一〇、寺院のお住持
「……その前に、失礼。お住持、こちらに見覚えはありますか?」
タロガは少しばかり興奮気味になりかけたお住持を制して、捕まえていた『かけぶとん』を彼女に前へと突き出す。
「わぁわぁわぁ」
と、騒いでたフトン娘、急に視線をそらしながらとぼけ顔。
こりゃまた、アホくさいというか……。
わたくしは何かありますよーと、大声で宣言しているような態度である。
まさかこの寺院でドロボーなんぞしたんではあるまいな……。
そうなると、これは見廻り方の仕事だけど──
でも、ここは南区だ。東区のわたしらが勝手な行動はできない。
面倒なことにならないといいけどなあ。……あ、もうなってるか。
「はて……。特に見覚えはございませんが……」
お住持はそう言いながら、『かけぶとん』へと近づいていく。
「あ、でもこれは……」
ジッと『かけぶとん』を見ていたお住持、何かに気づいたようだ。
「なんですか?」
「これは、うちの寺院のもののような……。ああ、やっぱり間違いないですわ」
お住持は、『かけぶとん』の着ている僧服を見ながらうなずいている。
「……」
「……」
わたしとタロガが顔を見合わせて、どちらからともなくため息をついた。
「あのー、いいかげんでわたくしを解放してはいただけませんでしょうかね?」
捕まったまま、あっけらかんと要求する『かけぶとん』。
この状況で、よくそんな台詞が出てくるもんだ。なんかもう、感心しちゃうね。
「……とりあえず、連行ですかね」
「……ああ」
かくして、わたしたちは寺院内に『かけぶとん』を連れていくことに決めた。
『かけぶとん』はわーわーうるさかったが、仕方ない。
まったく、変なものを抱えんじゃったなあ。
「どこか、これを閉じ込めておける場所はないですかね?」
「あの、その子は一体……?」
事態を見ていたお住持は、困った顔である。
「ドロボーの容疑です」
わたしは申し訳ない気持ちを感じながら、そう説明する。
〇
ひとまず、『かけぶとん』を適当な部屋に閉じ込めた後──
わたしとタロガは、聖モード寺院奥の客間に案内されていた。
寺院内は、まあ外から見たのと同じようなものだった。
埃だらけ蜘蛛の巣だらけということはない。きちんと掃除はされており、清潔。
けれど、建物自体の劣化はお住持ではどうしようもないらしい。
通された客間は、日当たりの良い場所で好印象だった。
「わたくしは、この寺の住持をしております者で、サインセと申します」
客間の中、尼寺の住持は丁寧な態度で名乗った。
「東区見廻り方の、スー・イラムです」
「同じく、タロガ・セイルです」
改めて見ると、そのお顔はなかなかの美人さんとわかる。
ううむ。品の良さが体の芯から匂ってくる、というのだろうかな……。
きっと、良いところのお家でしっかりと教育を受けて育ってきた証だろう。
わたしの渡した手紙を読む仕草も、とても絵になっておられる。
「お兄様は、本当に気づかってくださったのですねえ……」
手紙を読み終えたサインセ住持は、嬉しげにそんなことをつぶやいた。
おにいさま……か。そういやさっきもそんなことを言ってたな。
わたしの視線から疑問を察したのか、お住持は少し笑い、
「エチューゼン・ラジヒルは、私の兄なのでございます」
そう言って、手紙をきちんとたたみ、しまうのだった。
エチューゼン・ラジヒル――長官の本名である。
わたしはうなずきながら、見覚えがある理由を理解した。
お住持のお顔は、長官に似ているのだ。
もっとも、同じ系統の造りでも長官は野生的で、こちらは楚々として柔らか。
しかし、それにしても。
長官、知り合いとは言ってたけど、知り合いもクソも、身内じゃないの。
それならそうと、最初から話してくれても良さそうなものだ。
わたしは上司にちょっと腹を立てつつ、それが表に出ないよう注意した。
「兄はわたくしが僧籍に身を置いてからも、色々と気を配ってくれてまして」
言ってから、お住持は申し訳なさそうな顔をする。
どうやら上司の命令で送り込まれたわたしたちに、罪悪感に感じているらしい。
「いえ。お気になさらず……。それでここに……」
と、わたしが話を切り出そうとしたところ、
「兄様は、尼寺だと気遣って、女性のかたを遣わしてくれたのですね……」
サインセ住持は、しみじみとした顔でこう言ったものだ。
「え?」
虚を突かれたのか、タロガは妙な声を出して硬直してしまう。
「ぶほっ!」
わたしは、ついむせてしまう。
いや、爆笑しそうになるのを必死で押さえこむのであった。
立ち直ったタロガは怒るよりも、むしろあわたふためいて、
「――お住持、あのですね……こういった格好をしていますが……」
「あ、わかっております。尼寺ということで、そこも気を使っていただいたのですね。本当に申し訳ないことで……ありがとうございます」
住持は丁寧に礼を述べるが、タロガの話をあまり聞いていない。
ぷぷっ……。いや、タロガには悪いけどちょっとオモシロいわ。
「や、それはまあ確かにそうなんですけど……」
タロガはちょっとイライラしているが、言葉づかいは気をつけている。
「誤解されては困るんですが、俺は、男なんですよ!」
〝俺〟という言葉を強調しながら、タロガは頭巾をはずし、眼鏡を取る。
それでも、悪いけど客観的には短髪の少女にしか見えないんだよなあ……。
「ええ?」
お住持は、何を言っているのかわからないという顔で小首をかしげた。
「いや、これはまた……。お若いかたは冗談がお上手で」
あはは。まるで本気にしていない。
「ぷっ、くくく……」
わたしは笑いをこらえきれず、必死で口を押さえる。
「笑うな、このガキ」
タロガは頭をぶん殴りかかってきそうな顔で、私を睨む。
「お住持、これは嘘や冗談やじゃなくって、本当にッ、ホントのことなんですッ」
まるで喧嘩でも売るように鋭い眼光を飛ばしながら、タロガは一言一言噛んで含めるようにゆっくりとお住持に語るのだった。
「…………あのう、本当に?」
その真剣な態度に、お住持は呆然としながら確認してくるのだった。




