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色なし三角スー・イラム  作者: 甫人 一車
聖モード寺院の怪異
23/40

〇二、変装して南へ



 結果として、長官の言葉は嘘でも冗談でもなかったのである。

 その日、わたしは長官から賜った地図を頼りに初めて訪れる南区の道を、一人でトボトボと歩いていた。

 南区はドゥーエの中でも比較的人口が少ないそうだが、確かに騒がしい東区などと比べればだいぶ閑静なようである。

 あの落ちついた雰囲気の浮き舟屋周辺よりもなお静かで──

 逆に夜になるとおっかなそうな気がしてくる。

 気のせいか、物売りの声ものんびりとしていてスローモーに感じられた。

 道を踏みしめながら、わたしはタロガとの約束の場所まで急ぐ。

 このへんで落ち合う約束をしているのだが、まだそれらしき姿は見えない。

 と、すれ違った人がわたしに頭を下げてきた。

 一瞬ギョッとするけど、それも無理からぬことである。

 何故かと言えば今のわたしは、尼僧の格好をしているからだ。

 普段の見廻り方の制服なんかは頭を下げるより、避けられることのほうが多い。

 まして半人前の、赤ならぬ真っ白な色なし三角ではなおさら。

 しかし会釈までされるところを見ると、わたしの僧形もなかなからしい。

 わたしはちょっと自信を感じながら、道を急ぐ。



       △



 時間を少し戻して語ると──

 こんな格好をしているのも、長官の命令なのである。


「お前らに行ってもらいたい場所はな、尼寺だ」


 と、長官は言った。


「あまでら? と言いますと……つまり女の坊さんがいる?」


「うむ。俺の知り合いの寺なのだがな、夜な夜な怪しいものが出て難渋している。しまいにはたまりかねた尼さんが逃げ出していく始末。どうにかならんかとそこの住持に相談を受けたという次第なのだよ」


「そんなこと言われましてもねえ……」


 わたしは首を振る。 

 妖怪退治? しかも尼寺? 騎士だの武芸者の出る幕あるのか?


「僧侶といったら神様に仕える聖職で、神様を祭る寺院はいわば聖域じゃないです。そーんなところにお化けが出るんですか? そんなもの、わたしらの手にあいますかね」


 わたしは、思ったままを述べた。

 タロガは何も言わず、両腕を組んだまま目前としているばかり。


「確かに腑抜けな奴らじゃあ、化け物に出会っただけで腰を抜かすかもな。が、しかしだ? お前ら二人は若いけど度胸はあるし、なかなか腕も立つ。口も堅い。な? うんと言っちゃあくれまいか?」


「──長官、俺は男ですが?」


 黙っていたタロガが、噛み付くような声でそう言った。

 ああ、なるほどな。尼寺といえば男子禁制の場所である。

 わたしならともかく、男であるこいつが出入りするのはちょいとまずい。

 あそこには若い男が出入りしてる、てな噂がたてばお寺のほうだって困るだろう。


「ああ、そこでな。これよ」


 と、長官が机に放り出したものは……。


「服ですね。というかこれは──」


 手にとって確認しながら、わたしは服から漂う黴臭さに辟易する。


「尼さんの服だ。お前らにはそれを着て現場に行ってもらう」


 変装してか……か。確かにそれなら変な噂がたつこともない、かな?


 もっとも、お化けが出て人が逃げ出すくらいだから風評のほうは手遅れかもしれぬ。


「ふざけるのは大概にしてください! 長官は俺に女装をしろって言うんですか!」


 タロガが机に拳を打ちつけて怒鳴り散らす。

 まあ、あんたの場合普通の格好でも女の子に見えるよ、今現在ですらそうだし。

 ……てな、ことは面倒なことになるので言えないが。


「そうだ。これも必要なことゆえな」


 長官のほうはもう淡々としたものだ。

 このオッサン、面の皮は千枚ばかりだからタロガ程度の吼え声などビクともしない。


「いくら長官の命令でも、嫌ですよ!」


「お前を見込んでのことなんだがなあ……」


「こんなことで見込まれたくありません!」


 長官の言葉を、顔を真っ赤にして否定するタロガ。

 ははは、まあそうだよなあ。

 わたしが内心爆笑していると、長官はふむと首をひねって──


「つまり尼さんの格好をするのが嫌だと?」


「女の格好をするのが嫌なんです!」


 叫ぶタロガに、長官は何やら曰くありげな視線を送る。


 それから、懐から煙管を取り出すとゆっくりと火をつけた。


「そうか。だが、そんな理由で化け物退治を断るとはなあ……? わかったよ、お前さんには頼むまい。スー、一人で大変だろうが、まあ何とかがんばってくれぃ」


 と、長官はあっさりと言って、わたしを見る。


「ちょ、そんな……!?」


 どんなものが相手か知らないが、お化けを一人でどうにかしろなんて……。

 盗賊とかそんなのが相手ならまだ話はわかるが、


「それはちょっと、わたし一人じゃあ……」


「仕方ねえだろ? こいつはやだって言ってるんだからよ」


 長官は煙管でタロガを指しながら、大げさに困った顔をしてみせる。

 これに対して、タロガはいかにも不快そうに眉を寄せた。

 だが拒否を撤回する気はないらしい。


「あのう、悪いけど一緒にいってくれると助かるんだけど……?」


 わたしが恐る恐る頼むんでみても、タロガがフンとそっぽを向いただけ。

 くそっ……!

 一瞬とはいえ、期待とか頼りたいなんて感情を抱いたわたしが馬鹿だった。

 一緒にご飯を食べたりして、少しは打ち解けたつもりだったのだけどなあ……。


「どうしても、やれというなら……」


 と、わたしが口を開いたと同時に、


「まあ俺も無理にとは言わんが……その寺院はタイガ女史の恩人の墓地がある場所でなあ? くれぐれも頼むと言われておるんだが」


 長官はおかしな物言いをして、タロガを見やった。 

 その途端、タロガの表情が凍りついたものである。

 いやもう本当に、『ビシッ!』と音が聞こえてきそうだった。


「……そんなことは」


「嘘だと思うのなら、今から浮き舟屋に行って確かめてきてもよい。止めはせんぞ」


 軽い世間話でもしているみたいな長官の顔を見て、わたしはため息をついた。

 このオッサン、最初っからこういう絵を描いていたのだろう。

 事前にタロガのウィークポイントをガッチリ押さえていたわけである。


「……わかりましたよ」


「おう、そうか。では早速明日から頼む。こいつを住持に見せれば万事伝わるんでな」


 タバコを燻らせた長官は、一枚の封書を机に置いた。


「それから、こいつはまあ手付けのようなものだ。取っておいてくれ」


 続いて出してきたのは銀貨数枚、わたしとタロガでそれぞれ五枚ずつだった。




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