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〇二、王都へ行け

 マー姉の家出から、一ヶ月ほど後のことだった。



「スーお嬢様、旦那様がお呼びでございます」


「はーい」


 庭で地べたに寝転がる猫の腹を撫でていたわたしは、その言葉に立ち上がる。


「お嬢様、いつも申し上げておりますが、そのような言葉づかいは……」


 十年以上我がイラム家に仕えるメイド長は、頭痛を抑えるような顔で言う。

 確かに、さっきの返事は騎士の家柄にはふさわしくないかもしれないな。

 密かにそう思うわたしだったが、こればっかりは仕方がない。

 幼い頃から、ずっとそうだっただもん。

 気さくと言えば言えるかもしれないが、およそ威厳もカリスマもない小娘。

 それがわたし、スー・サーノ・イラムという少女なんである。

 別に庶民派を気取っているわけではないが、どうしても言動がチャラ臭くなってしまう。

 本当に、何でだろーね? 自分でも不思議なくらいだわ。

 誰に教わったでもないのに、どうしてこうなのだろう。

 けっこー厳しい父上のもとで育ったのに。

 それほど大きくもない屋敷の中、わたしは父のもとへ急ぐ。

 あまり待たせると、おっかない雷が頭上へ飛んでくるからね。気をつけねば。


「お待たせしましたー!」


 急いで父の書斎へ入ると、


「ノックくらいせんか!」


 おっかない雷、さっそくにいただきました。

 父上ことザン・イラムはわたしの顔を見ながら、あからさまに渋い顔をする。

 その後、小さく咳払いをして、


「スー、一つ聞くが……お前はいくつになる」


「え。十五歳ですけど?」


 いきなり年齢を聞かれて、わたしはキョトンとなる。


「もう嫁にもいける年だな」


「まあ、そうですね」


「一応聞いておくが、すでに心に決まった男などはいるのか?」


 おいおい。いきなり何を聞くのだ、我が愛しき父上は。


「いませんけど」


 正直にそう答えると、父はがっかりしたような、ホッとしたような微妙な顔。

 それから、気を取り直したように表情を引き締めると、 


「スーよ。我が家には男の跡取りはおらん」


「女ばっかりですもんね」


 我がイラム家には、わたしを含めて三人の娘がいる。

 御役目のため、現在家を離れている上の姉クヨーミ。

 一ヶ月前に家出してしまった下の姉マテラ。

 そして末娘の、わたしことスー。


「……となればだ。普通に考えれば婿を取らねばならぬ」


「女が家督を継ぐ場合もありますけど」


「そうだな。有能な者であればそれも良かろう」


「ええ。まあ、姉さんたちのどっちかなら十分いけますよねえ」


「む──」


 自慢じゃないが我が家のお姉様たちは、どっちも優れた資質の持ち主である。


 クー姉こと長女クヨーミ。

 黒い髪に黒い瞳。ともかくとんでもない美人で、現在王都で姫君の親衛隊に入っている。

 武術・馬術においても男顔負けの腕前で、まだ十八の乙女でありながら、その実力は父上に匹敵するのではなかろうか。


 そして、マー姉こと次女マテラ。

 父譲りの黒い髪という特徴は同じだが、その円らな瞳はルビーのような真紅。

 クー姉には及ばないものの、武術はそこらの男など相手にならない。

 短髪でほとんど男装みたいな格好をしてるけど、輝く太陽みたいな美貌の持ち主であり、クー姉と並ぶ姿はまさに太陽と月。

 幼少時はおてんばというよりもほぼ野生児で、泥だらけで野外を駆け回っていたもんである。

 しかし、気性は朗らかで三姉妹のうちではもっとも人望がある。


 が──


 父上のすすめていた縁談が気に入らないと言って、家を飛び出しそのまんま。

 今頃、一体どこでどうしているのやら……。困ったもんだ。


「ところでな、知っておるか? 姫……王女の親衛隊、その噂を」


「えーと。姫様の親衛隊に入った娘は、晩婚か行かず後家になるんでしたっけ?」


 父上の質問に、わたしは記憶の奥から情報を引っ張り出す。


「でも噂でしょ? そつのない姉様のことですから、そのへんは何とでも」


「うまくいけばいい。だが、アレの眼鏡にかなう男がそうそういるかどうか……。仮にいたとしても当家の入り婿になるか、いうことだ」


 言いながら、父上は深いため息を吐くのだった。


「あー、確かに……」


 ハッキリ言ってクー姉は完璧だ。

 その美貌といい、騎士にふさわしい立ち振る舞いといい、武術の腕といい……。

 おまけに、姉妹ゆえに良く知っていることだが、その肉体は無駄なく引き締まっているのに胸もお尻もバランス良く育ち、『女』としての魅力も百点まんてん。

 世間をいくら探しても、こんな有料物件はそうそうお目にかかれまい。

 しかし、その出来の良さがかえってヨロシクないらしい。

 クー姉に憧れている男は数多くいたが、愛の告白をするヤツはまずいなかった。

 恋愛感情以前に、まず気持ちの上で負けてしまっているわけだ。

 大体クー姉って、お世辞にも親しみやすい性格とは言えないし……。

 それに我がイラム家は騎士の家といっても、ごく下級の小っぽけな家である。

 吹けば飛ぶような、と付け加えてもいいかもしれん。


 もっと普通の娘なら、あの美貌だ。いくらでも良縁の話はあったろう。

 美人で有能であればあるだけ、男のほうも及び腰になってしまうのだ。

 まして入り婿という弱い立場になるなら、なおさらというもので。

 もっとも、そんな根性のない男なぞクー姉のお眼鏡にかなうまいが。

 その点、マー姉は男の子みたいな格好のわりに、昔っから良くモテていたぞ。


「じゃあ、マー姉……」


 わたしが言いかけると、父上の顔はさらに渋いものになった。


「……まあ、素直に帰ってくるタマじゃないですねえ。頑固なとこあるから」


 父上の表情に、わたしはため息をつく。

 『あなたに似て』──という言葉を飲み込みながら。


「……ともかく、だ! もしかすれば当家は次代で断絶するやもしれぬ」


「それはさすがに、心配しすぎじゃないですかあ?」


 父上の言いように、わたしは笑ってしまう。

 クー姉は何やかんやで良い男を見つけてくるかもしれないし、マー姉もそのうちひょっこり家に帰ってくるかもしれないのだ。


「問題は、お前だ。スー」


「ええー。わたしのどこに問題が?」


「決まった男がおらん。それは別にいい。だが、この間マテラに代わって出たパーティーだ」


「美味しい料理がたくさん出ましたねー」


 本来なら姉さんたちが出るべき場だったが、今はどっちもいないのでわたしが出た。


「ほう、そうか、そうか。で、誰かと親交を深めたか?」


 父上は怖い笑顔でそう尋ねてくる。


「あ、そういえば……」


 しまったな、とわたしは頭をはたく。

 豪華絢爛な料理やお酒に心を奪われ、終始飲み食いに徹していた。


「恥をかいた、というのならまだいい。しかし? あの席にお前がいたことすら、ほとんどの人間は気づいていなかったというぞ」


「ありゃー!」


「何がありゃー、だ」


 と、父上は情けなさそうな顔で言うのだった。


「でもまあ、そんな気はしてました。目立たないのは慣れてますし」


 おかげでわたしは心置きなく飲んで食べて、満足して帰れたわけだし。


「あ。そういえば、一度も踊ったりしませんでしたね。パーティーなのに。あはは」


「笑いごとですむことか!」


 怒鳴った後、父上はガックリと肩を落とす。


「……よいか? どっちにしろお前は将来誰かと結婚せねばいかん。嫁に行くにしろ、婿を取るにしろだ。わかるか?」


「はい」


「が、正直なところお前に良縁を見つけてやれそうにはない」


 父上は『お前』に、という部分を強調して言った。

 マー姉なら良い縁談はいくらでも来ただろう。

 というかあの人が家出しなければ、何の問題もなく結婚となるはずだったのだ。

 そして、父上は重々しい口調で続ける。


「かつて同じ師に剣を学んだ旧友が、ドゥーエにおる。そこでだ、お前はドゥーエの騎士団に入ってもらう。そこで婿を見つけてこい」


「騎士団!? ドゥーエの?」


 わたしは驚いて目を丸くする。

 一口に騎士団と言っても、その役目は色々。種類も色々。

 騎士と言いながら、土木工事専門みたいなのもあれば、生粋の軍事組織として終始過酷な訓練に励むものもある。

 しかし、それでも王都ドゥーエの騎士団となれば、どこの部門にしたって、そう簡単に入団できるものではない。

 そんなものにコネだけで入団可能って、もしや父はタダモノではない?

 でも、それなのに、婿取りのコネはないなんて……。 


 わたしは女として、そこまでダメなのだろうか?




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