十六、意外な再会?
「ワッパガさんは、娘さんに相当ベッタリだったみたいですね」
道を行きつつ、わたしはショージのおっさんから聞いたことを噛み砕き、語る。
「と言っても、表面上は物静かな感じだったらしいですけど、よく見てるとその執着ぶりが、嫌でもわかるという感じだったとか」
「んー……。そうだったの? あんまり、娘さんのことは話さなかったけどなあ」
「お婿さんを入れる話も、なくはなかったそうです。けっこう美人らしいですから。でも……何だかんだでワッパガさんの気が進まなかったらしくって」
「士族の女の子は、結婚早いものね」
答えながら、マー姉は何やら思案顔である。
ま、当たり前か。わたしにとっても、マー姉にとっても他人事ではない。
わたしが今こうしているのも、マー姉が家出したのも、全部結婚がらみだ。
「もちろん、本人が嫌がってた……っていうのが、一番大きいみたいだけど」
チラリと私が視線を送ると、マー姉はそっぽを向いてしまった。
「で。結局は、姉様も知ってのとおり結末。出てっちゃった」
「だけど──また、戻ってきた」
マー姉は軽く空を仰ぎ見てから、両手を頭に回す。
空のお日様は、すでにお空の真ん中あたりで輝いている。
「そういうこと。それが、一番大きな原因でもありますねえ。この問題の」
もうそろそろお昼かなと思いつつ、わたしは肩をすくめた。
「これはあくまで推測ですけど? 娘さんも、父親がのことが心配だったのかもしれません。養子を取ったって話も、噂とかで耳にしたかもしれませんし」
「家に戻ってきたのは、そういうことも原因だったのかもね……」
マー姉が嘆息する。
「まさか、それで養子を放り出すまでするとは、考えてなかったかもしれませんが」
「フツーは考えつかないよ、そんなこと」
「ですねえ」
マー姉のご意見に、わたしも同調する。
ワッパガ氏の現在の寂しい生活も、それらが要因のひとつであろう。
少なくとも、タロガを追い出したりしていなければ、他にも道はあったのだ。
タロガに嫁さんを取らせるとか、いくらでも。
「……でも、そういうのが嫌だったみたいですね。あの人は」
「家を、自分の子供じゃない人間が継ぐのが、嫌だったってことね」
マー姉は何とも言えない顔つきでうなずいた。
このへんも、やっぱりわたしらにとっても他人事ではない。
とはいえ、我が家の父上様は本当にいざとなれば、部下の中から優秀なのを選抜して、婿として迎え入れてしまうかもしれない。
わたしがドゥーエまで来てお婿さん探しの真似みたいなことをしてるのも、ある意味余裕でなせることなのだ。
いや、むしろ。わたしに与えられた本当の任務とは──
マー姉を見つけ出し連れ帰ること。そういうことかもしれないけれど。
残念ながら、そりゃちょっと無理な相談っぽい。
何しろ本気で抵抗されたら、私など相手にならないのだ。
「ところで、姉様の頼る先はどちらに?」
道を行きながら、わたしはふと気になって尋ねてみた。
歩きながら、マー姉が『ひとつ当てになるところがある』というので、ではまず、そちらに行ってみようかということになったのだが。
この辺の道は、わたしにも馴染みのある場所だぞ。
いや、見廻りの担当ルートだから、それは当たり前なのだけれども……。
東区でもやや閑静な川沿いの道。最近来たばかりである。
「もうついたよ。ほら、そこ」
そう言いながら、マー姉が指した店を見て、わたしはギョッとした。
あそこは、あのお店は──
「あンれ。見廻り方のお姉さん、また来ただかね?」
店先で掃除をしていたメイドが、目ざとく私を見つけた。
カエルっぽい風貌をした、強い訛りのあのメイドさんである。
「あははは……」
「え。知り合いなの?」
苦笑しているわたしに、マー姉が尋ねかけると、
「ありゃ。お前さんは……」
メイドさん、今度はマー姉を見て首をかしげた。
「あ、こんにちは。ええと、女将さんはおいでですか?」
と、マー姉はメイドにそう尋ねかけた。
「はいよ。ちょいと待ってな」
メイドはすぐにうなずくと、店の中に走りこんでいく。
「……そっちこそ、お知り合いで?」
「ドゥーエに出てきた時、最初にお世話になったところ、かな」
わたしが言うと、マー姉は短い前髪を弄りながら、微苦笑をした。
その仕草が妙に可愛くって、わたしはひどく馬鹿馬鹿しい気分になる。
○
「女将さんは、今厩のほうにおられますよー」
戻ってきたメイドさんはそう言って、わたしたちを案内してくれた。
「──あらまあ、意外な組み合わせねえ?」
私たちを見るなり、厩の前で馬の首を撫でていたルザは笑顔を浮かべる。
……にしても、相も変らぬ美女っぷりだ。
「姉妹ですので」
マー姉が何かいう前に、わたしは真っ先にそう言った。
「あら、そうだったの。驚いたわ」
言葉の割りに、ルザ女将の声は少しも驚いてはいない。
「そういうわけなんです」
マー姉は笑って、右手を頭の後ろにやっている。
「実は女将さん、今日は少しお知恵を拝借したいことがありまして──」
そのまま事情を話そうとしたわたしは、女将の前にいる馬へ目を奪われた。
わたしの反応に、横でマー姉が口を押さえる。
その馬に、わたしは見覚えがあったからだ。
あって当たり前。うちの、故郷のイラム屋敷で飼っていた馬なのである。
名は、迅雷丸。イラム家でもっとも丈夫で、もっと足の速い自慢の馬。
そして、マー姉が家出をする時に乗っていった馬でもあった。
ついでながら、マー姉に一番なついていた馬でもあったな、確か。
「あの……この馬って」
「マテラさんから、お預かりしているの。きちんと面倒を見れるかわからないって」
「はぁ」
わたしがチラッと視線を送れば、マー姉はわざとらしく顔をそらす。
「──で。いくらで売ったんですか?」
女将ではなく、マー姉のほうを見てわたしは言った。
情けない、というニュアンスをたっぷりとこめながら。
「売ったんじゃないよ! 担保にしてお金を借りたわけで……」
顔を赤くして振り向くマー姉に、わたしはため息をつく。
「質屋じゃあるまいし……」
わたしのつぶやきに、マー姉は今度は別の意味で顔を赤くしたようだった。




