。

 どんな相手であれ、仮にもお仕事中にトラブルを起こされてはたまらん。

 主にわたしがだ。巻き添え的に、連帯責任的に。


「……セイルさん、お仕事を途中でやめていいんですか?」


 わたしはできるだけ状況がわかってない振りをしながら、タロガの肩をつかんだ。

 ここで空気が白けてくれると助かるのだが。


「何だ、こいつ? どっから出てきた?」


 少年たちは不審そうにわたしを見てくる。

 おいこら。ずっと後ろにいたのに、どっから出たはないだろうが。


「ああ、こいつと同じ『色無し三角』か?」


 一人がわたしの背中に回りながら、ヘラヘラと笑いやがった。

 こいつら、わたしまで物笑いにする気か? さすがにむかついてくるぞ。


「まあ、せいぜい仲良くしとけよ? 案外お似合いかもな」


「そうだよな。今度はこいつンちの婿養子にでも入ったらどうだ?」


「あっはは。そりゃいいや!」


 少年たちはドッと品のない笑い声をあげるのだった。

 勝手なことを言いくさる連中だ。 

 いくら婿探しを言いつけられてるからって、タロガみたいなのはごめんだっての。

 顔はきれいかもしれないけど、結婚したらトンでもない暴力亭主になりそうだし。


「けど気をつけろよ? 婿に入っても、こいつが間男を作ったりするかも」


 何をほざくのだ、このアホども。人聞きの悪いことをぬかしくさって。


「それで、また家を追い出されたりしてな!」


 一際高い声が、爆笑と共に響き渡った。

 でも、その笑い声は一瞬で、凍りついたように消えてなくなる。

 タロガの拳が、それを言った少年の右頬に深く食い込んでいたからだ。

 おもっくそ殴り飛ばされた少年が、ぶっ倒れるのをわたしは呆然と見る。

 気づけば、地面にそいつの歯がいくつか転がっていた。

 タロガの顔は血の気を失い、死人というか悪魔みたいになっている……。




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