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色なし三角スー・イラム  作者: 甫人 一車
聖モード寺院の怪異
29/40

〇八、幽霊(がいかにも出そうな)寺院


 馬鹿みたいな早足で先を急ぐタロガのおかげで、わたしたちはあっという間に人通りの多い地域を通り過ぎ──

 気がつけば、ずいぶんとさびしい畑ばかりのところを出てきていた。

 東区川沿いの店々や、人の声がうるさく飛び交う商業地とはまるで別世界。

 ハッキリ言って、わたしの実家周辺とそんなに変わらない田舎の景色である。

 後ろを振り返れば、先ほど通り過ぎたにぎやかな場所が……。見えないな。

 もうそれくらい遠くに来てしまっているというわけか。


「ドゥーエにも、こんなところがあるんですなー」


 何気なく言うわたしへ、


「中央区からちょっと離れたら、周りは農地ばっかりさ。おかげで、ドゥーエの市場は美味い野菜がいつも並ぶらしいや」


 タロガは肩をすくめた。


「へえ……」


 わたしはうなずいて、また後ろを振り返っていた。


「どうした」


 鋭い目つきで、タロガは咎めるように尋ねてくる。

 なんでもう少し柔らかい表情をできないのかね……。


「いえ。なんか、後ろから見られてたような気がして……」


「なんだと?」


 途端にタロガは射抜くような視線で周囲を睥睨し始めた。

 つられて、わたしもあたりを見回してみた。

 と、少し離れたところを野良犬が一匹ヒョコヒョコ歩いていく。


「犬か……」


 タロガは緊張を解くと、ふんと鼻を鳴らす。


「ちょいと、大げさでしたかね」


「さあな」


 笑うわたしに、タロガはそっぽを向いて平坦な声で返す。


「ところで……尼寺に行くのにその格好のままってのはまずいでしょ?」


「……」


 私の指摘にタロガは、


 ──嫌なことを思い出させやがって……。


 という顔で、ため息を吐くのだった。


「仕方ねえよなあ……」


 タロガはブツブツ言いながら、近場の草むらへと身を隠していく。

 やがて、ゴソゴソと草を掻き分けて出てきたのは──


「あれま」


 いささか古物の僧服をまとった、眼鏡の尼僧がズンズンと現れる。

 楚々とした美貌と、粗暴な動作がまるで噛み合っていないが。


「なるほど、なるほど。眼鏡、ね……。これならわかりにくいですね」


 わたしがうなずくと、


「服と一緒に入ってたんでな」


 やや安堵した声で、タロガは言うのだった。


「ただね……。その口調はちょっとまずいですよ。いくら見た目で誤魔化せても、言葉づかい

からすぐにあなたとバレる心配がありますね」


「む──」


 わたしの意見に、タロガは渋々といった感じでうなずいた。


「まあ。他の人との対応はできるだけわたしがしますよ。相方ですからね」


「助かる」


「いいえー」


 存外素直な対応のタロガに、わたしは変な優越感を感じてちょっとごきげんに。

 こうしてみりゃあ、わたしもかなり単純な人間なのだなあ。

 わたしの意見を聞いたおかげか、その後のタロガはなかなか筋がよろしい。

 かたっ苦しい感じではあるが、むしろ聖職者には合っているだろう。

 体のラインが全然出ない尼僧服のおかげで、完璧に女性に見えるぞ。

 さらに慣れない衣服のせいか、歩く速度が落ちて、わたしは助かってしまう。

 見る人が見れば、武術の素養があることを見破るかもしれないけど……。

 そのへんはわたしも同じだし、元・士族なんだなぁですむか。


 てなわけで、わたしは安心して目的と寺院を目指すことができたのだった。

 歩くうちにだんだんと人家が少なくなり、ようやくそれらしいものが見えた時には、


「う~~む……」


 わたしはついついうなってしまった。


 古びた寺院の周辺。

 そこはほとんどどころか、まったくと言っていいほど人通りはない。

 周辺には小さな山あり森もありで、人よりも鳥や獣のほうが多そうだ。

 これはもう、静かどころじゃないな。

 実に寂しい閑散とした場所に、モード寺院は建っていた。

 構えも、由緒は正しいのかもしれないけど……いかんせん老朽化が激しい。

 門前からちょっと見ただけで、内情がうかがえるな。


「……ずいぶん汚ねえところだな」


 隣でタロガが――およそ聖職者とは思えないような、乱暴な口調をきいた。


「しっ!」


 わたしはあわてて、その横っ腹を肘でつつく。

 正直言えば、わたしだって同感ではあったのだけどね。

 こりゃ、確かに夜中お化けが出ても不思議じゃない感じである。

 夜中どころか、下手すれば今にもどっかの隅からドロンと出てきそうだ。

 確かに嫌だわ……。

 石段を上がり間近で見ると、ますますそんな雰囲気が濃くなる。

 けっこう大きな寺院なので、ちゃんと管理が行き届いてないのかも。

 むう、それで余計に薄汚れて不気味な感じになっているのかな。

 わたしだって、お仕事でなければ今すぐにだってオサラバしたいところだ。

 しかし。我慢、我慢である。


「ごめんくださーい」


 声をかけてみたが、返事はなかった。


「留守ですかね?」


 わたしは首をかしげる。


「さてな……」


 タロガも訝しそうにしていたが、


「そういや化け物のせいで、今じゃ住持一人……とか言ってな」


「ああ、そういえば」


 言われて、わたしも思い出す。確かに長官はそんなことを言っていたようだ。


「出かけてるのかもしれないな……。待つとするか」


 タロガは腕を組んで、石段に座り込んでしまった。

 わたしは改めて寺院を様子を見ている。やはり人の気配はないみたい。


 さて、こうして見直してみると──

 建物の造りはなるほど風格があり、歴史を感じさせる見事なもので品も良い。

 しかし、それでもこのさびれ具合と貧乏臭いオーラだけは擁護しがたい。

 お化け騒ぎ以前から、貧しくて寂しいところだったのかなあ。

 だとすれば。そんなところだからこそ、お化けが出たのかも。

 郊外にポツンと建っているし、夜になるとさらにものすごくなりそうだ。

 確かにこりゃお化けが出ないほうが不思議だね。そんなものに出られたら、いくら修行中の尼さんだからって、確かにたまったもんじゃないなあ。

 わたしはそんなことを考えながら呼吸を整え、息を吐き出すのだった。




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