〇八、幽霊(がいかにも出そうな)寺院
馬鹿みたいな早足で先を急ぐタロガのおかげで、わたしたちはあっという間に人通りの多い地域を通り過ぎ──
気がつけば、ずいぶんとさびしい畑ばかりのところを出てきていた。
東区川沿いの店々や、人の声がうるさく飛び交う商業地とはまるで別世界。
ハッキリ言って、わたしの実家周辺とそんなに変わらない田舎の景色である。
後ろを振り返れば、先ほど通り過ぎたにぎやかな場所が……。見えないな。
もうそれくらい遠くに来てしまっているというわけか。
「ドゥーエにも、こんなところがあるんですなー」
何気なく言うわたしへ、
「中央区からちょっと離れたら、周りは農地ばっかりさ。おかげで、ドゥーエの市場は美味い野菜がいつも並ぶらしいや」
タロガは肩をすくめた。
「へえ……」
わたしはうなずいて、また後ろを振り返っていた。
「どうした」
鋭い目つきで、タロガは咎めるように尋ねてくる。
なんでもう少し柔らかい表情をできないのかね……。
「いえ。なんか、後ろから見られてたような気がして……」
「なんだと?」
途端にタロガは射抜くような視線で周囲を睥睨し始めた。
つられて、わたしもあたりを見回してみた。
と、少し離れたところを野良犬が一匹ヒョコヒョコ歩いていく。
「犬か……」
タロガは緊張を解くと、ふんと鼻を鳴らす。
「ちょいと、大げさでしたかね」
「さあな」
笑うわたしに、タロガはそっぽを向いて平坦な声で返す。
「ところで……尼寺に行くのにその格好のままってのはまずいでしょ?」
「……」
私の指摘にタロガは、
──嫌なことを思い出させやがって……。
という顔で、ため息を吐くのだった。
「仕方ねえよなあ……」
タロガはブツブツ言いながら、近場の草むらへと身を隠していく。
やがて、ゴソゴソと草を掻き分けて出てきたのは──
「あれま」
いささか古物の僧服をまとった、眼鏡の尼僧がズンズンと現れる。
楚々とした美貌と、粗暴な動作がまるで噛み合っていないが。
「なるほど、なるほど。眼鏡、ね……。これならわかりにくいですね」
わたしがうなずくと、
「服と一緒に入ってたんでな」
やや安堵した声で、タロガは言うのだった。
「ただね……。その口調はちょっとまずいですよ。いくら見た目で誤魔化せても、言葉づかい
からすぐにあなたとバレる心配がありますね」
「む──」
わたしの意見に、タロガは渋々といった感じでうなずいた。
「まあ。他の人との対応はできるだけわたしがしますよ。相方ですからね」
「助かる」
「いいえー」
存外素直な対応のタロガに、わたしは変な優越感を感じてちょっとごきげんに。
こうしてみりゃあ、わたしもかなり単純な人間なのだなあ。
わたしの意見を聞いたおかげか、その後のタロガはなかなか筋がよろしい。
かたっ苦しい感じではあるが、むしろ聖職者には合っているだろう。
体のラインが全然出ない尼僧服のおかげで、完璧に女性に見えるぞ。
さらに慣れない衣服のせいか、歩く速度が落ちて、わたしは助かってしまう。
見る人が見れば、武術の素養があることを見破るかもしれないけど……。
そのへんはわたしも同じだし、元・士族なんだなぁですむか。
てなわけで、わたしは安心して目的と寺院を目指すことができたのだった。
歩くうちにだんだんと人家が少なくなり、ようやくそれらしいものが見えた時には、
「う~~む……」
わたしはついついうなってしまった。
古びた寺院の周辺。
そこはほとんどどころか、まったくと言っていいほど人通りはない。
周辺には小さな山あり森もありで、人よりも鳥や獣のほうが多そうだ。
これはもう、静かどころじゃないな。
実に寂しい閑散とした場所に、モード寺院は建っていた。
構えも、由緒は正しいのかもしれないけど……いかんせん老朽化が激しい。
門前からちょっと見ただけで、内情がうかがえるな。
「……ずいぶん汚ねえところだな」
隣でタロガが――およそ聖職者とは思えないような、乱暴な口調をきいた。
「しっ!」
わたしはあわてて、その横っ腹を肘でつつく。
正直言えば、わたしだって同感ではあったのだけどね。
こりゃ、確かに夜中お化けが出ても不思議じゃない感じである。
夜中どころか、下手すれば今にもどっかの隅からドロンと出てきそうだ。
確かに嫌だわ……。
石段を上がり間近で見ると、ますますそんな雰囲気が濃くなる。
けっこう大きな寺院なので、ちゃんと管理が行き届いてないのかも。
むう、それで余計に薄汚れて不気味な感じになっているのかな。
わたしだって、お仕事でなければ今すぐにだってオサラバしたいところだ。
しかし。我慢、我慢である。
「ごめんくださーい」
声をかけてみたが、返事はなかった。
「留守ですかね?」
わたしは首をかしげる。
「さてな……」
タロガも訝しそうにしていたが、
「そういや化け物のせいで、今じゃ住持一人……とか言ってな」
「ああ、そういえば」
言われて、わたしも思い出す。確かに長官はそんなことを言っていたようだ。
「出かけてるのかもしれないな……。待つとするか」
タロガは腕を組んで、石段に座り込んでしまった。
わたしは改めて寺院を様子を見ている。やはり人の気配はないみたい。
さて、こうして見直してみると──
建物の造りはなるほど風格があり、歴史を感じさせる見事なもので品も良い。
しかし、それでもこのさびれ具合と貧乏臭いオーラだけは擁護しがたい。
お化け騒ぎ以前から、貧しくて寂しいところだったのかなあ。
だとすれば。そんなところだからこそ、お化けが出たのかも。
郊外にポツンと建っているし、夜になるとさらにものすごくなりそうだ。
確かにこりゃお化けが出ないほうが不思議だね。そんなものに出られたら、いくら修行中の尼さんだからって、確かにたまったもんじゃないなあ。
わたしはそんなことを考えながら呼吸を整え、息を吐き出すのだった。




