十三、かけぶとん──ぼろぶとん
「……お前、その服をどこで手に入れた?」
おでこを押さえている『かけぶとん』に、タロガは冷たい声で問いかける。
「あー、これでございますか? これはですねー、手近にあったのものをば、まあテキトーに選んで着ただけでなんですね。どれも同じデザインでしたから、一番きれーそーなのを選んだつもりだったのですけれどもね? とっころが……しばらく着ているうちに、このような風になってしまったというわけなんですわ」
「……あんた、それいつから着てるの。その間、どうすごしてたわけ?」
何となく聞かずともわかるような気がするが、わたしはあえて尋ねてみた。
「いや、フツーにすごしておりましたですよ」
「あそ……」
こいつの『フツー』というのは、どんなものなのやら……。
「おい、その手近ってのは、どこのことだ」
わたしを押しのけながら、タロガは尋問をする。
なんだ、その対応は。もう少しやり方というものがだね。
「あ、それはですね。ここの離れ、わっかるかなあー。本殿の建物から少うし離れたあたりにあるわけでございますけれどね。そこのこうりの中に、あったわけなのでして」
一方で尋ねられた『かけぶとん』は、素直に返答をする。
「はなれ?」
わたしとタロガは顔を見合わせる。
そういえば、それらしいものをちょっと見たような気がするな。
「すると、そこに入り込んでわざわざ尼さんの服を持っていったの?」
「わかりやすく言うとそうですね」
わたしが言うと、『かけぶとん』はうなずく。
「どう言ったって変わるかよ」
つぶやきながら、タロガは変な顔で頭を押さえている。
(こいつ、本当に馬鹿か。ぺらぺらと吐きやがって)
そんなことを思っているような顔つきだった。
しかし、この変なコはなんなのだろ?
明らかに不審人物だったけど、本当にケチな盗人だったらしいけども?
言い逃れぐらいはするだろうと踏んでたけど、全くの拍子抜け。
いや、あるいは予想通りかもしれない反応である。
「あのね……こんなレベルのこと言いたくもないけど、それドロボーだよ? いくら、そんな古着屋でも断るようなボロでも、人んちのものを勝手に取ったら」
言っていて、わたしは何とも変な気分になってくる。
しかし、尼僧服なんて汎用性に欠けるようなものを何故盗んだのやら。
すると、『かけぶとん』はちょっと不服そうな顔をしてみせた。
「人んちってことはありませんですよ。わたくしは、あそこにけっこう長い間住んでおったんですよ? それを、そういうような感じに言われるのは心外でありますですね」
「いや……嘘つけ」
わけのわからぬ『かけぶとん』の抗議へ、わたしは首を振る。
「嘘じゃありませんよ。いや、本当に。わたくし、ずっと前からあそこにいました」
『かけぶとん』は怒った顔でぷくっと頬を膨らませた。
「……お住持はお前のことなんか知らんと言ってたぞ?」
「そりゃ直接顔合わせたことありませんですからね。あそこの誰に聞いても、知らないなーって言うと思いますよ? わたくしは知ってますけれどね」
どうも、この子の言うことは良くわからない。
支離滅裂。メッチャクチャだ。
いや、元からおかしかったけどね。
「お前なあ、そんなことあるわけないだろうが。じゃ、何か? お前はあそこに住んでる人にまったく気づかれないで、ずっと隠れて暮らしてたってのか?」
そう言いながら、タロガは『かけぶとん』に詰め寄る。
「ま、そういうことですね。別に隠れてはおりせんでしたけれども」
青い瞳を怒らせるタロガに、『かけぶとん』は大真面目な顔でそんな返事。
「この…………」
タロガは何かを耐えるような態度で、グッと口を引き結んでいる。
さらによく見ると、右の拳がブルブルと痙攣していた。
ふざけているのか、と思うけれど、少女のの瞳は真剣そのもので。
やっぱり狂人か……? とも考えたけど、そういう雰囲気ではないしな。
わたしも故郷で何度かそういう人を見たことあるから、わかるのだ。
態度や言葉からは、嘘偽りというものは感じ取れない。
でも、言っていることは無茶苦茶もいいとこで信用できかねる。
そもそも……。
隠れもせずに、ずっと誰にもわからないように暮らしてた?
ンなことが可能なのかしらン。
聞いた話だとこの寺院、お化け騒ぎ前は十人以上の尼僧が暮らしていたそうだ。
もしかすれば隠し部屋とか隠し通路みたいなものがどっかにあって、そこから出入りしてたということも、なくもないな。
それでも、まず離れとやらを調べてみないと何とも言えないけど。
この子が何らかの方法で、コソコソとここに住み着いていたとして──
わたしはそう考えた時、ふとある言葉を口に出していた。
「……お化け?」
「なんだと──?」
わたしのつぶやきに、タロガが訝しげな視線を向けてくる。
じかに受けてみると、やっぱり怖いな。目つき悪っ!
「ひょっとして、あんたが〝お化け〟じゃないでしょーね?」
わたしは、『かけぶとん』を見ながら思わず言ってしまった。
「オバケ?」
意味がわからない、言葉がわからない。そんな顔で布団少女は首をかしげる。
それを否と判断したのかタロガは肩をすくめて、
「まあ、お前も一応人間であることに違いはないわな」
一応なんて言い草があるか、とわたしは内心呆れてしまう。
が、しかし。
「いえ。違いますけど?」
何としたことか、『かけぶとん』はそれを否定したのだ。
え? いや、つまり? 自分は人間ではないってこと……。え?
「なにぃ?」
タロガは苦虫を噛み潰したような顔で、舌打ちと一緒に聞き返す。
しかしながら。
「いーえ。ですからですね? わたくしは人間ではありませんですよ」
「アンタ、ナニヲイッテンノ……」
突然錯乱したようなことを言い出す『かけぶとん』に、わたしはかすれた声で言った。
いや……きっと客観的には向こうのほうがフツーな状態で、今のわたしのほうがケッタイなヤツだと見えることだろう。
だって、わたしは本当に頭がこんがらってしまったのだから。
いきなりの人間じゃない宣言をかましたフトン娘は、見た目はむしろ堂々とした態度。
「……それなら、お前は何だ? バケモノか?」
タロガは、〝ぼろぶとん〟に問いかける。
なんか……もしかして相手のペースに飲まれてないか、わたしら……。
「前にも申し上げましたように、わたくしは、ふとんですよ。かけ布団ですね」
あっけらかんと、黒髪黒眼少女は明るい声で答える。
タロガは絶句したが、直後ものも言わずに〝ぼろぶとん〟の頭を殴りつけた。




