十三、ワッパガ氏のお話
「あの、失礼を承知で、お聞きしたいことがあるんですが」
わたしの言葉に、ワッパガ氏はキョトンとした顔をしていた。
「何でしょうかな?」
隣でマー姉も、不思議そうな顔である。
「あなたの養子だった、タロガ……さんのことです」
『タロガ』の名前を聞くなり、ワッパガ氏は棒でも飲み込んだような顔になる。
「突然こんなことをお聞きするご無礼、お許しください。ですけれど……」
「……スーさん、とおっしゃっいましたな。あなたと、タロガはどういう」
ワッパガ氏はうつむき気味になりながら、上目遣いでそう聞き返してくる。
まるで、親に叱られる子供みたいな仕草だった。
わたしよりも、ずっと年上の男性なのに……。
「同僚です、はい。組んで仕事をしています」
「左様ですか……」
答えた後、ワッパガ氏は黙り込んでしまう。
気まずい沈黙だけが、どんどん過ぎていく中で、わたしはいつの間にか出されたお茶を全部飲んでしまっていた。
「……もしや、大よそのことは聞かれているのではありませんか?」
絞り出すような声で、ワッパガ氏は目を伏せてながら言った。
「はい」
「……でしたら、お聞きになられたことが全てです。今さら何か言ったところで……何となりましょうか。ただ、人から笑われるだけのことです」
そうかもしれない。
ワッパガ氏の取った行動は、士族としても人間としても痛いものだった。
娘が家出をしたから養子を取った。
娘が帰ってきたから養子を追い出した。
ん……?
しかし、その娘というのはどこにいるんだ?
娘のために養子を放り出したのだろう。
それに……聞いたことが全て、だって? そんなことはない。
話からすれば、娘の恋人というのがタロガに代わって見廻り方の役についた。
わたしも、勝手にそう解釈していたものだが。
けど、よく考えてみれば……。役宅にそれらしい人はがいただろうか?
どうして、ワッパガ氏はこんなとことで一人暮らしをしているのだ。
娘や、その婿と一緒に暮らすのが普通なはずである。
「娘さんは、どちらに?」
わたしがそう尋ねると、ワッパガ氏は何とも言えないしょぼくれた顔になる。
「……さあ、どこでどうしているのやら……」
「え、そんな──」
つまり、娘さんはまた出て行ってしまったってことか!?
うわ……。それじゃ、タロガは追い出され損か。
いや、別に娘がいたところでどうこうってわけでもないけど。
「あの子が帰ってきた時……わたしは、あの子がここで暮らせるようにするつもりでしたが、ただそれも無駄骨だったようです……」
と、ワッパガ氏、さめざめと泣き出してしまった。
こんな風に思うのは、きっと良くないのだろうな。
しかし、正直なところを言えば、何ともみっともないものである。
タロガもこの人も、今この場にいない『娘さん』に振り回され、ろくでもないことになってしまったわけか。
タロガの場合は、完全なとばっちりだから余計たちが悪い。
「その娘さんはここで……というか、ワッパガさん、お父さんのもとで暮らすとおっしゃっていたんでしょうか?」
「……それは」
ワッパガ氏は、口をモゴモゴさせて黙り込んでしまった。
ああ、何となく話の形がわかってきた気がするな……。
つまり、家出した娘をとにかく手元に置いておきたくって、公私共に暴走してしまったってわけか。娘の恋人を家の跡取りにすりゃ、確かに望みどおりにはなるか?
けど、結果は八方ろくでもないことになっちゃったと。
気がつけば、わたしは大きなため息をついていた。
「スー」
それを咎めるように、マー姉がわたしの肩に触れる。
マー姉、この場合は下手にかばったり擁護するのは悪影響だと思うよ、色々……。
「娘さん、帰ってくるといいですね?」
わたしはおざなりな言葉を口にしながら、席を立った。
ワッパガ氏は何も言わずに、ただうつむいているだけだ。
「あの……何でしたら、探してみませんか? もしかすれば……」
雰囲気にたまりかねた、という感じのマー姉がそんなことを言い出す。
あのね、マー姉……?
そんなことを、軽々しく言わないでほしいのですけどねえ!?
「まことでございますか!」
いきなり、ワッパガ氏が顔を上げた。
その顔は興奮と希望で、キラキラと輝いているようだが……正直キモい。
「姉様……」
わたしは軽く肩をぶつけて制しようとするが、
「その娘さんのことを、詳しく聞かせてくれませんか?」
優しく微笑むマー姉の顔が、この時ばかりは鬼みたいに見える。
わたしとしては、ここのしょうもない家族問題に関わりたくないのだ。
「ありがとうございます……! まことに、あなたには助けられてばかりで……」
と、ワッパガ氏が目じりに涙をためて言うのだった。
その姿を見て、その声を聞いて、わたしは確信する。
やっぱり、借りがあるのは姉様じゃなくって、このおっちゃんのほうだ。
「じゃあ、聞かせていただけますか?」
わたしの恨みがましい視線を無視しているのか、気づいてないのか、マー姉は太陽みたいな優しい笑顔でワッパガ氏に促すのだった。
「はい、はい……」
ワッパガ氏は涙をぬぐいながら、訥々と語り始める。
ハッキリ言って、ワッパガ氏の話はわかりやすいものではなかった。
半分以上は娘の自慢、それも本人はきっと無自覚であろうというもの。
大げさな話し方ではなかったけれど、娘さんに対する愛情? は強く感じられた。
それも、ちょっと不気味なくらいの……。
わたしはやってられない気分だったが、マー姉は真剣な顔でうなずいたり、相槌を打ったりまことに真摯なものである。
優しくて誠実、なのはいいんだけどさ?
だったら、縁談放り出して逃げ出さないでほしいものである。
マー姉が結婚してくれてたら、わたしも余計なことせずにすんだのに。
てなことを考えつつ、わたしはワッパガ氏の話を流し聞きする。
そんなこんなでわかったことは──娘さんとやらは、氏に似ずになかなかの美人であるとのこと。で、とっても素直良い子であったそうな。
…………。あんまり参考にならん話である。
が、見廻り方のお仕事で癖になっているのだろうか?
わたしは、いつの間にかワッパガ氏の話をメモしていた。
はあ、やれやれ。やだな、やだなあ……。




