〇三、白い三角
いきなり、タロガが足を止めた。
何だろうと思ったけれど、今がチャンスとわたしは急いで距離を縮めていく。
青髪の美少女に追いつきかけた時、ものすごい寒気が襲ってきた。
まるで、いきなり真冬の木枯らしにぶつかったような……。
季節は合わないし、風も吹いてはいない。でも、確かに感じたのだ。
「……今、何て言った?」
タロガは背を向けたまま、ボソボソとした声で言う。
顔は見えないが、その声だけで相手の感情が嫌でもわかってしまった。
メチャクチャ怒っている……。
でも、何でだろ。さっきの会話に、彼女を激怒させるようなとこあったか?
そりゃ違う人間のことだから、何が逆鱗に触れるかはわからないけど。
「……えっと、何かまずいこと言いました? だったら、謝ります」
「何と言ったかって、聞いてるんだよ」
相変わらず背は向けたまま、低く静かだがものすごく怖い声。
「お、おんなのこ……?」
「そうだ。それだよ」
くるり──とタロガがこっちを向いた。
無表情。顔面蒼白。その青い眼には炎がメラメラ燃えている。
激怒の形相というやつだろうか。
「ハッキリと言っておくが、俺はれっきとした男だ。オカマでもない」
「…………。なんですと?」
この発言に、わたしは怖さよりも驚きのほうが勝った。
た、確かに女の子としてはあまりにもガサツで、物腰もアレだったが……。
まさか、こんなオチがくるとは。
わたしが何も言わないでいると、タロガはチッと舌打ちをして、
「二度とそんなことをぬかしてみろ。タダじゃおかねえぞ、お前が女でもな」
言い捨ててから、また早足で歩き出してしまう。
わたしはそれを追いかけながら、色んな意味で自信がなくなりそうだった。
自分よりもきれいな女の子は常にそばにいたけど、まさかこんな都会にきて、こんな美形の男の子と出会うとは。
字面だけならロマンスがありそうだが、相手がえらく粗暴なヤツで、そのくせとんでもないレベルの、女の子としか見えないような美少年。
何かもう、生きていくのが嫌になりそうだった。
△
「おう。何だお前ら、ずいぶんと早かったな?」
わたしたち二人を見るなり、長官はタバコを燻らせながら笑った。
改めて見ると、本当に公職にある人間とは思えんね。
ヤクザの親分みたいな雰囲気の、色悪っぽいオッサンである。
「それで、どういったご用件でしょうか?」
わたしが何か言う前に、タロガは噛みつくような声で長官に尋ねる。
ほとんど恫喝と言ってもいいようなレベルだった。
「なぁに。お前をうちに戻そうと思ってなあ。うちは何かと荒い仕事の多いところだ。お前のような生きの良い若い衆は一人でも欲しいところでな?」
長官はカラカラと笑っているが、タロガはほとんど無表情だった。
わたしは、タロガが長官に殴りかかるんじゃないかとハラハラしてしまう。
さっき路上で、酔っぱらいのオッサンたちにやったように……。
「……俺は、家を追い出された人間ですが?」
「そりゃセイル家の事情だろうが。この俺が自分の判断で、お前と言う個人をこの見廻り方に入れようというのだ。よそにゴチャゴチャ言わすかよ」
どこかすねたようなタロガの言葉に、長官は笑って煙を吐く。
何やら、この少年にも何か事情がありそうな様子……。
追い出された、というのは家を勘当にでもなったということか?
フツー、そんなことになれば騎士団への復帰なんてまずありえない。
個人的に雇い入れる──なんてことも、そりゃ長官の権限ならばできるだろうが、それこそありえない話だ。
と、なればこの少年はよほど優秀なのかしらン?
わたしの視線に気づいたのか、タロガがギンッと睨んでくる。
何でいちいち睨むのだ、こいつは……。餓えた野良犬じゃあるまいし。
いやさ。野良犬だって、無駄な喧嘩やガンの飛ばし合いなんかしないぞ。多分。
ハッキリ言って、わたしのこいつに対する好感は今のところゼロである。
何ぼ顔がよろしくっても、こうも態度が悪いんじゃあねぇ。
わたしがそんなことを考えているうちに、長官とタロガの会話が続いていき、
「話は聞いとる。そのへんで小悪党相手に殴り合いなんぞしていても、ただ腹が減るだけだ。が、しかし。うちにきてそれをやれば銭が出る。住処も保障されるぞ? それとも、あれか?逆に捕まる側の人間に落ちぶれて、臭い飯でも食いたいのか? ん?」
長官は煙管を弄びながら、タロガの顔を見ている。
タロガのほうは顔をしかめたまま、無言で突っ立っているばかり。
それにしても、長官の言うことはどこか物騒なものばかりである。
この街は、そんなにも治安が悪いのだろうか……。
さあ、そして。
「……わかりました。お世話になります」
やがてタロガは観念したとばかりに、ゆっくりと頭を下げた。
「よろしい。タロガ・セイル。それからスー・サーノ・イラム。お前たち二人を改めて我らが見廻り方の者として迎えよう」
言うなり、長官はどこから出してきたのか、黒いマントと服を机上に置いた。
両方とも遠目からわかりにくいが、蛇のような鱗模様をあしらった布地。
マントの背には、白地の三角印が淡く輝いている。
「ああ、これって……」
わたしはつぶやいた。
この三角印こそ、見廻り方の紋章である。
悪人を噛み殺すと言われた伝説上の毒蛇──三角形は蛇の頭を簡略化したもの。
しかし……? と、わたしは首をひねる。
その毒蛇は赤い鱗であっただと伝えられており、紋章も正式には赤だ。
だが、渡されたマントには白地の三角なのである。
「お前らはまだ入ったばかりの新人だからな? 赤い三角のものはやれん。ちゃんと一人前になった時には、赤い三角のものをやろう」
長官は笑って言った。
要するに──
これ白い三角は、わたしたちがまだ半人前だという意味らしい。
タロガは最初からわかっていたのだろう、何も言わずにマントと服を受け取っていた。
ともかく、制服もいただたいことだし、本当に見廻り方に入れたわけだ。
色々と不安なことはあるが、ともかくスタートは切れた。
わたしがホッと息をついていると、
「ああ、そうだ。お前らは二人は今後一緒に行動してもらう。タロガ、面倒を見てやれよ」
長官は、爆弾を放り投げてくれた。
「……俺がですか?」
タロガは、あからさまに不満そう態度でぬかしやがった。
不満なのはこちとらも同じである。
「お前は大よそのことはわかっているだろう? 後輩の面倒を見るのも勉強だ」
「……はい」
渋々という感じでうなずくタロガだが、わたしの顔を見て舌打ちしやがった。
こ、このガキャア……。