十五、着替えと行水
「何やってんだ、お前ら……」
意外に早く戻ってきたタロガは、わたしと『かけぶとん』を見ながら不気味なものでも見るような顔つきで言った。
さっきと変わっている点は、床でクシャクシャになっているボロボロの尼僧服と──
黒いマントを全身をすっぽり隠している『かけぶとん』──
わたしは、別に何も変わってはいないはずだが。
「ああ、ちょうど良いところへ」
「──って、おい! こいつの着てるのはまさか……」
タロガはわたしの声を無視して、『かけぶとん』のマントを凝視している。
……いちいちムカつくやつだなあ。
「やっぱり、俺のマントじゃねえか!? 何のつもりだ、てめえ!」
タロガはわたしをギロッと睨み、今にもつかみかからんばかりだ。
「落ちついてください。ちょっと借りてるだけですよ」
『かけぶとん』の汚い姿に我慢ならなくなったわたしは、まずはその服を脱がせてみた。
が、その結果。単に着替えさせるだけではダメだと痛感する。
バッチィ。汚い。不潔。すぐにお風呂、最低でも行水させるべきと判断。
とりあえず服を全部脱がせたが、裸でいさせるわけにもいかない。
そこで目に付いたのが、客間に置いたままだったタロガの小荷物。
中には見廻り方のマントが入っていたので、それを拝借させてもらう。
裸の『かけぶとん』に着させることことにしたのである。
どうでもいいことだが、『かけぶとん』は衣服の下は何もつけていなかった。
本気で大丈夫なのか、この子……。
そこへ、タロガはお住持と一緒に帰ってきたのである。
「あ。お住持、お手数おかけしてすみませんけど僧服の予備があれば……」
「俺の話を聞いてるのか!?」
「ごめん。ちょっと黙ってて?」
わたしは詰め寄ろうとするタロガの顎をぐいっと押しとどめた。
「ふざけんな。てめえ、どういうつもりだ」
「この子を着替えさせるんですってば。いつまでも汚いカッコでウロつかれても困るでしょ。客観的に見てもおかしいし。どーせならフツーの尼僧服着せてたほうがマシ」
「だからって、俺のマントを勝手に」
「すみません。それは謝ります。わたしはあういうの持ってこなかったんで」
というか、まさか見廻り方の制服なんか持参してくるとは……。
もし、それで私らの身分がバレたらどうするつもりだったんだか。
大体ちゃんとしたものならともかく、色なし三角の標章がついたマントなんぞ対して見栄えするものではないのに。というか、カッコ悪いのにね。
「あのー、わたくしはいつまでこのようなモノを身につけねばならないのですかね」
「わ……! あんた、何しくさってんの!?」
目を離した隙に、『かけぶとん』め何を考えているのか、マントを半分ほど脱ぎかけているではないか。男の人の前だっちゅーのに……。
そりゃ見た目はものすげー美少女だけど、タロガは男だっての。
「何なんだ、おい!?」
タロガは顔を赤くするというよりは、ドン引きしている。
あけっぴろげなお色気とか裸って、あんまり嬉しくないのかな。男の人的に。
タロガは眼を怒らせるが、さすがに空気を読んだのかそこで止まる。
ふう、やれやれ……だ。馬鹿力があるから、こっちは大迷惑なのだ。
「僧服なら古いものばかりですが、予備がございます。すぐにお待ちしましょう」
お住持は事情を察してくださったらしく、そう言ってくれた。
「あ、いえ。お住持に使い走りみたいなこと。いえ……その前にちょっと水場をお借りしたいのですけれども。すみません」
まったくタロガのヤツもこれくらい気配りができればいいのにな。
△
「それでしたら井戸が北側のほうにございますよ。どうぞ、こちらへ」
というようなわけで。わたしはお住持の案内で『かけぶとん』を連れて井戸場に。
他の場所同様、井戸場もかなり寂しい感じの場所だが非常に清潔だった。
周囲は掃き清められ、雑草もほとんどない。苔さえも見えない。
こういうところを特にきれいにしておくところに、お住持の人柄がわかるなあ。
「では、私は換えの服など持ってきましょう」
案内してくれた後、お住持はすぐに別所へ小走りで向かっていく。。
「っとに……」
タロガはぶつくさ言いながらもお住持の後を追っていく。
今度はさすがに空気を読んだみたいだな、うむ。いい子、いい子。
後で頭でもなでてあげようかな。って、そんなことしたらブチ切れるか。
「ほんじゃま、もうそれ脱いでもいいよ」
わたしは『かけぶとん』を振り向くと、ちょいと着ているマントを指す。
さいですかなー、とのん気な声をあげながら『かけぶとん』はあっさり脱いだ。
しかし、この子あんまり羞恥心ってのがないのかしらン。
「それじゃ、こっちに来て。座りなさい」
「……何するおつもりか?」
「素っ裸になった後で、今さら小生意気に警戒しなさんな。アホくさい」
わたしは『かけぶとん』を捕まえて座らせると、その上に井戸水をゆっくりと──
「ふぎゃあああああああああ!!」
水をかけられた途端、『かけぶとん』は悲鳴をあげて転がりまわらんばかりの勢い。
いや、実際に転がり回っているな、おい。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと。そんなことしたら余計に汚れるでしょうが」
「あんたね、なんちゅーことをなさるのですか!? このようななムチャなことして、ワヤになってしまったら、もう使用できなくなるかもしれぬのですよ!?」
「何をわけのわからんこと言ってるの……」
わたしは呆れながら『かけぶとん』を取り押さえにかかる。
バタバタ暴れるのは鬱陶しかったけど、別段武術の心得があるわけでもないし、体力的にもフツーのようだったので、ぶっ飛ばされることはなかった。
……ただ、何と言うのか妙に体が柔らかいと言うよりグニャグニャだ。
まるでウナギか何かを相手にしてるみたいである。
それでも、ま。わたしはどうにか『かけぶとん』を捕まえるのに成功する。
ああ、やれやれだ。余計な大汗をかかせおってからに……。
「お待たせしましたー」
そこへ、大きな包みを持ったお住持が戻ってきた。
何となく頬が上気しているというか、嬉しそうに見えるのは何故だろう?
が、その顔もわたしたちを見るなり驚愕で固まってしまう。
……。……ああ、そうかと、現状を鑑みてわたしは納得してしまう。
今のわたしたちの状況は、素っ裸の『かけぶとん』へわたしがのしかかるような形になっているわけで……。つまり、こう、いわゆる? 襲っているように見えなくもないわけで。
ああ、サインセ住持の表情がすごく痛い。
お気持ちはわかります。察します。でも、わたしにやましいことはないわけで。
「気にしないでください。気にするだけ損なので」
「はあ……」
「というわけで、動くな」
『かけぶとん』に命じてから、わたしは再び井戸水をかける。
今度はさっきよりもゆっくりかけたためか、『かけぶとん』は静かだった。




