〇五、ぼーい・みーつ・がーる?
「俺はなあ、れっきとした男だ! マゴマゴしてるとお前のカボチャ頭を腹の中に押し込んでヘソの穴から世間覗かすぞ、このボコスリ野郎!」
タロガは大男の胸倉をつかんで、恐ろしい怒声で吼える。
無駄だって、聞こえないって。もう気絶してるよ。
他の連中はタロガの殺気と怒気にあてられて、震え上がっているばかり。
中には親分を見捨てて逃げ出すヤツもいる。ダメだ、こいつら。
きっと普段弱い者いじめばかりしていて、本気で殺意を向けてくる相手と喧嘩したことなどなかったんだろーな。
いや、わたしもないけどね。あってたまるか。
「人をコケにしやがってッ。若造だ田舎者だと思って、なめるんじゃねえぞッ!」
タロガはその瑠璃のような青い瞳に、炎のような怒りが燃え上がらせ、大男を仲間たちへと突き飛ばす。
「おい……。急げよ……!」
「ま、待ってくれ……」
ゴロツキたちは大男を引きずりながら、転がるように逃げていく。
「けっ」
タロガはうんざりした顔で舌打ちをすると、拳についた血をぬぐった。
でも、野次馬から喝采はわかない。
タロガの殺気と暴力は、ゴロツキたち以上の恐怖を見ている者に与えたようだ。
当然だわ。ぶっちゃけ殺人術を修行した人間が、感情まかせに振るう暴力。
その凄まじさは、チンピラやゴロツキとは比べ物にならない。
しかしまー、
「間違えるなィ!」
という本人の主張は、ちょっとばかり無理な注文だと思うけどな。
やっぱり女の子にしか見えないもの。
それだけ整った顔だから、怒りに歪むとことさら凄まじきものになるのだが。
ゴロツキが逃げて行った後も殺伐とした雰囲気の中──
それをまったく読もうとしない、能天気な声がした。
「いやあ、すごいなー」
あの、女の子だ。
女の子は恐れ気もなくタロガの近づくと、ニコニコと顔を見上げている。
「は? いや、おい……」
近づかれたタロガは、一瞬顔をしかめたようだった。
雰囲気が変わったせいか、野次馬たちもだんだんと散らばり始める。
「……何だよ?」
タロガは尋ねるが、少女は答えずにニッコニコと微笑むばかり。
格好は汚らしいが、間近でよく見てみるとなかなかに可愛らしい。
髪も、眼も、黒い。わたしとしては、親近感がわく特徴である。
クリクリッとした瞳はとても印象的で、まだ女としての色気は皆無だが、不思議と惹きつけられるものがある。
うーむ。これは
さっきのゴロツキ連中めら、あの子の隠れた美貌に目をつけて、悪さをしようと企んだ……というかこともしれないな。
するとやっぱり、タロガの行動は正解だったかも。
わたしは、目立ちにくい場所に移動しつつ二人を観察し続ける。
「ケガは、ないか?」
タロガは少し柔和な態度で女の子に話しかけた。
「あなたは、なんですね。たいそうお強い人ですねぇ?」
女の子は素直な態度で賞賛の言葉を送っている。
ああしてみると、けっこう……いや、かなりかわいいな。同性から見ても。
「お強いってほどのものじゃない、けどな」
やんわり否定しながらも、タロガのヤツは嬉しそうだ。
「いやあ、お強いです。しかし、まーさか男のおかただってとは。ちょっと、意外でした」
と、女の子は、アハ、アハ、アハ、と妙な笑い声をあげた。
別に他意があるという感じじゃないな。どうもクセらしい。
でもこれにタロガは笑顔のまま凍りついてしまった。
気持ちはわからいではないけどね。
「………………………………男だよ」
たっぷりと間を置いてから、タロガはは笑顔のまま答えた。
顔の端々をピクピクと痙攣させてはいるけど。
「そのようなことでいらっしゃるようですね。」
女の子はちょっと首をかしげた。何だか、子犬みたいな動作である。
それから左右から、前後から、ジロジロと遠慮なくタロガを見た。
「何なんだよ……」
「しかしやっぱり、見た目は女性にしか見えませんね。声もなんか、ややこしいし」
タロガの声に、女の子は何ともキッパリとした声で言い放った。
相手が相手だから、ブチ切れてポカポカ殴るわけにはいかないか。
もっとも、わたしは真似をする気はなれないな。
わたしが同じことしたら容赦なく殴ってきそうだから。
「……悪かったな。だが、俺は男なんだよ」
うっほん! と、タロガは顔に似合わない咳払いをする。
あんたがそんなことやっても、下手なギャグみたいなだぞ?
「別に、悪いぞ、てなことは申しておりませんですよ。そりゃーあなた、お顔がきれいというのは結構なことです、はい」
「そりゃ、どーも……」
「いえー。どーいたしまして」
「……」
ぶはははははは。
タロガ、空気の抜けた風船みたいに覇気がなくなってきたな。
ひょっとして、助けたことを後悔してたりしてね。
「ところで、本当に男? 本当は女の子でしたよ、というような? ことはありませんでしょうかね」
女の子はまたそんなことを言っている。もうカンベンしてやれよ。
「ンなわけあるか」
タロガは苛立たしげに応え、そっぽを向いてしまう。
「怒らいでも良いでしょう?」
「怒らんほうが不思議だ!」
タロガが怒鳴っても、女の子には柳に風。
「いやー、しかし。人間の見た目って、全っ然、あてにならないこともあるものなのですね。勉強になりましたです」
「あー、そうだろ? 勉強になったろ? じゃあな!」
「ちょっと待って。そう気を短くせんと、ちょっとお戻りを」
行こうとするタロガの袖を、女の子はパッと引っつかむのだった。
言ってはアレだが、少々愚鈍そうなその言動からは想像しがたい敏捷さである。
「それはそれとしてですね? 何か食べ物をちょうだいできませんか?」
「持ってねーよ、食い物なんか! というか、はなせ!」
タロガは乱暴に振りほどこうとした途端、
「とお」
いきなりタロガの背中に、女の子はピョンと飛び乗った。
「おい! こ、こら、離れろ!」
いきなりの事態に、タロガの頬にサッと赤みがさす。
「いやー。何かちょうだいいたすまで、フッフ……離れませんですよ?」
どこか超然とした声で、女の子は言うのだった。




