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色なし三角スー・イラム  作者: 甫人 一車
聖モード寺院の怪異
27/40

〇六、かけぶとん

 なんなんのだ、あの()は……。

 わたしは女の子の奇行に呆れるというより関心すらしてしまった。


「てめぇ、ふざけるな!」


 タロガは目を怒らせて、強引に振り落とそうとする。

 おいおい、そんな子相手にムキになるなよ。見てるこっちが恥ずかしいぞ。

 が、しかし?

 どういうコツがあるのやら、女の子はタロガの背中にしがみついたまま離れない。

 ヌラククラリとして、離れそうで離れないのである。

 それどころか、その顔をグイッと前に突き出したと思うや、


「そういうわけなのでね、ください」


 ぺたっ──と、タロガの頬に自分の頬をくっつけた。


「こ、こ、このッ……」


 タロガめ、リンゴみたく真っ赤になって、その動きを鈍らせていく。

 見ようによっては微笑ましい光景である。

 しかし、あいつがここまで振り回されるというのは、ちょっと気分が良いな。

 常日頃より、私が迷惑を(こうむ)っている分だけ振り回されるいいのだ。

 けけけ。


「……わかった、わかったよ。食い物でも何でも買ってやる。だから降りろ」


 ついにタロガは敗北宣言をした。


「いやー。くれるまで離れませんぞ?」


 ところが、女の子は主張を変えることなく、ひっついたままだ。

 タロガは背中に女の子を背負ったまま、ブツブツ何かつぶやいている。

 ついてないとか、ろくなことがないとか、そんな内容だろうなあ。

 しかし、見た目は何とも珍妙な風景だ。

 男装の美少女(傍目にはそう見える)の背中に、こ汚い私度僧(ガンニン)が引っ付きあっている。

 しかも、往来の真ん中でアホな騒ぎをしながら……。

 いつしか衆人の目がタロガたちに集中していた。

 つーか、当たり前である。


「何だ、あいつらは……?」


「新しい見世物か?」


「若い娘二人で何をしてるんだろうね?」


 往来を行く人々は、そんなことをヒソヒソ声でささやき合うのだった。


「てめえら――見世物じゃねえぞッ!」


 タロガの顔は真っ赤にして怒鳴るが──完璧見世物だよ、あんたら。


「早く何かください」


 タロガの背中で、女の子がせかしている。

 まったくもって動じた様子はない。微塵もない。いや、すごいわ、この子。

 わたしは陰に身を潜めながら、一人でうなずいていたのだが──


「あ、おま……!」


 どうしたタイミングか、タロガと目が合ってしまった。


「いやあ、先ほどは大活躍でしたね」


 もう隠れているわけにもいかない。

 わたしは照れ隠しの笑みを浮かべながら、タロガのもとへと。


「何が、だいかつやく~……だよ! てめえ、黙って見てやがって……」


「しーっ」


 また大声を出しそうなタロガへ、私はあわてて制する。

 この場でわたしまで悪目立ちはしたくないのだ。


「それより早くその可愛いお連れにご馳走して、退散してもらったら?」


「うるせえな……!」


 わたしの親切な意見に対し、タロガは忌々しそうに舌打ちを漏らす。

 やっぱり可愛くないガキである。

 タロガはズカズカと大股で歩きながらで、近くの屋台へ歩いていく。

 しかしまあ、間抜けな姿だ


「この馬鹿に何か食わせてやってくれ。一番安いのでいいから。早く!」


 屋台を引いていたお兄さんは妙な顔をしたが、言われるままに蒸しパンと麦湯を出す。

 ドゥーエの蒸しパンは甘く味付けした手の平サイズの丸型で、食べやすく美味。

 麦湯は大麦を煎じたもの。わたしの故郷にもあったが、こちらでは水出ししたものをやはり甘く味付け、夏場などによく飲むそーだ。

 蒸しパンと麦湯が出てくるとと、女の子はピョンとタロガから飛び降り、


「いただきます」


 と、蒸しパンを口に放り込み始めた。


「せいぜい味わって食えよ?」


 タロガはげんなりした顔で、屋台のお兄さんへに勘定を支払った。


「そういえば? お兄さん、あなたのお名前をお聞きしてませんでしたね」


 女の子は蒸しパンを食べてから、思い出したようにそう言った。


 タロガはうるさそうに、


「人に名前を尋ねるんなら、まずてめえから名乗ったらどうなんだ」


 しかし、ほんと年頃の女の子に対する態度じゃないな。


「あ。なるほど。理屈ですね」


 女の子はズズーッと、麦湯を飲み干して、


「わたくしは、かけぶとん、でぇす」


 邪気のない、尻尾を振る子犬みたいな笑みを浮かべてそう名乗った。


「…………何? 何だって?」


 タロガは怪訝な顔でさらに問う。


「ですから、かけぶとん、でぇす」


「……誰があだ名を言えっていった。こういう時は普通本名を名乗るもんだろうがッ」


 タロガは語気を荒くして、女の子を睨みつける。


「何がかけぶとんだ。どっちかと言うなら、ボロブトンじゃねえか」


 確かに女の子の小汚い格好は、〝ぼろぶとん〟というほうが似合っている。


「まーまー! こんなところでいきりたたないで」


 が、しかしさすがにこれはあきへんと、わたしは間に入った。


「ですから、そのように呼ばれてたんですよ。でもまあ、ボロブトンと言われるとそのほうがちゃんとしてますかね」


 女の子はまた、アハ、アハ、アハ、と笑った。

 というか、わたしのこと無視してないか、こいつ?


「布団だ何だって……あなたにだって親にもらった名前ってものがあるでしょ?」


 ムッしながらも、私はそれを抑えて優しく言ってやるのだが──

 女の子……自称『かけぶとん』はキョトンとした顔で、


「親? つまり、わたくしを作った人?」


「つくっ…………」


 女の子の物言いに、タロガはまたも赤面する。

 怒っているのか、それとも照れているのか。

 白い肌に赤みが差して、その美貌が妙に色っぽく……は、さすがにないが。

 それでも腹立つくらいにきれいであった。


「多分どっかの布団職人だと思うのです。おそらくは、それに、間違いはない、と」


 わたしも、そしてタロガもは沈黙した。

 本人は、実にカラッとして、あっけらかんとした態度だれけど。

 わたしは、言葉の端々から彼女人生が垣間見たような気がした。

 親の顔も知らず、まともな名前すらない。

 物を良く知らないのも、教えてくれる人間がいなかったためではないか。

 こう考えると、その態度にも哀れみをおぼえてしまうような……。




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