十四、おねえさまがおとまり
ワッパガ氏の家を後にした時、日は傾きかけていた。
「姉様、今晩泊まる宿は?」
わたしは、冷静に平静にと気をつけながらマー姉に言った
「あ。まだ決めてなかったよ。まずいなあ……」
マー姉は、頭に手をやりながらのん気なことを言う。
「だったら、わたしのところへ来ます?」
「え、でも悪いよ」
わたしの提案に、マー姉は驚いた顔でパタパタ手を振っている。
ああー、同性ながら年上ながら、我が姉ながらこういうは可愛いなー。
こんちくしょー。
でもね、ハッキリと言わせていただくと……。
「気を使うんだったら、もっと早くに別にところで使ってほしかったですね」
「す、スー?」
マー姉はわたしの言葉に驚いたようだったけど、
「今さら気を使ってくれなくて、いいです。さ、いきましょうか?」
わたしは姉様の腕をつかんで、急ぎ足で歩き出す。
この街における我が根城へと向かって、まっすぐに。
雑踏の中を、わたしたち姉妹は連れ立って歩く。
夕映えのドゥーエはひどく幻想的で、子供の頃を思い出させる。
川を見れば、水面にオレンジの光が無数に反射していて、痛いくらいだった。
「……怒ってる?」
わたしの隣で、マー姉が言った。
「何がですか?」
マー姉の顔を見ずに、わたしは聞き返す。
「その……家を出てったこととか──」
「今さらですけどね。正直姉様が家出してなかったら、揉め事は少なかったです」
「……う。ごめん」
「でも、わたしもドゥーエに出てきてから、色々学ぶこともあったし。結果的にはそう悪くもなかったかなって今は思っています。正直腹は立ちましたけどね」
「そ、そっか!」
チラリと振り向くと、マー姉は安堵したように微笑する様子が見えた。
どうしてこうも天然にかわいい仕草というか、表情を見せるのかなあ……。
やっぱり、何だかんだでわたしはマー姉には一生勝てない気がする。
△
わたしはまず役宅のほうへ帰って、報告を済ませて帰路につく。
長官はどこかに出かけているらしく、姿は見えなかった。
その後マー姉と寮近くの銭湯で汗を流した後、煮売屋で適当なものを買って帰る。
煮売屋。これも、田舎だった故郷にはなかったお店の一つだが……。
要するにお持ち帰りできる惣菜類を売っているお店である。
売られているものはなかなかバリエーションに富んでおり、おかず類の他にもパンとか酒のおつまみになりそうなものまで、種類豊富である。
店には紙製の容器を用意してあるので、入れ物を用意していかなくても大丈夫。
ただし、ごくわずかなものだけど紙製容器の代金を取られるので、近くに住む人は小鉢類を用意して買いに来るのがフツー。
わたしも、一応部屋にそのための食器を用意はしているが……。
「このお金は私が出すね?」
というマー姉のお言葉に甘えて、紙製容器に入れてもらった。
いちいち寮まで取りに帰るのも面倒臭いしね。
さて。それらを机の上に広げて、夕食と相成るわけで。
「それで、何かあてでもあるんですか?」
夕食の席で、わたしはまずそう尋ねた。
「あてって……ワッパガさんのこと?」
マー姉も、食べる手を止めずに聞き返す。
「そうですよ。娘さんを探すとか何とか……。どこにいるのかわからない赤の他人をですよ、一体どうやって探し出すっちゅーんですか」
「うん……。確かに雲をつかむような話だけど……」
マー姉は、一瞬沈黙してから困った顔になった。
「だったら最初から安請け合いしなきゃいーんですよ! あのオッサン、かなり本気で期待をしているようでしたよ?」
わたしは、別れ際にマー姉に見せたワッパガ氏の顔を思い出し、悪態をついた。
というか、あの時もわたしの顔なんかほとんど無視だったぞ、あいつ。
「ただ、知り合いに魔法に詳しい人がいるから。明日にでも訪ねてみようと思うの。顔も広い人だから、手がかりがつかめるかもしれないし?」
「魔法使いですか?」
わたしはスプーンを置いて、マー姉の顔を見る。
ちなみに、わたしたちが使っているスプーンも紙製なのだ。
たかが紙と馬鹿にするなかれ?
技術の進歩はすぎもので、使い捨てながらなかなか便利なものである。
紙だから使い捨てでも、後で火の焚きつけにも使えちゃうのだ。
「その専門家ってわけじゃないけど。でも、魔法使いの知り合いもいるんだよ」
「……頼りになりますかねえ」
あまり期待はできないんじゃないかなあ、とわたしは悲観的になってしまう。
魔法を操る専門家──魔法使い。
確かにすごい技術を持っているし、普通の人間にはできないことができる。
だけど、言うなればあの人たちも一種の職人みたいなもんだしなあ。
専門分野はすごいかもしれんが、できるできないの区別は明確だ。
「人探しを得意としてる魔法使いもいるんだって。どっちかって言うと、魔法使いじゃなくて占い師って呼ばれることが多いらしいけど」
「それはフツーに占い師と言うべきなんじゃないですかねえ……」
故郷でも、父の知り合いで占い師がいたけど……。
ただ、話を少し聞いたところでは、あの人のは占いというよりは、過去の情報や統計による予測というほうが正しいようだけど。
ムニャムニャ呪文を唱えて、神様にお伺いをたてるものではないらしい。
「まあ、それはそれとしてです。興味本位ですが、姉様はワッパガさんと一体どういう経緯でお知り合いになったなんですか? 目と目が合った途端に恋に落ちたわけですか?」
「あははは。そんなまさか! あの人は道で……」
マー姉は噴き出しながら、何か言いかけたけれど──
「んー……。私が道に迷ってる時に教えてもらって、その時お金がなかったんだけど。親切にごはんをご馳走してくれて……」
急に口調を変えると、とってつけたようなことを言い出す。
「マー姉様、そういうのはいいですから。真実のところをお教え願います?」
沈黙が続く中、わたしが食事を取る音だけが妙に大きく部屋に響く。
「別に、大した話じゃないけど……」
「それでも聞きたいんですよね。いえ、聞かせてください」
しつこく尋ねてみたけど、マー姉は嫌そうな顔でそっぽを向いてしまった。
「ダメですか。だったら、いいです」
やっぱりワッパガ氏にとって不名誉なことらしいな、二人の出会い。
自分の恥だったら、マー姉はあっさりとしゃべっていたはずだから。
しかし、そうなると余計に気になってくるのだなあ……これが。




