十五、朝の役宅にて
さてさて、次の日。
わたしはいつもより早く起きると、そのままいつもより早く出勤することとなる。
別に誰に頼まれたのでもなく、強制されたわけでもない。
出勤する際にマー姉も一緒に寮を出る。
マー姉は別に嫌とも言わなかった。その代わりに、
「ひょっとして、手伝ってくれるの? 人探しを」
道すがら、マー姉は意外そうな顔でそんなことを言ってきたが。
「一人でやるおつもりだったんですか?」
わたしがそう返すと、マー姉は驚きながら嬉しそうだったけど、
「さすがにそれはないけど。でも、スーは見廻り方の仕事もあるし……」
「大先輩のご親族に関わることですから。それに色々と勉強にもなると思います」
わたしはできるだけ淡々と、でもハッキリと言う。
「そういうものかなあ」
「そういうものです、はい」
不思議そうな顔のマー姉の横で、わたしはすまし顔で言うのだった。
ハッキリ言うと、あのワッパガ氏に対する野次馬的な感情と、相棒たるタロガへの感情ゆえなのだけれども。
やがて、役宅の前に着くと──
「では、姉様。少し待っていてくださいね?」
マー姉を待たせておいて、わたしは役宅の門をくぐる。
「おはようございまーす」
若干眠そうな顔をした門番たちに挨拶をすると、
「あれ? 今日は早いですね」
そう言いつつも、門番たちは後ろで待っているマー姉に注目しているようだった。
わたしが連れ立ってきたということもあるんだろうけど……。
やっぱり華があるというのか、人目を引きやすいのだなあ。
「あそこの人は、わたしの知り合いなので。怪しいモノではないです」
一応釘を刺してから、わたしは役宅内へと入った。
早朝といっても、役宅には大勢の人間がいる。
いざという時に人がいないでは話にならないから、当然なのだが。
「何だ、おい。今日は早いな。少しは気構えができたか?」
廊下を歩いていると、前方からあまり会いたくない顔がやってきた。
ショージのオッサンである。
しかし、ワッパガ氏もそうだが……ここのオッサンはこんなんばっかりか?
長官だって、何だかんだで変なオッサンだし……。
「何だそのツラは。シャキッとせんか。馬鹿もんが」
ショージのオッサンはズカズカと無遠慮に近づいてくる。
頼むからあんまり近寄らないでくれないか、息が臭いのだ。
「大体お前は……」
またもや、例の説教もどきが始まった。
教えを説く──と書いて、説教と言うのだが、こいつのはただの自慢話と愚痴と嫌味と悪口でしかない。聞いたところで何の足しにならない、まさに駄弁である。
よっぽど、
「すみませんが、ちょっと急いでますので」
とでも言って無視したいところだったが、新人の悲しさ。
「はい、いかにも、ごもっとも」
とにかく、頭を下げるしかないのだった。
ま? 頭の上を駄弁が飛んでいくとでも思えばいいか。
できるだけ早く、見廻りのふりして情報集めにいきたいのだけど。
いや、その前に見廻り方で色々と聞いてみたほうが良いかな?
……てなことをわたしが密かに思っていると──
「あー、ところで。昨日ワッパガのところに行ったんだと?」
「ええ。長官のご命令で」
ショージのオッサン、何を思った野下級に話題を変えてきた。
ものすごい不自然な切り替えかたである。
ガキでも何かあるって気づくぞ、こんなざまじゃ。
「そうか……。あいつはどんな様子だった?」
「しょんぼりしてました」
「む」
姉のことを省いて、適当に言ってみる。
しかし、まるっきりデタラメってわけでもないぞ?
多分マー姉がいなかったら、そんな感じだったはずだ。
「……そうか」
「お一人暮らしで、色々とお寂しいんですかね」
「青臭い小娘が、余計なこと言うな」
ショージのオッサンは、迫力のない威圧を向けてくる。
だったら、そんな小娘に聞いてくるんじゃねーよタコ。
心中で中指を立てつつ、わたしはスミマセンと頭を下げた。
が、しかし。わたしはすぐに考え直して、
「ショージさんは、ワッパガさんと親しかったんですか?」
「別にそうでもないが、年も近いしな」
軽く否定のようなことを言ったけど、それはある種の照れ隠しのようだった。
この嫌味なオッサンにも、同期を想う気持ちはあるらしいわ。
なかなかの発見である。
「ワッパガさんをお訪ねした時ですね。すこぅしお嬢さんのお話をお聞きしました」
「あいつは、あの子を可愛がっとったからなあ。嫁さんをなくしてから、それだけを楽しみというか、支えにして酒の飲まずタバコも吸わずやってたのに。気の毒な」
「なるほど、なるほど」
わたしは頭を低くして話を聞いて、心のうちにメモをする。
大体のことを聞き終えると、
「あ、それではお役目もありますので……」
と、適当に切り上げ、いつもの見廻りに出るのと同じ要領で外へ飛び出た。
本当ならばタロガを待つか、先に来たわたしが迎えに行かねばならぬのだが、そこはそれ。ゆっくりと迎えに行けばよろしかろう。
面倒くさいコンビでのお仕事も、こういう利点がある。
「ごめんなさい。お待たせしちゃって」
わたしはマー姉に手を振りながら、急ぎ足で役宅を出る。
「そんなに待ってはないけど……。あ! 何かわかったんだ?」
マー姉は私の顔を見て、ズバリと聞いてきた。
「ええ。本人じゃない、第三者の意見というか、情報ってのが聞けましたよ」
わたしはうなずきながら、ワッパガ氏の辛気臭い顔を思い出すのだった。
どうやら、あそこの親子関係はなかなか面倒くさいものらしい。
いや、この場合は父親のほうが一方的に、と思うのはわたしが女の子だからか?
「ともかく、娘さんの手がかりを探しにまいりましょうか」
「さすが! 有力な情報とか、手に入れたんだ」
素直に賞賛してくれるマー姉に、わたしは何だか後ろめたくなってしまう。
「そういうわけでも、ないのですけどね……。だけど、ワッパガ氏の娘さんは、ドゥーエからそんなに離れたところにはいないと思うんですよねえ」
わたしは言いながら、話で聞いたワッパガ氏のご息女、その顔を想像する。
あまり父親に似ていない、快活な美しい少女の顔を。




