十八、おさそいしました
浮き舟屋を出て、わたしは何だか二日酔いからさめたような気分だった。
道を歩いていると、全然実も知らぬ異界を歩いているような気持ち。
往来の人たちが、みんな奇妙な謎生物に感じられるような感じ。
マー姉は、女将さんの要望もあって浮き舟屋に残った。
一人で歩くうちに、なんで自分がワッパガ氏のために面倒をおわにゃいかんのか。
今さらながら、そういう後悔というか不快さが出てきてしまった。
考えてみれば迷惑を振りまく親子ではないか。
父親のほうはアホな理由で養子を追い出して、士族社会での信用を失う。
娘も娘で、家出したかと思えばまたぞろ戻ってきて、消えてしまう。
そのせいでタロガは生き恥はかくわ、お先真っ暗になるわで散々だ。
わたしは巻き添えを食って、こんなことになっているわけで。
しかし、こうなってくると逆にその迷惑娘の顔を拝んで見たい気もする。
でも、すぐに別の考えも浮かぶのだ。
美人らしいが、しかし私は幼少時からずーっと人並みはずれた美少女と一緒に大きくなってきた身。少々こぎれいなだけの女なんぞつまらんぞ──と。
いや、別につまるとかつまらんとかはどうでもいいのだが……。
まずいぞ。なんか頭が混乱しているな、わたしゃ。
さらに考えてみれば、いくら見廻りルートの一部であるとはいえ、新人が勝手にこんなことしてていいものだろうか。
「おい」
背後から声をかけられた時、わたしは驚いてすっ転びそうになった。
もっとも、その過剰反応に相手も相当に驚いていたようだけど。
サファイアを細くして束ねたような青い髪。陶磁器のような白い肌。
繊細に作られた美術品みたいな容貌だ。
そのくせ、首から下の細身は引き絞るように鍛えこまれた肉体がある。
これを知っているのは、わたしが彼を知っているからなのだけど。
「なんだ、その反応は……」
呆れるように言うのは、麗しき青という言葉そのものの美少年だった。
というか、タロガ・セイルだった。
「いやあ、お久しぶり……ですね」
わたしの誰がどう見ても不自然であろう挨拶に、タロガは顔をしかめている。
「お前、勝手に先に出てどういうつもりだ? 相方同士は必ず二人そろって見廻りに出るのが定法だろうが」
タロガのもっともな言い分に、わたしはうなだれる。
しかも、タロガと無関係ではことが理由なだけに、妙に気まずい。
「浮き舟屋から出てきたようだが……」
訝しげに、やや遠くの浮き舟屋をタロガが見やる。
「ちょっと……身内のことで」
わたしがボソボソと言うと、
「ああ。まあ、そうか」
タロガはさらに顔をしかめたが、続けて追求してくることはなかった。
どうやら、身内という単語。そこへ敏感に反応したようである。
「ま、色々あるよなあ。誰にだって」
「はあ……」
その優しげとさえ言える態度に、わたしは薄気味悪くなってしまった。
大体浅い付き合いだが、このクソガキに優しくされたなどない。
友好的になろうという気持ちをペシャンコにするような言動ばかり。
だからだろう。つい、わたしは思ったことをそのままに、
「何だか、気味悪い……」
「ナンダト!?」
耳ざとくそれを聞きつけたタロガは、青い目に怒りの炎を燃え上がらせた。
冬場の枯れ枝以上に燃えやすい。
やっぱり怖い目つきだったが、わたしはかえって安堵してしまった。
どうも、この青の美少年は起こったり不機嫌でいるほうが自然だ。
……あんまり良い自然さではないな。
でも、わたしはこいつが微笑えんだり、楽しそうにしてるのを見たことがない。
「──その、タロガさん? あなたは……」
言いかけて、わたしは口ごもる。
一体何を話そうとしているのか、自分でもわからなかった。
なのだが……。
「ワッパガさんや、その娘さんのことをどうお思いで……?」
言ってから、わたしは即効で後悔した。
それまでは穏やかというか、愛らしくすらあったタロガの顔が一変する。
さっきの怒った顔など、比ではない。殺気で血走った凄まじい眼だ。
ある意味、わたしからすれば馴染み深いというべきか。
カンペキに下手を打った……。ああ、わたしのおバカ…………。
そんな私の心境を知っているのか、まあ知らないのだろうけど、タロガは血走った目つきのまま、一言も口もきかないでいる。
この沈黙が、余慶に不気味だ。わたしもまた、黙っている。
無言の若い男女、それも見廻り方の制服を着たのが二人。
傍から見れば、きっと妙てけれんな構図だろーな。
「お前、浮き舟屋で何をしていた?」
タロガの言葉に、わたしの胸は思わずドキリンコンと鳴り響く。
当然ながら、ロマンチックなものではない。
「……なにが?」
目をそらさなかったのが、不思議なくらいだった。
現実逃避だろうか? タロガの瞳がひどくきれいに思えて不思議に感じる。
「答えろよ」
しかし、わたしの返答を無視するようにタロガはそう斬りつけてきた。
少し考えてから、わたしはまた悩み、
「あんたのお父さんと、うちの身内がちょっと関わることになってねえ」
身内というか、おせっかいなマー姉なのだが。
「違う」
「へ」
「もう、父親じゃない。縁は切ったんだからな。向こうから」
間髪を入れない否定であった。
「うん、まあ、そうだった。そうでしたね。うん」
私は素直にうなずきつつ、ワッパガ氏のことを?思い出していた。
そういや、あの人タロガについてどう思っているんだろうな。
罪悪感? はあるのかもしれん。
けど、どうも率直な心情とはしてはタロガと似たようなもんではないか。
縁は切った。もはや他人。
実の娘への妙な執着を見るに、最初からそういう感じだったかもしれん。
しかしなあ、人間としてそういう心情はわからないこともないけれど……。
士族としてみれば、あまりにもでかすぎて痛すぎる判断だった。
いや、人間として見てもやっぱりダメすぎるか。
そんなオッサンの元に養子に来たのが、身の不幸と言うべきなのかしらん。
わたしはタロガの青い髪や瞳を見ながら、何となく憐憫を感じてしまう。
この刺々しい言動も、色んな不遇や不幸を考えればやむを得ないのだろうか。
「な、なんだよ……」
私を視線をどう受け取ったものやら、タロガは居心地悪げに顔をそむけた。
そんなタロガの横顔を見るうち、わたしはあることを思い出す。
『一緒に昼飯でも食ってこい』
そう言ってもらった銀貨は、まだ使っていないのだ。
大体、そんな友好的な関係とか雰囲気になったことがない。
「ねえ。一緒にごはんでも食べない?」
言ってから、わたしは自分自身にひどく驚いた。
それ以上に驚いているのは、タロガのほうだったが。
何をたくらんでいる?
……とでも言いたげな目つきで、私を見返してくるのだった。
「長官からもらってるんだけど? 一緒にお昼でも食べなさいって」
わたしが銀貨を見せながら言うと、
「ああ」
タロガはようやく警戒を解いたようである。
つーか、一応仕事の相棒でもあるわたしをここまで警戒するなよ。
「親睦を深める意味でも、どう?」
私の提案に、タロガはまたも無言を返す。
「嫌ならいいよ。わたし一人で食べてくるから」
タロガの返答を待たず、私は背を向けて歩き出した。
どうせなら、待っていても良かったかもしれない。
けど、そんなことしたって、あまり意味はないような気がするのだ。
「待てっ」
少しあせったような声が飛んできたかと思うと、タロガはわたしの前にいた。
驚くべき俊敏さで、私に追いつくどころか、追い越してしまったらしい。
「……飯を食うなら、俺が店を決める」
ふんぞり返るようにして、タロガはそう言ってくる。
「変なとこじゃやですよ?」
「誰がそんなところ行くか。ちゃんとした、美味いものを出す店だ」
あくまでタロガめは偉そうである。まあ、いいけどね。
「以前に、長官のおともをしていた行ったことがあるとこだ」
タロガは聞いてもいないのにそう説明してくれた。
「ああ、なるほど。そらなら安心だわ」
わたしは銀貨をしまいながら、にっこりと笑っていた。自分でも不思議。
「時間も惜しい。とっとと行くぞ」
先に歩き出すタロガをどこか可愛く感じながら、わたしはそれに続くのだった。




