十九、そんなこんなで
それから、三日が過ぎて後。
マー姉はある朝、ワッパガ氏の娘を探しに唐突に旅立っていった。
私が後から聞かされた話によると……。
ドゥーエからほど近い東のある宿場町で、それらしい人物が見つかったそうだ。
近いといっても、徒歩では五日近くかかる距離であるとか。
知らせを聞いたわたしが浮き舟屋に行った時には、すでにマー姉の姿はなく──
迅雷丸を駆って、出発した後だった。
「良かったんですか……?」
話を聞いた直後、わたしはまず女将さんにそう言った。
この三日で、マー姉が借金を全て返済できたとは思えない。
ということは、女将さんは一応担保にしているはずの馬を。
すると、女将さんはコロコロ笑ってこう言ったものだ。
「あちらでは、セイル家のこと以外にも、やっていただくこともありますから。それを含めば十分にお釣りはきます。それに、彼女は信頼のできるかたですから」
馬鹿というかお人よしというか、考えなしというか、そんな台詞。
が、しかし。この人がそんな人ではないことは、何となくだがわかる。
好意もあるだろうが、きっと十分な代価も得られるのだろう。
その帰り道──というか、早朝なのでそのまま役宅に向かう途中。
なんだかなあ、わたしはちょいと拍子抜けした気分でいた。
そのせい、なのだろうか?
大して気にしてなかったはずなのにセイル家のことが、頭の隅から離れない。
あの、おとなしそうな外見のワッパガ氏。
話だけなら、奔放な娘に振り回されている甘い父親と思えなくもない。
だけど、どうも違うような気がするな。
「ま。わたしが考えたところで、しょうがないか……」
つぶやきながら、わたしは早朝の空を見上げる。
この時間帯でもすっかり明るいな。もう少しすれば夏かな。
店を開け始めた商家では、使用人が掃除を始めている。
歩きながら、わたしはついついあくびをしてしまう。
よく考えりゃ、なんだかやってられない気分だな。
朝早く叩き起こされ、呼び出されたのに、マー姉の見送りはできなかったし。
このまま役宅に行っても、出勤時間よりだいぶ早くなりそうだ。
新人だから早めに行くと言う選択はありなのだろうが……いたらいたで、小間使いみたいな用事をわんさか押しつけられるもんねえ。
そういえば、マー姉のことを、クー姉に言わなくて良かったのかな。
いや……あのクー姉だから、もしかするとマー姉のことを知ってたのかも。
知ってても、ほっといたのかなあ。
前にあった時、話しようは軽い感じだったけど、親衛隊の仕事は大変だろう。
お城で、王族相手の任務だもんね。
憧れはあるけど、自分はなりたいかと言えば話は全然ベツ。
わたしだったら、まあ向こうからお断りされるだろうが、とてもやっていけそうな仕事じゃないよなあ。いかん、考えていて虚しくなってきた。
「ありゃ?」
この時、わたしは足を止めて思わずつぶやいた。
しょうもないことを考えて歩いていたせいだろうか?
役宅に行くはずが、全然違う場所に入り込んでしまったよーだ。
あたりを見回しながら、わたしは頭をかく。
見たところ、金のなさそうな人の住んでいる、いわゆる貧乏長屋ってやつ?
違うか。人が多く、土地の高いドゥーエでは平屋ってのはごく少数。
こういうのは、貧乏アパートって言うのかね。
三階建ての、ボロッちい建物を見ながらわたしは首をひねる。
聞いた話だと、最近ではこういう建物も中央区……つまり、お金持ちや上流階級の間なんかでは流行遅れらしい。
ま……わたしは中央区など遠目からチラリと見るくらいで、何も知らないが。
しばらく見上げていると──
やがて、二階のほうからトントンとリズミカルな足音が聞こえてきた。
何となくだが、足音からは身軽で運動神経の優れた人物が浮かび上がる。
「あ……お前」
足音の主は、下にいるわたしを発見するなり、そんなことを言う。
「あれ。あなただったの?」
きれいな青い髪の相棒に答えながら、自分の勘と言うか予想もなかなかだなあと、わたしは密かにニンマリとするのだった。
「何の用だ、こんな朝から……」
「いやあ。ちょっと早朝に小用があったもので。けど、どうせ一日中一緒に行動するっしょ。だったらアレですよ、たまにはこういうお出迎えもいいかなって」
「ふん……」
わたしの返答に、タロガはつまらなそうに鼻を鳴らす。
むかつくのは、こういう不快な態度をとってもこいつは美形だってこと。
ただ、である。
今気づいたが、こいつの美貌はわたしのよく知るものとは別タイプだ。
マー姉みたいな明るくって、素直にきれいだって思える感じではない。
でも、クー姉のような、ちょっと非人間的な好きのない美貌でもない。
やっぱり、男女の差ってのがあるか。
いや、しかし。こいつの顔は女の子としか見えないんだよなあ。
若い頃は美丈夫だったらしいうちの父上のような、男性的な魅力は正直ない。
「なんなんだよ。さっきから……」
ふと気づくと、タロガが嫌な顔をしてわたしを見返している。
いかん、いかん。つい自分の思考に没頭していたようだ。反省。
こないだ一緒にお昼を食べた時は、こんなこと考えなかったのにな。
あの時は、何だかんだでわたしもマー姉のこととか色々あったしな。
「いや──ちょっと、うちの姉たちを思い出しましてねえ」
嘘は言っていないぞ、うん。
「はーん?」
「二人いるのだけど、どっちもまあえらい美人なもので。わたしと違って」
と、わたしが言うとタロガは変な顔をして首をひねった。
「どちらもわたしよりぐんと美人だったり優秀だったりで。色々大変デス」
言いながらも、わたしは過去の体験や記憶をちょいと掘り返す。
その作業中にさっき自分が言った言葉を訝しく感じてしまった。
大変というのは、何がどう大変だったろうか……と。
いつも姉様たちの影にいたことは確かだが、それが全て悪いわけでもないな。
社交の場では影が薄いせいか、誰にも気づかれずに終わったこともある。
でも、だからどうしたというわけでもない。痛くもなければ、悲しくもなかった。
まあ、それは騎士の家柄としてはちょっと困ってしまうわけだが……。
わたし個人としては、どうってことはない。
そも日陰にいるということは、直射日光を浴びずにすむということだ。
姉様たちは良くも悪くも目立つために、かなりの苦労をしている。
マー姉が家を出たのは、そんなものも原因なのだろう。
「どうしたよ」
いつの間にか、タロガが階段を下りて私の近くにいた。
「いえ、ちょっと。さっきの発言はなかったことにしてください」
「変なヤツだなあ……」
と、青い髪のムカつく美少年は、率直に言ってくださる。
「悪かったですねえ」
「ふん」
わたしが軽く嫌味をこめて言ってやると、タロガは鼻で笑う。
しかし、その直後──
「ま。お互い身内では苦労するよな。俺の場合は元がつくが」
斜め上の上空、ようやく明るく鳴り出した朝空を見ながら、タロガはつぶやく。
「苦労しない人間なんか、いないのと違いますか。あるいはかけている側かも」
「違いねえや」
タロガはぜんぜん顔に似合わない伝法な口調で返し、また笑った。
わたしはタロガの笑顔に応えながら、ふと思う。
何だか変な雰囲気だけど、もしかすれば友好的とも言えるのかな?
「まだ、朝も早いし。一緒に朝食でもどうですかね」
「ああ。別にかまわねえけど?」
わたしが提案すると、タロガはうなずいた。
「じゃあ。ちょっと無作法だけど歩きがてら、といきますか」
そこでわたしは、懐から弁当の包みを取り出してみせた。
なんだ、それとでも言いたげに、タロガは包みを凝視する。
「さっき浮き舟屋でちょうだいしましてね」
わたしが浮き舟屋を出ようとした時──
「よろしければ朝ごはんを食べていかれては」
と、女将さんが言ってくれたけど、新人の木っ端役人がそんなこともできまい。
丁重にお断りすると、それでは……と持たせてくれたのがコレだ。
開けてみると、中はパン類に野菜とか肉とか色んなものをはさんだもの。
なんとかサンド、というやつだったな、確か……。
わたしもドゥーエに出てきて初めて知ったお料理だ。
うむ。これなら、歩きながらでも食べやすいな。
まさか、女将さんがそこまで読んでくれたわけではないだろうけど。
「いかが?」
わたしがすすめると、タロガは素直に手を伸ばし、弁当を食する。
「うまい」
で。やっぱり素直な声でそう言ったのだった。
続いてわたしも食べてみるが、なるほど確かに美味しい。こりゃうまい。
そんなこんなで、お弁当を食べながら、わたしたちはゆっくりと出勤していく──




