〇二、タロガ・セイル
それにしても、本当にすごい美少女だ──色んな意味で。
わたしは目前の少女を見つめながら、思わず大きなため息をついた。
お世辞にもオシャレとは言えない服装だが、しみ一つ見えないきめ細かい肌。
群青色の髪と瞳は野性味が溢れているのに、宝石みたいに輝いている。
クー姉やマー姉……どっちともタイプは違うけど、勝るとも劣らない美貌。
こんな街中で暴力を振るっているよりも、どこかのお屋敷で優雅にお茶でも飲んでいるほうがしっくりきそう。
しかし、そのミスマッチさがまたその美貌を際立たせているんだから、困る。
少女の美しさに、殴られた酔っ払いどもを横目で見ながら、わたしは半ば夢心地だった。
問題のオッサン連中、最初こそ人数にまかせて威勢が良かったのだが、
「ぎゃ……!」
あ、また一人殴り飛ばされた。
さらには、倒れたところへ腹に蹴りを……うわ、すげえ痛そう。
一対多数で有利だったくせに、オッサンたちにはちっと良いとこなし。
ものの三分も経たないうちに、全員が地面に転がっていた。
相当強く殴られたので、当分起き上がってはこれないだろう。容赦ないな。
……にして、大したもんだ、とわたしは改めて少女に見惚れてしまう。
彼女のほうは、フンとどうでも良さそうな態度だったが。
「……ありがとう。あなた、強いんだねえ?」
「さーな。けど、こんなのに後れを取るほど弱くもないつもりだが」
わたしがお礼を言うと、少女はぶっきらぼうにそう返した。
高貴さすら感じさせる美貌に似合わない、えらく粗暴な口調である。
わたしを助けてくれたとこから、そう悪い子ではなさそうだけど。
でも、そのために振るった暴力は少々行き過ぎかもしれない。
わたしは、失神したり、うずくまってゲロを吐くオッサンたちを見ながら、
「けど、あなたならもうちょい手加減できたんじゃない? かなり武術とかやりこんでいるみたいだし」
「……助けてもらって文句つけるのかよ」
途端に、少女は不快げな顔をしてわたしを睨んでくる。
うわ……。めちゃ怖い。
私と同じくらいの年齢の子なのに、その迫力はオッサンたちの非ではない。
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「別にどうでもいいがな」
言い淀むわたしを背を向けて、少女はすぐに立ち去ろうとする。
「あ。ちょ、ちょっと、ちょっと」
わたしは、その後をあわてて追いかけた。
「助けてもらったついでに、もうちょっとだけいいかな?」
「……何だよ?」
呼び止めるわたしをうるさそうに見る少女。
「あなた、このへんの人?」
「まあ、そうと言えばそうだけど……?」
「じゃあさ、タロガ・セイルって人知らない? このへんにいるらしいんだけど」
「…………。お前、何なんだ」
質問をした途端、少女の瞳は何か危険なものを漂わせ始める。
下手をすれば、このまま真っ二つに切り裂かれるんじゃないかってほどに。
「えーと……」
さて、困った。
ここで馬鹿正直に、わたし見廻り方の人間でーす、と言って良いのか悪いのか。
「実はその人を、見廻り方の役宅まで連れて来いって言われてて……」
一瞬悩んだけれど、結局わたしは馬鹿正直に言ってしまった。
「なに……?」
いきなり、少女の表情がものすごいものになった。
どうにも感情の読み取りにくい表情だけど、驚いているのは確からしい。
「……お前、何だ。見廻り方の人間じゃないだろう」
「いや、一応そこに所属してる者なんですけど」
「はァ? 見廻り方のマントも制服も着てないじゃないか。大体、ガキだ」
少女は目を丸くした後、露骨に馬鹿にした顔で言ってくれやがった。
そういえば、わたしは一応正装ではあるけど、見廻り方の制服ではない。
出かける前にちゃんと言えば良かったな……。
まったく後悔先に立たずだなあ、と自嘲しつつ、
「ガキはお互い様だと思うけど? で、確かに服はアレだけど、嘘は言っていない。長官から直々に命令されたの。タロガって人を連れて来いって」
わたしは長官の描いた簡易地図を見せながら、念を押すように言った。
「……本当らしいな」
食い入るように地図を見ながら、少女はぶっきらぼうに言う。
その表情はまた何と言うか、ひどく複雑なもので。
表面上は怒っているようだが、喜んでいるような、ホッとしているようでもある。
と、同時に屈辱に震え、それに必死で耐えているようにも見えた。
果たして、彼女の心は今どのように揺れ動いているものか……。
わたしには、ただ凡庸な想像とか推測をすることしかできないわけだが。
「……っていうか、あなたこそ誰? タロガって人の知り合い?」
「お前の探してる相手だよ」
少女はギロッとわたしを睨む。凄い怖い。
「俺がタロガ・セイルだ。何か文句があるか」
「え!?」
わたしが言葉を失くしている間、少女──タロガ・セイルは懊悩しているようだった。
「……くそ」
タロガは虚空を睨むようにして、乱暴に頭をかく。
今気がついたが、彼女は美貌ではわたしなんかよりずっと上だが、胸のほうはペタンコ。
下手をすれば男の子並かと言うほど、真っ平らだった。
内心軽い優越感を抱いた自分は性格が悪いのか? いや、そんなことはあるまい。
……てなことを考えながら、
「あの、セイルさん? できるだけ早く連れて来いって言われてるんですけど……」
わたしは新たな言葉を加えるのだった。
ただし、これは嘘である。
長官からは行ったついでに飯でも食ってこいと言われ、お金までもらった。
が、しかし。
こうでも言わないと、目の前の美少女さんは永久に懊悩を繰り返しかねない。
おばあさんになっても、この路上でウンウンうなっていそうだった。
「──わかった。行く」
狙い通り、タロガはそう応えてくれた。
が、喜んだのもつかの間で──
行くと答えた直後、彼女はすぐさま歩き出していた。
わたしのことなんか、存在すらしてない……みたいな態度である。
走っているわけではなく、ただ歩いているだけなのに、疾風のようだ。
ボヤボヤしていると、あっという間に見失いそうである。
「ちょ、ちょっとぉ! もう少しゆっくり歩いてよ」
わたしが文句を言うと、
「できるだけ急ぐんじゃなかったのか?」
タロガはジロリと怖い目で睨みながら、そう言うのだった。
「それはそうなんだけど……」
わたしがまごまごしている間に、彼女はもう歩き出している。
何ちゅーか、取り付く島もないとはこういうのを言うのだろーなあ。
しっかし? 女同士といっても、こんなんと一緒に仕事はしたくないぞ。
顔はめちゃくちゃ可愛いのに、その物腰はもうほとんど男である。
そういえば、声もわりとハスキーなほうだな。
「まったく……。ホントに女の子かね、この人」