〇六、かけぶとん
なんなんのだ、あの娘は……。
わたしは女の子の奇行に呆れるというより関心すらしてしまった。
「てめぇ、ふざけるな!」
タロガは目を怒らせて、強引に振り落とそうとする。
おいおい、そんな子相手にムキになるなよ。見てるこっちが恥ずかしいぞ。
が、しかし?
どういうコツがあるのやら、女の子はタロガの背中にしがみついたまま離れない。
ヌラククラリとして、離れそうで離れないのである。
それどころか、その顔をグイッと前に突き出したと思うや、
「そういうわけなのでね、ください」
ぺたっ──と、タロガの頬に自分の頬をくっつけた。
「こ、こ、このッ……」
タロガめ、リンゴみたく真っ赤になって、その動きを鈍らせていく。
見ようによっては微笑ましい光景である。
しかし、あいつがここまで振り回されるというのは、ちょっと気分が良いな。
常日頃より、私が迷惑を蒙っている分だけ振り回されるいいのだ。
けけけ。
「……わかった、わかったよ。食い物でも何でも買ってやる。だから降りろ」
ついにタロガは敗北宣言をした。
「いやー。くれるまで離れませんぞ?」
ところが、女の子は主張を変えることなく、ひっついたままだ。
タロガは背中に女の子を背負ったまま、ブツブツ何かつぶやいている。
ついてないとか、ろくなことがないとか、そんな内容だろうなあ。
しかし、見た目は何とも珍妙な風景だ。
男装の美少女(傍目にはそう見える)の背中に、こ汚い私度僧が引っ付きあっている。
しかも、往来の真ん中でアホな騒ぎをしながら……。
いつしか衆人の目がタロガたちに集中していた。
つーか、当たり前である。
「何だ、あいつらは……?」
「新しい見世物か?」
「若い娘二人で何をしてるんだろうね?」
往来を行く人々は、そんなことをヒソヒソ声でささやき合うのだった。
「てめえら――見世物じゃねえぞッ!」
タロガの顔は真っ赤にして怒鳴るが──完璧見世物だよ、あんたら。
「早く何かください」
タロガの背中で、女の子がせかしている。
まったくもって動じた様子はない。微塵もない。いや、すごいわ、この子。
わたしは陰に身を潜めながら、一人でうなずいていたのだが──
「あ、おま……!」
どうしたタイミングか、タロガと目が合ってしまった。
「いやあ、先ほどは大活躍でしたね」
もう隠れているわけにもいかない。
わたしは照れ隠しの笑みを浮かべながら、タロガのもとへと。
「何が、だいかつやく~……だよ! てめえ、黙って見てやがって……」
「しーっ」
また大声を出しそうなタロガへ、私はあわてて制する。
この場でわたしまで悪目立ちはしたくないのだ。
「それより早くその可愛いお連れにご馳走して、退散してもらったら?」
「うるせえな……!」
わたしの親切な意見に対し、タロガは忌々しそうに舌打ちを漏らす。
やっぱり可愛くないガキである。
タロガはズカズカと大股で歩きながらで、近くの屋台へ歩いていく。
しかしまあ、間抜けな姿だ
「この馬鹿に何か食わせてやってくれ。一番安いのでいいから。早く!」
屋台を引いていたお兄さんは妙な顔をしたが、言われるままに蒸しパンと麦湯を出す。
ドゥーエの蒸しパンは甘く味付けした手の平サイズの丸型で、食べやすく美味。
麦湯は大麦を煎じたもの。わたしの故郷にもあったが、こちらでは水出ししたものをやはり甘く味付け、夏場などによく飲むそーだ。
蒸しパンと麦湯が出てくるとと、女の子はピョンとタロガから飛び降り、
「いただきます」
と、蒸しパンを口に放り込み始めた。
「せいぜい味わって食えよ?」
タロガはげんなりした顔で、屋台のお兄さんへに勘定を支払った。
「そういえば? お兄さん、あなたのお名前をお聞きしてませんでしたね」
女の子は蒸しパンを食べてから、思い出したようにそう言った。
タロガはうるさそうに、
「人に名前を尋ねるんなら、まずてめえから名乗ったらどうなんだ」
しかし、ほんと年頃の女の子に対する態度じゃないな。
「あ。なるほど。理屈ですね」
女の子はズズーッと、麦湯を飲み干して、
「わたくしは、かけぶとん、でぇす」
邪気のない、尻尾を振る子犬みたいな笑みを浮かべてそう名乗った。
「…………何? 何だって?」
タロガは怪訝な顔でさらに問う。
「ですから、かけぶとん、でぇす」
「……誰があだ名を言えっていった。こういう時は普通本名を名乗るもんだろうがッ」
タロガは語気を荒くして、女の子を睨みつける。
「何がかけぶとんだ。どっちかと言うなら、ボロブトンじゃねえか」
確かに女の子の小汚い格好は、〝ぼろぶとん〟というほうが似合っている。
「まーまー! こんなところでいきりたたないで」
が、しかしさすがにこれはあきへんと、わたしは間に入った。
「ですから、そのように呼ばれてたんですよ。でもまあ、ボロブトンと言われるとそのほうがちゃんとしてますかね」
女の子はまた、アハ、アハ、アハ、と笑った。
というか、わたしのこと無視してないか、こいつ?
「布団だ何だって……あなたにだって親にもらった名前ってものがあるでしょ?」
ムッしながらも、私はそれを抑えて優しく言ってやるのだが──
女の子……自称『かけぶとん』はキョトンとした顔で、
「親? つまり、わたくしを作った人?」
「つくっ…………」
女の子の物言いに、タロガはまたも赤面する。
怒っているのか、それとも照れているのか。
白い肌に赤みが差して、その美貌が妙に色っぽく……は、さすがにないが。
それでも腹立つくらいにきれいであった。
「多分どっかの布団職人だと思うのです。おそらくは、それに、間違いはない、と」
わたしも、そしてタロガもは沈黙した。
本人は、実にカラッとして、あっけらかんとした態度だれけど。
わたしは、言葉の端々から彼女人生が垣間見たような気がした。
親の顔も知らず、まともな名前すらない。
物を良く知らないのも、教えてくれる人間がいなかったためではないか。
こう考えると、その態度にも哀れみをおぼえてしまうような……。




