〇一、ドゥーエ東地区見廻り方騎士団
「なるほど……。さすがに、すごい造りしてはる──」
目の前の建物を見上げながら、わたしは感嘆の声をあげた。
ドゥーエ東区見廻り方長官役宅。
ここが、今日よりわたしの仕事場となる場所であった。
うちの実家よりもずーっと立派なお屋敷だが、豪華という言葉は似合わない。
何故なら周囲鉄柵に囲まれ、壁から何から全てが頑丈そうで無骨な造りなのだ。
お屋敷というよりも、何というか小型の要塞という雰囲気だった。
パッ見にはわかりにくいだろうが、一応騎士としての教育を受けて育ったわたしには、その異様さが理解できてしまう。
とはいえ、今さら気負ってもビビッてしょーがなかろう。
わたしは深呼吸をしてから、門のほうへと歩いていく。
「こんにちはー」
わたしは門番たちにできるだけ、柔和な顔で話しかける。
「わたしはザン・イラムの娘で、スー・イラムと申す者ですが……」
「ああ。イラム様。はい、うかがっております」
わたしが名乗ると門番たちはうなずき合い、即座に中へ入れてくれた。
どうやら、あらかじめ話が通っているらしい。
中に入ると、若い騎士がわたしを案内してくれた。
内側も外側同様無骨なお屋敷を進み、長官室へと通される。
「──お前さんがザンの娘か。なるほど、聞いてたとおりだ」
入室するなり、笑みを含んだ声が投げかけられた。
大きくてガッシリとした机の前で、一人の男が煙管を燻らせている。
顔のあちこちに傷が走り、一種肉食獣のような気配を持つ男の人だ。
年は父と同じほどだが、その雰囲気は堅物である父とは対照的で、何か無頼漢じみたものがある。悪いオトナの匂いとでもいうのだろうか。
「スー・サーノ・イラムと申します」
フルネームを名乗りながら、わたしは頭を下げる。
ちなみにサーノというのは『元気が良い』という意味の古語らしい。
小さい頃病気がちだったわたしを心配し、父が縁起をかついで新たにつけた名前だ。
「なるほど、なるほど、なるほど。影の薄い娘だな。これじゃ、あの姉二人と一緒では人目につかなくなるというもんだな」
うっせえやい。まったく、余計なお世話である。
何で会って早々こんなこと言われねばならぬのか。
カチンとくるわたしだが、この程度は幼少時から慣れているもんね。ふん。
そもそも、ソレが何だと言うのか。こんにゃろ。
目立とうがどうしようが、それで死ぬわけでも病気になるわけでもないのだ。
「まずは、だ。我が見廻り方がどういうものか、わかっているか?」
「はい。一応は」
見廻り方は、治安を維持し、犯罪を取り締まることを主な任務とする騎士団。
基本的にその名のごとく、街を巡回して怪しいことはないか見て回るのが仕事。
また、要人の警護や、犯罪の捜査というのも任務の中に含まれるそうな。
地方ではそういったことを専門とするような騎士団はない。
少なくとも、わたしの故郷ではそうだった。
そういった仕事は基本、地方ごとの郷士などに一任されている。
何でも、ドゥーエのような発展した大型都市固有のものだそーな。
「ならば、けっこう。今日よりお前は東区見廻り方騎士団の一員だ」
長官は満足そうに笑って、煙管の灰を煙草盆に落とす。
うーむ。こんな簡単なことでいーのだろーか?
「あのー、それでわたしは何をすればよいのでしょう?」
まあどうせ多分雑用とか書類整理だろーなあと予測しつつ、わたしは質問する。
「ふむ、そうだな?」
長官は煙管を置くと顎をなでながら、しばし考え、
「おお、そうだ。まずは人を迎えにいってもらおうか?」
ニヤリとおかしな笑みを浮かべるや、そんなことを言い出した。
「迎え、ですか」急
「うむ。ここからそう遠くないし、道もわかりやすい。別に急がないから肩ならしのつもりでひとっ走り、ま、走らんでもよいので行ってこい」
言いながら長官は、慣れた手つきでスラスラと小さな紙に地図らしきものを書く。
「はい、わかりました」
急造の地図を受け取りながら、わたしはぺこんと頭を下げた。
地図の下には読みやすい字で、『タロガ・セイル』と書かれていた。
「お前が迎えに行くヤツの名前だ。青い髪をした短髪の美形だ。まあ、会えばわかる」
「はい。了解です」
「それと迎えにいくついでだ。そいつと一緒に昼飯を済ませてこい」
と、長官は銀貨を一枚机の上に置く。
太っ腹だなあと感心しつつ、わたしはありがたくちょうだいするのだった。
△
我がクガワート国の王都ドゥーエは、全部で五つの区に分かれている。
東西南北、そして王城のある中央区。
それぞれの区域にそれぞれの見廻り方があり、長官役宅を中心に活動するそうだ。
わたしのいる東区はドゥーエ湾に面しているために、漁港が有名だそうな。
クー姉の手紙でも、魚介類は美味しくておすすめだと書いてあったっけ。
わたしは遠くに見える王城を見ながら、クー姉のことを考えながら道を進む。
地図のおかげで迷うことはなかったが、人の多さにはいささか閉口させられた。
やがて、大通りから横へとそれたあたりから商店などが少なくなる。
さて……。地図上ではそろそろつくはずなのだが。
何度か手中の地図を確認しながら、わたしの歩調はだんだん遅くなっていく。
と、いきなり壁にぶち当たってしまった。
うっかり注意力散漫になっていたのがまずかったらしい。
「……いってえなあ」
ガラの悪い声で言いながら、壁が振り向いた。
否──壁ではない。
赤ら顔のオッサンである。
しかも、いかにも性格の悪そうな、ひねくれて捻じ曲がったという感じの。
さらに加えて、そんなんが四、五人ほど固まっているのではないか。
わっちゃあ……と、わたしは頭を押さえたい気分になった。
服装は大工か職人といった風だが、まともな相手でないのは真昼間からヘベレケになってることからもよくわかる。
年齢は、見たところ三十から四十の間だろうか。
腹は出ているが肉体労働者らしく、いかにも腕力のありそうな体つき。
そんなオッサン連中が、まともに聞く気になれんようなたわ言をほざきながら、こっちへと迫ってくるのだ。
彼らの言動を要約すると、つまるところ──
「一緒に遊ぼうぜ」
的なことを言っているのだが、意訳すればスケベなことをさせろと言っているわけで。
イケメンの男には存在さえ気づかれないのに、何でこんなんにからまれるのだ。
何だかものすごく腹が立ってきて、同時にオッサンたちに憎悪すら沸いてきた。
コイツラぶっ殺したろうか、と一瞬本気で思ったが……。
そこでわたしは、自分が帯剣していないことを思い出す。
いや……剣を帯びていたとしてもこんな街中で、それもこんなしょーもないことでいちいち剣など抜いていたら、この国はえらいことになる。
このクソ面倒な事態、どうやって切り抜けようと考えていると、
「おい──」
その声がするなり、オッサンの一人がもんどり打って倒れた。
見れば、倒れたオッサンを足蹴にしながら、一人の女の子が立っている。
男みたいな荒々しい短髪だけど、頭に超とつけたくなるような美少女だった。