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色なし三角スー・イラム  作者: 甫人 一車
聖モード寺院の怪異
30/40

〇九、追ってきたのは……


 その時、である。

 いきなり、隣にいるタロガの気配がおかしなことになっていた。

 伊達眼鏡の奥から、鋭い殺気を前方の野っぱらに向けている。

 なんなのだ、一体……と思っていたが。

 わたしも、何かがそこで動くような、何かの声を聞いたような気がした。

 いや、わかりやすく『気配を感じた』とするべきかな。

 やがて、寺から幾分か離れた木陰の辺りで、何かがノソッと動くのが見えた。

 猫か何かだろうか? いや、違う。

 見えたのは一瞬だったけど、もっと大きなもの。じゃあ、犬か。


「ここで待ってろ」


 タロガは表情をギュッと引き締めて立ち上がり、石段を降りていく。

 すると、ゴソリゴソリと木陰が揺れた。

 ことによると、途中で感じた気配も犬じゃなかったのかもしれないぞ。

 ガサガサと一際大きな音がする。

 タロガが身構えようとした時、そいつは木陰からのっそりと現れたではないか。

 その姿を、わたしは遠目からだがハッキリと視認できた。

 円らな黒の瞳が、ジーッとタロガの顔を見すえている。


 というか、こいつは……。

 わたしはちょっと息を飲み、声をあげそうになる。

 相手は、今のタロガと同じく尼僧……すなわち尼さんのものなんだけど。

 それは、わたしたちののものと違い、ひどく垢じみた汚ならしいものだったが。

 ボサボサの黒髪をした、ちゃんとすれば相応の美少女になりそうな子。


 先ほどタロガが助けられ上、図々しく飲食をたかっていたあの女の子である。

 かけ布団だか、ぼろ布団だか……。

 ともかく、そんなふざけた名前を名乗っていたおかしな奴だったのだ。


「あれ」


 と、『かけぶとん』はタロガを見ながら首を斜めにかたむけると、


「やっぱり、さっきの若旦那さんだ」


 ひどく無邪気な声で笑ったが、わたしは軽く血の気が引く思いだった。


「えッ」


 タロガも返答に窮し、全身を硬直させたまま相手を見ている。

 ……まさか、いきなり正体を見破られてしまうとは。

 それも、今日会ったばかりの、ほとんど面識もないような相手に。

 木陰にしゃがみこみながら、怪人フトン娘は面白いものでも見るような目つき。

 実際、尼さんに女装した美少年の図だから、相当面白いけどね!


「なんでそんなカッコしてるの?」


「いや…………」


 『かけぶとん』に対し、タロガは絶句したままである。


 わたしも石段を降りながら、あまり自信のない頭脳を必死で回転中。

 ……ああ、変なところで、思い切りけっつまずいた!

 頭痛さえ覚えながら、わたしは両手で頭を抱えたい気分だった。

 もう! どうしてこう下手を踏んじまうんだか…………。

 

 ・『しらばっくれるか?』

 ・『開き直るか?』


 わたしの脳みそに浮かんだのは、そんな頭のヨロシクなさそうなものばかり。

 しらばっくれるのも今さらだし、開き直ったところでどうなのだ。

 なんで自分はこうなのだ、と自己嫌悪さえ感じ始めた時、


「――お前こそ、ここで何してる?」


 タロガが選択したのは、『開き直り』だった。

 この緊急の場で、適当にごまかし、取り繕うができるのか? できない。

 そんな器用な真似など、こいつにできるのかか。無理だろうな。


「何してるって、んー……わたくしは元々ここの」


 言いかけて、『かけぶとん』は急に口をつぐんだ。

 何かまずいことになったという顔で、オロオロし始める。

 はて? ここの、なんだ?

 殴っても音もしないようなヘラヘラ娘が、こんな風にあわてるとは。

 ひょっとして、この寺院の尼さんだとか。でも、それにしちゃ汚いし……。

 そういった修行とか教育を受けたという感じじゃないぞ。


「なんだよ?」


 タロガも不審を感じたようで、詰問するように『かけぶとん』に尋ねる。

 と──


「うわ、やぁば……!」


 『かけぶとん』はタロガの問いに答えることなく、背中を見せて駆け出す。


「いや、おい。ちょっと待て!」


 すんでのところで、タロガはフトン娘の襟首をつかむ。

 ふう、やれやれ、と……ホッとしたところ、だった。

 わたしは寺院から見て右手の道から、人影が近づいているのに気づく。


「あの、ちょっと?」


「…………。なにか?」


 わたしが背中を叩くと、タロガはうるさそうに振り返った。

 間があいたのは、一瞬男言葉を発しそうになったから、らしい。


「ちょっと、おはなし。はなしてくださいませんですか!?」


 『かけぶとん』の抗議は聞こえないふりをして、わたしは右手の道を指した。

 怪奇フトン少女をしっかりと捕まえたまま、タロガはそっちを見る。

 わたしたちのようなバッタモノではない本物の尼僧がいる。

 僧服の着こなし方、歩き方、視線。全てが一般人とはどこか違う独特の雰囲気。 

 わたしはタロガに目顔で確認をした後、急ぎその尼僧のもとへと。


「失礼いたしますが……こちらのお住持で?」


「さようですが。あの、あなたがたは……」


 尼僧は怪訝な顔で、私の肩越からタロガとまだ暴れているフトン娘を見る。


「うおお。はなせはなせ、はなしてくださーい」


 聖モード寺院のお住持、ちょいとぽっちゃりでどこか猫みたいな感じの風貌。

 年齢は思っていたよりも若く、見たところまだ四十にもなっていなようだ。

 三十後半? いやいや、お肌の様子からして、もうちょい若いかも。

 けど、どっか見たような気がするのはなぜだろう。

 お住持のほうは、見知らぬ尼僧二人に、困惑気味の表情である。


「はなしてくださいよ、もう~~……!」


 バタバタ暴れるおかしな娘を捕まえているし、それは仕方ないか。


「失礼を……。実は、私たちは東の見廻り方より参ったもので」


 わたしははそっと頭を下げて、ヒソヒソ声でお住持につげる。


「東の……?」


「こちらをお住持にと、預かってまいりました」


 長官より預けられた手紙を、住持に手渡した。

 手紙を受け取った後、住持はパンと手を打って、


「ああ、それでは、あなたがたが兄様の遣わしてくれたお人ですね」


 と、何だか小さな少女みたいな顔で言った。


「お、お兄様?」


 わたしと思わず、タロガと顔を見合わせた。





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