十八、おかしなタロガ
「何やってんです……?」
「あ? あ、あああ……」
わたしが声をかけると、タロガはギョッとしたような声をあげた。
振り向いたその顔は、まるでいきなり叩き起こされた眠り姫である。
こんな間抜け面でもなお美しい顔に、わたしは一瞬ムカッときた。
ま、そんな些事はさておき、だ。
タロガは無言で立ち上がると、何かを思いつめたような顔で髪をかく。
いや、掻きむしるというほうが的確だろうか。
「どうかしました?」
「なんでもねーよ」
タロガは頭巾を付け直しながら、つっけんどんに言ってくれる。
「そうは見えませんけどね?」
「なんでもないって、言ってるだろうが!」
「だから、そうは見えないと言ってるんです!」
ヒステリックにがなるタロガに、わたしは低い声でがなり返した。
するとタロガめ、ムッとしながらも静かになる。
まったく。どうしてこうワンアクション余計なことをさせるかなあ?
「ハッキリ言わせていただきますとね? わたしはあなたがどうこうしようと知ったことじゃありません、ええ。ですけど、わたしたちは一応上から一緒の任務を仰せつかってるんです。てことは、好き嫌い言ってられないわけですよ。そういうわけで、報告・連絡・相談! この三つをおろそかにしてもらっては困る。何でもないとか言って、後で何か問題が起こっては、ものすごい迷惑をこうむるんですよ、わたしが!」
一気に言いたいことをまくしたせいか、わたしは妙にスッキリしてしまった。
言われたタロガのほうは、ぽかんと呆けた顔。
ひょっとして、またプッツンいくかな? と、わたしは内心ビビッてしまうが。
パチパチパチパチ……と。
突然変なこと言いながら、手を叩くモノがいた。
「いやー、えらい」
というか?誰もクソもありはしない。『かけぶとん』だ。
「こういう風にガツンと言えるというのは、なかなかいないですよ。ケツブツですね」
なに言ってんの、こいつ。
ケツブツ? ああ、傑物ということだろうか。
おバカなくせに、妙に難しげな言い回しを知っているもんだ。
わたしの視線に気づくと、『かけぶとん』はなぜか自慢げな顔。
ひょっとして、言い回しをして得意になっているわけでもあるまいし。
「くそっ……」
わたしの視線がそれている間、タロガは舌打ちをして裾の埃を払っていた。
「――悪かったよ」
「ふぁい?」
「てめえは、ひとの話を聞いてやがったのかよ!?」
タロガはヤクザ者みたいな獰悪な物言いで、怒鳴る。
だけど、その顔はリンゴみたいに真っ赤だった。
「……いえ」
わたしは思わぬタロガの反応に硬直してしまったが、落ちついてみるとなかなかによろしい展開ではあるまいか?
「いえいえ」
わかってくださればよろしいんです。
と、わたしがきれいに決めようとしたその矢先である。
「ま。わかればよろしいですよ?」
横から『かけぶとん』がしたり顔で言い放ったではないか。
「な……!?」
「……?」
いきなりの卑劣極まりない不意打ちに、わたしはただ絶句してしまう。
同じように絶句したタロガのほうは、
「……っぷ」
わたしと『かけぶとん』めを交互に見比べて、一笑しくさった。
ぐお……! な、なんちゅうクツジョクか。
が、わたしの醜態に機嫌を直したのか、タロガめは裾を払いながら、
「まあ、いったん外に出るか。埃っぽくてかなわん」
と、妙に落ちついた顔つきで言うのだった。
外に出るなり、タロガはお住持に何事か尋ね始める。
少し早口で聞き取りにくいが、傍から聞いていると、
「亡くなったのはいつ頃……」
「どんなかたで……」
と、どうやら生前離れで暮らしていたらしいお嬢さんについて、らしい。
ふーむ。やっぱりそのお嬢さんが化けて出てきたのかな。
と、するとわたしは生まれて初めて幽霊ってものを見たりするわけか?
△
それから。
気が付けば、遅めの昼食となっていた。
お住持主導のもと、わたしたちは寺院料理を作り、それに手を合わせる。
寺院料理だけに肉っけとか魚っけはないけれど、お住持のレシピのおかげなのか、そこらの料理屋よりずっと美味しい。
ちょっとしたひと手間、ひと工夫が生きているって感じだ。
「ところで――あの離れで何かあったんですか?」
食事が終わり、一緒に洗い物をしながらわたしはタロガに問う。
「なぜ、そんなこと聞く」
「何でって。あの後急激に、より活動的になったじゃないですか。あなた」
私の視線と声に、タロガは尼僧姿で苦笑した。
「……まあな」
ふむ。やーらかい態度だ。やっぱり、こいつちょっと変わった。
「何て言えば、いいのか。よくわからん」
そういうタロガの顔は、本気で困っているという感じ。
わたしに意地悪するとか、意地を張っているわけじゃなさそうだ。
「そうだな……。しいて言うのなら、夢を見た」
「ゆめ?」
「ああいうのを、白昼夢っていうのもしれん。けっこう長い内容だった気がするんだが……。終わってみればほんの一瞬だった。それこそ瞬きするくらいのな」
そう語るタロガの瞳は、ほんの一瞬だけど恋する乙女みたいな輝きを放っていた。
……ような気がするな。
あまり色恋に縁ある生活を送っていないので、そういうことはわからない。
「顔は、わからなかったんだが。夢の中に女の子が出てきた……」
「ははあ」
「その子が、あのベッドの上で生活してる時のことがぶわっと。いや、そうじゃないな。何て言えばいい? 俺が、あの子のいる場所に迷いこんじまったような」
語った後、タロガは身をよじるように首を振り、黙り込んでしまう。
……あれ。何か、これってやばくないですか?
わたしが微かに危機感をおぼえ始めている横で、タロガはまたも語り始める。
今度は、より詳細に……。




