〇四、キレルワコウド
問題となっている女の子だが……。
とにかく、遠目にも小汚いとしか言えない格好だった。
ボロボロの服、手入れをされていない髪の毛。
その汚れ具合を見るに、お風呂なんか長いこと入っていなさそうだ。
「こりゃあ、どうも!」
と、いうガラガラ声に、わたしは女の子から大男に視線を戻した。
笑っているが、タロガがまるきり恐れを見せないので少し困惑していようだ。、
「こんなガンニンのために、こういう慈悲深いことをなさるってのは、そうできねえや」
大男は大げさな動作で、女の子に向かって顎をしゃくるのだった。
「ガンニン?」
「ようくご覧になってみなせえやし。こいつは私度僧なんで」
その言葉にタロガは、女の子を見る。わたしも、もう一度女の子を見た。
やっぱり汚い。が、確かにその服装は尼僧のものらしい。
大抵の尼僧がしている、頭巾をかぶっていなかったが。
ただ。
僧侶の格好こそしているものの、僧侶の持つ雰囲気、品格みたいなものがない。
とにかく、格好だけなのだ。
決して醜いわけではないのだけど、ぼけっとした間抜け面。
一般には、聖職者とされる神に仕える存在たる僧侶だけれども……。
何かの理由で寺院から放逐されてしまった僧が、そのまま身を持ち崩して、浮浪者同様となってしまうのは、よくある話だ。
また、正式な僧侶でもないのに格好だけを真似て、金銭や食べ物の施しを受けたり、あるいは大道芸などで日銭を稼いだりする連中もいる。
そういった者たちのことをひっくるめて私度僧、俗には願人坊主とか呼ぶそうだ。
まあ、つまりこの連中は……。
浮浪者の少女に適当な理由で文句をつけて、いたぶるつもりなのだろう。
それにしても、ゴロツキはともかく……何だ、あの女の子はなんなのだ?
はじめは怖がっているのかと思ったけど、顔つきを見るとどうも違うらいし。
周りがこれだけ騒いでいるのに、ふてぶてしいというか、状況を理解してないのか、他人事みたいな顔でボケーッとしているのだ。
「じゃあ、なおさらだな。こんなのをいじめたって、格好悪いだけだ。失せろ」
タロガはかばうように、女の子の前に立つ──
というか、これは100%かばってますわ。しかし、絵になるなあ……。
きっと、その態度が、癇にさわったのだろう。
最初は余裕をかましてニヤついていた男たちも、段々と表情を変え始める。
一体どこのお嬢様か知らないけど、ちょいと脅せば逃げ出すか、脅えるかするはず。
そうなったら、後はどうとでもできると、お気楽に踏んでいたに違いない。
しかし、現実では『お嬢様』ことタロガは、怯えるどころか軽侮の視線を送るばかり。
まあ、そりゃそうだわな。
無効はしろないだろうが、タロガは顔に似合わない剣術の使い手だ。
さらに。
あの気性からして、養子先を追われてから相当な喧嘩沙汰を繰り返してきたであろうやつ。
よほどの大物ならともかくも、浮浪者の少女にからむような低級なチンピラにビビるわけがないのである。
「こりゃあ参ったなあ……」
他の奴らと違い、大男は一応ボス格らしくまだ余裕を保っている。
だが、わずかに細めた目から物騒な気配を発していた。
「いえね? こちとらもお他人様がたに迷惑をかけようなんてこたあ思っちゃあいないんですよ? ただねえ…。そこのガキがどうも仁義ってものをわかってねえ。それで、ちょいとばかり、へへへ、説教を……ねえ」
と、大男はニヤリと黄ばんだ歯をむき出した。
「ですから、本当にお嬢様のようなかたのお手を煩わせるようなことはないんで」
口で殊勝なことを言っているが、その言動はあるのは清々しいほど明確な恫喝である。
なめ回すような視線と一緒に、タロガにその顔を鼻先にかかる。
きっと口臭とかすごいんだろうなあ。ああ、いやだいやだ。
わたしは密かにタロガへ同情の念を送ったりしていたけれども──
「…………なに?」
タロガの表情が一変した。
余裕綽々が消えさり、顔色がどんどん青白くなっていく。
わずかながら、体も震え出したようだ。
……これは、よろしくないんじゃないでしょうか?
ゴロツキたちはその様子に、満足そうな顔でニヤニヤと笑い出したけど。
バカダネエ。
知らないってことは幸福だけど、その先にはどでかい不幸が待ち受けているらしい。
「だ……が……って…………」
タロガはうつむき加減で、ボソボソとつぶやいている。
ああ、まずい。どうしようかな。
「いや、ですからねえ?」
こっちの気も知らず、大男はひどく大げさな所作で、一際大きな声で――
「こいつはぁ、おきれいなお嬢様が出張るようなことじゃ、じゃあねえんですよ!」
タロガの耳に息を吹きかけるようにして言った。
いやいや、むしろ〝がなりたてる〟と表現するほうが正しいだろうか。
タロガは、もう何も言わなかった。
あーあ。もう知らん。
わたしは小さくため息を吐いて、ゴロツキたちの運命を嘆いてやった。
周りを見てみると、野次馬さんたちは同情するようにタロガを見ている。
でもそれ、勘違いだから。
「うるっせえ!!!」
予想どおり、タロガの口から鼓膜を破るような鋭い叫び声が放たれた。
その恐ろしい声に、ゴロツキたちも、野次馬も一瞬静まり返る。
タロガはそのまま、大男の胸倉をつかんでぐいっと引き寄せた。
単純な体格差を考えれば、凄まじい腕力である。
つかまれた大男は、足元のバランスを崩して、地面に膝をついてしまった。
「て、てめえ……!」
大男は振りほどこうとタロガの腕をつかもうとする。
パッと、タロガの手が離れる。ただし、片方だけだ。
もう片方の腕が握り拳を作って、大男の顔面に打ち込まれた。
肉や骨を打つ嫌な音に、野次馬たちは短い悲鳴をあげている。
「人が穏やかに話してりゃ調子に乗りやがって!」
タロガはものすごい目つきで、ガンガンと殴り続けた。
「てめえのその不細工なツラ、もっともっと不細工にしてやらぁッ!!」
叫びながらタロガはなおも殴る、殴る、殴る。
何しろ、小さな女の子の拳じゃあない。
少年とはいえ剣術で鍛えこまれた若者の拳だ。
相手は不意を突かれた形だし、無意識なのかしらないがタロガは顔面の急所を狙い、的確に拳を打ち込んでいく。
「おい、こら。誰がお嬢様だって? どこにお嬢様がいるんだ? お嬢様ってのは、女に対する言葉だよなあ? ええ? それとも、お前らの間じゃ若い男に向かってお嬢様って言うのが流行ってるのかよ?」
タロガは、飢えた狼のような凶暴な声で叫ぶ。
大男は反論や弁明の猶予もないまま、あっという間にボールみたいに膨れ上がった。
脂ぎったその顔は、もうさっきまでどんな顔をしていたか思い出せない。
いつの間にかタロガは大男に馬乗りになり、両の拳で殴り始めていた。
こりゃ、本気の本気でやばい……。
止めないと本当に殴り殺しかねないぞ。
わたしはタロガの暴力に呆れながら、どうやって説得するか迷っていた。
と、喧嘩の原因と女の子を見てみれば、彼女は目の前の喧嘩を興味深そうに見ている。
まるで、生まれて初めて見たかのような顔つきで。




