十七、ふたりのかんけい
話を聞いたところ……。
マー姉とルザ女将が出会ったのは、ドゥーエではなく──
ドゥーエから少し離れた宿場町であるそうだった。
家を飛び出したマー姉だが、何だかんだで路銀に困窮。
迅雷丸の面倒もちゃんと見られるか、どうかという有様に。
そんな時同じく旅先であった女将と出会った。
色々と話すうちに、
(この人なら、信頼できるかも……)
ともかくマー姉はそう判断したらしく、迅雷丸を預けることにした。
お金に困っているところだったので、ただ預けるというのではなく、
「早い話、お馬を担保にお金をお借りしたと……」
つまるところ──マー姉とルザ女将の関係はそういうことらしい。
「うん、まあ……うん」
言葉を濁しているマー姉と、苦笑いの女将さん。
こんな話、父やクー姉が知ったらどう思うだろうか?
父は、絶対怒るとして案外クー姉が難しい。
意外と、次妹の失態を鼻でせせら笑って、終わりかもしれないな。
しかしまあ、アレだ。
迅雷丸の様子を見る限り、健康ですこぶる調子も良さそうで。
下手をすると、うちの屋敷にいる時よりも大事にされているかもしれぬ。
最悪マー姉が借金を返せなくとも、飼い主が女将さんなら安心である。
そうなると、マー姉の判断は正しくはないが悪手ではなかったということか。
マー姉の姿を見て嬉しげな迅雷丸を見ながら、わたしが考えていると、
「それで、姉妹そろってどんなご用かしら?」
女将さんの言葉に、わたしはハッと思い出す。
マー姉も同様であったらしく、小さく声をあげていた。
「……ともかく、こんなところではなんですから」
女将さんは、嫌味のない上品な仕草でそう言うと、パンパンと手を打った。
すぐにメイドが飛んでくる。
「お客様をひまわりの間へご案内するから。お茶をね……」
手早くメイドへ命じた後、女将はふわりとした笑みで、
「さ、奥のほうへどうぞ?」
その笑顔に、私もマー姉も逆らうことはできなかった。
○
「ワッパガさんの、娘さん……ですか」
お茶を飲みながら、何かを考えるような仕草で女将さんはつぶやいた。
それもまた驚くほどに色っぽいのは、わざとやっているのやら。
まあ、それはないかな。
女同士で、それも田舎臭い小娘二人に色目使ってどうなるのというのだ。
「はい。ルザさんなら、何かお知恵を拝借できるんじゃないかって……」
マー姉は女将さんを見ながら、騎士らしくない素朴な口調で言った。
対して女将さんは、
「うーん……」
と、つぶやいたっきり、黙り込んでしまったが。
「それにしてもセイル家のことをお尋ねにこられるとはねえ……」
どこか感慨深そうに、そうつぶやくのだった。
ほう、と小さく吐き出す吐息も薔薇の香りみたいな気がする。
もちろん、近寄って匂いを嗅ぐなんてことはできないのだが。
そして、わたしがお茶を半分ほど飲んだ時──
「犬猿は交わりがたく、青麗と白陽は混ざりがたし……か」
少し上へと視線をやりながら、女将さんはそんなことをつぶやく。
「なんですか?」
「古い本の一節ですよ」
つい聞き返してしまうわたしに、女将さんは柔和な笑みを向ける。
「青麗というのは、青い美しい髪をした人を指す言葉。白陽とはいわゆる、明るい色の銀髪をした、やはり美人を指す言葉ですね」
「はあ」
「私もあまり難しいことはわかりませんけど、どちらが悪いわけでもないのに、気性や立場の違いからどうしても仲良くはできない。そういう関係性のことらしいです」
「まあ仲が悪いのを、犬猿の中と言いますからね」
犬と猿か。確かに気性も立場も違う者同士だなあ。
それに、きれいな青い髪をした美人か……。
確かにあのタロガ・セイルにピッタリの言葉である。
本人の前で言ったら、きっとぶち切れるな。下手すれば殴られるかも。
「お二人とも。一つ、お聞きしてもいいかしら?」
と、女将さんは聞き取りやすい美声で、わたしたちに話しかける。
「あなたがたは仮にワッパガさんのご息女が見つかったとして、どうするおつもり?」
「別にどうもしません」
マー姉よりも早く、わたしはそう答えていた。
自分で呆れるような返答だが、驚くような速さでもある。
「知人のご息女ではありますが、正直なところ、話個人的に別段どうでもいい人ですからね。家に戻るも良し、戻らないも良し。コンビを組んでる我が同僚が、これ以上不機嫌にならないような展開を切に望みはしますが」
「なるほど。タロガさんに関わりがある点が重要だと」
その一瞬、女将さんは奇妙な笑みを浮かべたようだった。
わたしの返答にキョトンとした顔のマー姉だったが、次に女将さんの視線を受けて、小さな子供みたいにしゃっちょこばってしまう。
「ご存知とは思いますが、私はその娘のことを偉そうに言えた立場じゃありません」
少し顔をうつむかせて、マー姉は自嘲的に笑った。
「だけど、娘さんのことを寂しそうに話しているワッパガさんを見てると、何だかいたたまれない気分になっちゃいました。勝手ですよね」
わたしは思わず、
「そうですね」
と、言いかけたが、何とか口をつぐむ。
「でも、だから余計に、ワッパガさん親子があんな形で離れ離れになっているのは、ほっとけないんです。別れるにしてもちゃんとしたほうがいいかなって……」
そういった後、マー姉は頬を桃に染めて、
「ごめんなさい。うまく言えません。ぜんぜんダメですね。はは……」
女将さんはマー姉を静かに見つめていたが、少し目を閉じてから、
「わかりました。できる限り、そのお嬢さんのこと調べてみましょう」
「ありがとうございます!」
「その代わり──と、言ってはなんですけれど」
即座にお礼をいうマー姉を制して、女将さんは強い声で言った。
「マテラさん、あなたにはしばらくここ逗留していただきます。色々とお手伝いしていただきたいこともありますから」
「私にお手伝いできることでしたら」
マー姉がうなずくと、女将さんは表情を緩め、
「ところで。お茶が冷めてしまいますよ。どうぞ?」
心臓が熱された飴玉みたいにとろけそうな笑みで、そう言ったのだった。




