〇七、話が通じないのですけど
そんな具合に、わたしたちが密かにしんみりとしかけたところ、
「ま、男か女か。そこまではわっかりません。あずかり知らぬところですね」
『かけぶとん』の妙な発言がそれを停止させた。
「はあ……!?」
わたしは思わず声を荒げてしまった。うむ、淑女にふさわしくないな。
しかし。まずい、この子の言ってること、よくわからない……。
「いや、ですからね。わたくしを作った人のことです」
もぐもぐ、と『かけぶとん』は残る蒸しパンを食べ始める。
「わたくしを作ってくれた人、この場合親というのでしょう? それが男か、女か、わかんないんですけれどもね。多分男だと思うんですけど」
こいつ、何を言ってるんだ……? タロガはそんな目つきになっている。
多分だけど、わたしも同じような目になっているのだろう。
冗談のつもりか?か いや、どうもそうではなさそうだった。
「あのね……? この世には男と女がいるって知ってますか?」
わたしは何だか怖くなり、おっかなびっくりでそう尋ねてみる。
「バカにしちゃいけませんですよ。それくらいの一般常識は知っております」
「じゃあな、これも知ってるか? 男と女、両方そろってなきゃ子供はできねーんだ」
わたしの後を継ぐように、タロガは質問をぶつけた。
「そんなことは、子供でも知ってることですよ。それとも何ですか? 男女の二種類の他に、人間には種類というものがありますか?」
と、『かけぶとん』はつまらなそうに言ったものだ。
何か……すごいムカつくんですけど。
「──そう、当たり前だよなあ? で、お前、さっき何て言った?」
「さっき? わたくしの呼ばれてた名前? ですから、かけ……」
「その後だ! 後!」
タロガはイラついた顔で小さく叫ぶ。
「あー、わたくしを作った人のことですね」
なーんだ、とうなずく女の子こと『かけぶとん』。
「……ああ! 男か女かわかんねーとか、妙なこと言ってたよな?」
「言いました。でも、これはホント、真実です。わかんないですもん。覚えてもいませんし」
どうして、そんなことを尋ねるんですかー?
『かけぶとん』の目つきは、そんな風に言いたそうだった。
「普通は男と女、父親と母親の両方いるんじゃねえのか? というか、両方いなけりゃお前はこの世にいないだろう?」
タロガのもっともな意見に、わたしは無言でうなずいていた。
ところが、彼女のほうはあっさりとこれを否定して──
「いやー、それが何でございます。わたくしの場合多分一人だけ、だと思うんです」
「……じゃ、お前の親は男か女か知らねえけど、一人だけでお前を産んだってのか?」
「いやあ、産んだんじゃなくて、作ったんです。ただまあ、それをですね、産んだと表現するのならば、別ですけど。そのままの意味で、ニワトリが卵産むみたいにポコッと産んだのでは──恐らくないと思われますね」
まずい。困った。どうしよう。わたしは何か頭がクラクラしてきた。
「おんなじことじゃねえか!」
タロガがそう主張するのだけど、
「いやあ、だいぶ違うと思うけどなあ」
と、『かけぶとん』は困った顔だ。
「さっきから作った作ったってな……。それじゃあお前の親は、何か? 泥でもこねてお前をこしらえたってのか?」
泥から作られた人間かあ……。乳母からそんな昔話を聞いた気がするなあ。
てなことを、わたしが現実逃避気味に考えていると、
「ぶぁははは!」
これに『かけぶとん』どうツボにはまったのか、爆笑してくれた。
「ど、泥をこねてって……バカなことおっしゃるな! そんなの無理に決まってますですよ! 泥をよっせ、よっせ、とこねてダンゴを作るという遊びはお子たちがするそうですが。でも、そういう方法で、わたくしを製造するというのは、無理がありますよ?」
ヒーヒーと唾を飛ばして笑いながら、バシバシとタロガの肩を叩く。
「お兄さん、わりと面白いこと言いますねえ?」
「ぶん殴るぞ、てめえッ!」
タロガは激昂する。
かまわないからぶん殴れ、と思ってしまったわたしは悪人だろうか。
「大体てめえなあ……」
タロガは半ば目を血走らせながら『かけぶとん』を睨み──
「なんでしょう」
「もういい……」
タロガ、のんきな顔の『かけぶとん』を凝視した後、諦めた様な顔でため息。
……そうだね。何を言って無駄っぽいよね。
横で見ていたわたしも、盛大なため息をついてしまった。
吐き出した息と一緒に、気力もごっそりと抜けていくような気がする。
これはまあ、任務前に余計な力が抜けた、とでも思っておくべきなのかな。
「何でもいいけど、もう面倒ごと起こすなよ。俺はもう知らんぞ?」
タロガは厳しい声で『かけぶとん』に言った。
「へーい」
返ってきた返事は、へらりンとしたまるきり気合の入っていないものである。
「あ、そうそう。お兄さん、あなたのお名前をお聞きしていないのですけれども、良かったら教えてくれますか?」
『かけぶとん』は手を振りながら、タロガにそう尋ねた。
ああ、そういえば名前からこんなく~だらないやり取りになったんだっけ。
問いかけられたタロガは、しばらく仏頂面だったけど、
「タロガだ。タロガ・セイル」
「タロガ・セイル……。セイルの、若旦那様ですか。どうも色々ありがとうでした。今度お礼いたしますので。また一つよろしゅうお頼みもうしますです」
『かけぶとん』はニコリ、とタロガに微笑みかけた。
「別にいらねえよ。大体、お前にどんな礼ができるってんだ?」
「そこは生まれついての能力を生かしてですね……。あ、そうだ。わたくしが一晩中若旦那を優しく包んで安らいだ眠りを提供するというのは? これなら今晩にもできますが」
……うわあ。この娘ものすごいこと言わはるわあ。
意味がわかっていっているのか、それとも──
「いるか、この馬鹿!」
タロガは、顔を真っ赤にして怒鳴ったのだった。
何かこっちの態度も、【らしい】というべきなのか何なのか……。
「いりませんか? もっともいいモノを持ってるんですかねえ」
と、何やら『かけぶとん』の女の子は妙なことをおっしゃっている。
持っている? 持ち物? いや、そんなわけもないか。
「おい、行くぞ!」
タロガはわたしに乱暴に言うと、一人で先へ先へと歩き出してしまう。
行くのはいいけど、ちゃんと道順とか目的地の場所とか、わかっているのだろうな。
わたしが何の気なしに振り返ると──
『かけぶとん』はどこか不思議な光を宿した目で、ジッとタロガを見ている。
その光に、わたしは何か妙なものを感じてしまったが……。
でも、少し歩いてまた振り返った時には、いつの間にか姿を消していた。
何かこう、変なコだったなあ……。
首をかしげながら、わたしは足早に進むタロガの後を追うのだった。




