十九、調べものしなさい
最初に、あの離れに入った途端妙な感じがした。
だが、あまりにも不慣れな感覚だったので警戒心が先に立ち、用が終われば早々に出ていくことにしたわけだ。いや、そうではないか。
お住持は平気そうというより何も感じていなかったようだった。
が、自分はそうはいかない。嫌でも何かの残照みたいなものを感じてしまう。
だからこそ、怪しいものがいるのに違いないと、どこかで確信した。
しかし……散々探し回って、肝心の離れを無視したのはやっぱり、どこかで恐れがあったと言えるのかもしれない。恥ずべきことだ。
ならばこそ、今度こそ正面から怪異の原因らしきものとぶつかってやる。
そう決意して、タロガは離れに挑んだ。
物置に近い状態の離れには、昔使われていたという古いベッドがある。
もしかすると、これかもしれない。
タロガは警戒しながら、同時に大胆な動きでベッドに触れた。
その時、である。
風が止まり、いや強く吹き抜けるようにして、タロガは見知らぬ場所にいた。
色のない、モノクロの世界。
そんな場所へ何の前触れもなく、放り出されてしまったのである。
どこかの一室らしいが、戸をいくら引いてもそこからは出られない。
まるで、この部屋以外に『世界』というものが存在しないかのように。
そして部屋の中央には、白い寝間着姿の女の子がいた。
女の子はベッドに身を預けて、ジッと窓の外を見ている。
白と黒しか色のない世界では、髪や瞳の色もよくわからない。
声をかけてみたが、返事はなかった。というよりも、こちらの声はまるきり届いてはいないようだった。
しばらくすると、窓の外を尼僧が二人歩いていた。
彼女たちは何事か話しているようだったが、声が聞こえない。
いや、その世界は色ばかりではなく音とというものもなかったのだ。
色彩の楽しみもなく、無為な静寂に支配されたちっぽけな世界。
こんな世界にいたら、そう遠くないうちに気が変になってしまう。
タロガは次第にそんな恐怖を感じるようになっていった。
そして、思った彼女はどうなのだろうか、と。
おそらくはずっとこの世界にいる彼女にとっては、どうなのだろう。
△
「……そんなことを考えていたら、また」
「埃だらけの物置、じゃない。離れにいたと」
「ああ」
うなずくタロガを見ながら、私は腕を組む。
「何とも不思議な話ですねえ。で、そのベッドにいたお嬢さんはどんな?」
「それが……横顔をチラッと見たと思ったら――」
タロガは困った顔で、頭をかく。
しかし、だんだん自分が尼僧に化けてるってことを忘れてないか、こいつ。
もうちょっと言動には気を付けてほしいものだ。
寂れた寺院の中といっても、誰が聞いてるか知れないんだから。
「だからな、もう少しこの寺の歴史ってのか、そういうものを調べてみるべきだと思うんだ。今回の一件はそのへんにおおもとがありそうな気がする」
「悪くないアイデアですね。バケモノを待ち構えて捕まえるよりはいいです」
と、うなずいたわたしであったが、
「いや、それはそれで夜に決行する。俺は捕獲のほうをやるから、お前は調べものだ」
「な、なんですと? って、ちょっと待ってください……」
わたしはある不安感から、あわててタロガを止める。
というのは、野生動物だってこちらが刺激しなければ、危険がないものも多いのだ。
大体今回の騒ぎでも死人は一人出ていないのである。
正体のわからないお化けを変に刺激して、だ。
タロガだけをパックンチョとやって、それで満足する保証などどこにあろうか。
ひょっとすれば、興奮したドラゴンのごとく大暴れしかねない。
下手をすれば、わたしやお住持だって危ないではないか。
「念のため、お前やお住持はいつでも避難できるようにしといたほうがいいな」
わたしの意思を半端に理解してか、タロガはそんなことを言う。
そういう問題では……あるけど、ないんですよね!
「はあ。さすがですねえ。勇ましいですねえ」
状況を理解してないらしい『かけぶとん』は、拍手しながらのん気なもんだ。
けど、ジョーダンじゃございませんことよ!
「あのですねえ……!?」
と、わたしが声を大にして抗議しようとした時だ。
バン!
いきなり、タロガの右手がわたしの横を飛び、後ろの壁を叩いた。
発生した音と、その迫力に思わずわたしは押し黙る。
「かべに、どん? いや、かべにばん?」
後ろのほうで『かけぶとん』がわけのわからんことを言っている。
「荒事はこちらがやる。お前は調べものだ」
「……わかりましたよ!」
結局暴力で脅すのかよ、この女顔は。
内心ムカついているわたしを置いて、タロガは行ってしまう。
残されて、『かけぶとん』みたいなのをおっつけられて。
一体どないせえと言うのやら。
とはいえ、仕方ないと言えば仕方ない。
わたしは覚悟を決めることにした。
むかーし、離れに暮らしていたというお嬢様に関する調査を――
といっても、その内実はお住持から借りた日記や記録帳を読むことだけど。
でも、まあ。
お化けに頭からかじられるよりはマシかと考えつつ……。
調査。
調査。
調査。
…………。
はあ、思ったよりはしんどいわ、これ。
どうやら、あの離れは今から百年くらい前に建てられたものらしい。
多分中のベッドなんかも同じ頃のものだろう。
おそらく、お嬢様はかなり高貴な身分の方だったらしく、具体的な名前なんかは載ってないみたいだ。
あるいは、妾腹とか表だって顔見せできない立場だったのかもしれない。
そんなことを考えると、ちょっとセンチになる気もするが、そうも言っていられない。
ふむふむ……。
あの離れもベッドも、当時ドゥーエで折り紙付きの名工に作られたものみたい。
立場はアレだけど、親の愛みたいなものを感じるな、これは。
布団も病人のために、かなり工夫とお金をかけて作られたものだった……と。




