〇三、ちょいと待て、と声をかけるは
そんなわけでまあ、結局タロガは妖怪退治を了承することとなり──
わたしは現在南区を尼僧姿で移動中なわけなのだが。
歩くうちに、わたしはおや……? と、首をかしげた。
前方が何やら騒がしいことに気づいたのだ。
このあたりは南区でも比較的にぎやかなところらしく、道には露天商や屋台などがいくつも見かけられた。
そんな中、一部に何やら人垣らしきものができている。
喧嘩だろうか?
わたしは少し身を低くして、人垣へと近づいていく。
野次馬独特の雰囲気というのか空気が充満する中へ、
「ふざけるんじゃねえや、このガキが!」
「何とか言ったらどうだ、ええ!?」
あまり耳に入れたくないガラガラ声が響き渡った。
見ると、道端で複数の男たちが小柄な人影を取り囲んでいる。
喧嘩にしては、ちょいとこれは様子が悪い。
そういえば、南区あたりの郊外では見廻り方の監視が行き届きにくいので、たちの悪いのが何人もまぎれこみ、ところの人たちは迷惑しているという。
見れば見るからに人相のヨロシクない、『ボクたちゴロツキです』と看板をしょって歩いているような連中だ。
絡まれているのが何者か知らないけど、ここは見廻り方の者として……。
そう考えるわたしだが、場所柄とか現状を考えると困ってしまう。
わたしは長官からのお仕事を引き受け、その現場に向かう途中である。
あの手の奴らがわたしごとき小娘の仲裁を素直に受け入れるとも思えぬ。
かといって、身分を明かせば変装しているのが台無しだ。
大体わたしは見廻り方といっても東区の所属である。
それが南区まで出向いて勝手なことをしたとなれば、これは越権行為だ。
一口に見廻り方といっても、やはり区域ごとに体質ややり方も異なり、互いに縄張り意識もかなり強い……。
となれば、ここは黙ってみておくほうが無難なのだが──
しかし、仲裁に入る程度なら……でも、どうせ聞かないだろうなあ。
後ろから石でもぶつけてくれようか?
石投げ──飛礫は実はけっこう重要な技術であり、わたしもみっちり仕込まれた。
威力や飛距離は鼻くそみたいなものだが、正確さにおいてはちょいと自信がある。
しかし、だ。あいつらが怒ってナイフでも振り回したら危ない。
てなことを、私がウジウジと考えている時だった。
「おいこら、ちょっと待て」
一人の女の子が片手を突き出しながら、ゴロツキ連中に呼びかけた。
「こんな昼日中、天下の往来で子供に脅しをかけるとは穏やかじゃないぞ?」
女の子は薄い胸を張りながら、傲然とゴロツキたちに言った。
いや……。女の子じゃない。
タロガ・セイルだ。
わたしと違って、尼僧姿ではない。いわゆる平服という格好だけど。
その態度は制服を着て街を歩いている時とまったく同じ。
あのさあ、少しくらい世を忍ぶとかしよう……?
呼び止められたゴロツキ連中、一瞬驚いたようだったが、タロガの顔を見て、
(なぁんだ……)
といった感じで、ニヤついた笑みを浮かべ出す。
それどろこか、
「やったね! 獲物が増えたぞ」
そう言わんばかりに、助平そうな視線を送ってくる始末である。
ああ……こりゃ、あかんわ。完璧に侮られてる。
タロガめはあの顔にプラスして、かーなーり着やせするほうだからなあ。
裸体をさらせば、その引き絞られた肉体と刀痕で連中はビビるかもしれぬ。
しかし、現状衆目が見ているのは短髪のきれいな女の子でしかない。
男だとわかったとしても、小柄で華奢な小僧っこというところか……。
うちの父上あたりであれば、すぐに服の下にある肉体と生半ならぬタロガの戦闘能力を看破したかもしれないけど。
でも、そんな眼力を持った人間なんかそういるもんではない。
というか、わたしだって所見であったら、そんな認識だったろう。
「何だい、お前?」
案の定というのか。
ゴロツキの一人が馬鹿にしたような顔でタロガに近寄る。
「何だ、だと?」
タロガは不快げに顔をしかめたが、急に狼狽したように視線をそらした。
ああ……。これはきっと、アレだ。
自分の立場というか、そういうものを思い出したらしい。
今タロガの頭では、さっきのわたしと同じような葛藤がなされているに違いない。
この場合タロガの正義感を褒めるべきか、考え足らずに呆れるべきなのか。
タロガの弱気そうな、少なくとも客観的にはそう見える態度に、ゴロツキたちは嬉しそうに悪辣な笑みを浮かべている。
「こりゃあまた、どこのおかたは存じませんがね? こりゃあこちらのことなんで、口出しはご遠慮願いますよ?」
ボス格らしき大柄な男が、慇懃無礼にそう言った。
途端にそいつは大爆笑して、下品な笑いは他の連中にも伝染する。
逆に野次馬たちは不安そう顔つきで、しかし、ただ状況を見ているだけ。
確かにちょっと関わりになりたく相手だ。無理もない。
「――はあ?」
タロガは脅えはしないが、怪訝そうな顔をしている。
きっとゴロツキたちの言い分がよくわからないのだ。
もしかすると、ゴロツキたちはタロガをどこかのお嬢様とでも勘違いしたのか?
あるいは、その線の細さを侮って女の子扱いでもしているのか?
服装からして前者は考えにくいだろうから、まあ後者だろうなあ。
完全になめられながらも、タロガは青白い顔でジロリと大男を見る。
ああ、これはかなり怒っているな……。
馬鹿にされていることは察しているのだろう。
「……で、何の騒ぎだ? これは」
「いやぁ、別に大したことじゃあないんですよ」
大男はへらへらしたまま、表面上はあくまでへりくだった態度でタロガに応える。
でも、その顔に浮かんでいるのは、獣が牙をむき出したような不気味な笑いだ。
こんな顔をした巨漢に迫られたら、大の男でも思わず尻ごみするな……きっと。
「往来で騒ぎを起こしちまったのは申し訳ねえ。ですが、本当にくだらないことなんで……。他人様のお手を煩わすことじゃあねえんですよ?」
「そうは見えなかったがな?」
大男に対して、タロガは平坦な声でそう言った。
「何だか知らないけど、小娘にちょっかいかけてたって、そんなところだろ? 見苦しいからどっかに行け。とってと行け」
と、タロガは犬でも追うような態度で、しっしと手を振ってみせた。
小娘……? タロガのことじゃないのよな? となると……。
わたしは位置を変えて、タロガとゴロツキ連中の向こうへと目をやる。
地面に、真っ黒い塊のようなものが放り出されて──じゃない。
真っ黒になるまで汚れた汚い服を着た、女の子が座り込んでいた。




