十二、さいかいしました
「あ」
と、異口同音に三人が同時に言った。
わたしと、ワッパガ氏と。そしてもう一人は、
「……スー?」
気配に振り返った私の瞳に映ったものは、まるで少女のような美少年……ではなく、まるで少年のような美少女だった。
厚手のマントを羽織って、いかにも旅人という姿だけれど……。
短く刈った黒髪と、紅玉みたいな赤い瞳。それから、澄んだ聞き取りやすい声。
「ま、マー姉様!?」
その人物こそ、我がお姉様ことマテラ・イラムに間違いなかった。
というか、マー姉の顔をわたしが見間違えるはずもない。
大体、わたしの顔を見てスーって言ったし。
「な、何で?」
「それはこっちの台詞ですよ」
驚いているマー姉に、わたしは何気ない振りをして接近した。
まともにやったらマー姉にわたしが勝てる見込みは、ゼロ。
だから、どうにか隙をついて、こう……。
わたしは、一気にマー姉の腰に飛びついて、両手でホールドする。
「あ、こら。何するの!」
「こうしないと、逃げるでしょ!?」
「に、逃げるなんて」
マー姉は動揺しまくりだったけど、ちょっと油断すると吹っ飛ばされそうだ。
まったく、女の子なのにえらい馬鹿力である。
……ああ、そうだ。この馬鹿力でよく剣術の稽古で吹っ飛ばされたのだ。
クー姉はスパルタながら、ちゃんと手加減はしてくれたけど……。
マー姉は考えなしに剣を振るもんだから、わたしは何度気絶させられたかわからない。
そのうち、マー姉がわたしと稽古するの禁止になったっけ。
「実家からは逃げたじゃないですか。縁談は嫌だ、結婚は嫌だって」
しがみつきながらわたしが言うと、一瞬マー姉の動きが緩む。
よし、これだ。
「おかげでわたしが、変なのと縁談させられて、結婚に……」
「えっ!?」
わたしのテキトーな言葉に、マー姉はさらに動揺したようだ。
これを逃がしてはならぬ。わたしはすばやく、マー姉の両手に縄をかけた。
役宅でに練習させられた捕縛術。
わたしのは初歩の初歩で、姉妹同士で油断してたマー姉には見事かかった。
ははは。これが先輩方ならよほどの名人上手でなければ、こうはいくまいな。
「す、スー!」
気づいた姉はあわてて叫ぶが、こうなったら簡単には逃げ切れまい。
何しろ、見廻り方の捕縛用である
刃物で切ろうったって切れる代物ではないし、縄抜けにも対応している。
もがけばもがくほどに、体を拘束していくばかりだ。
「マー姉様、色々とお話を聞かせてくださいね?」
ニッコリと微笑むわたしを、マー姉はうらめしげに見上げてきたが、
「……わかったよ。私も悪いんだしね」
降参した、という表情でため息をついた。
「というか、姉様が全面的に悪いんですよ」
わたしは軽く笑って、マー姉を立たせてあげる。
「…………。あの、あなたがたは一体」
「え。あ」
声をかけられて、わたしはワッパガ氏のほうを振り返った。
……。こりゃしまった。
半ば衝動的に姉を捕まえてしまったが、考えればわたしはお仕事の途中なわけで。
まずったなあ。
長官から預かってきたお金は、ちゃんと懐にある。
ともかく、ここは仕切り直して、
「あなたはそのマテラさんと、一体どういう……?」
ワッパガ氏の不審そうな視線は、むしろわたしを対象にしているようだ。
「姉です」
「妹です」
さすが血のつながった姉妹同士というのか、わたしとマー姉はほぼ同時に言った。
「姉妹、というわけですか。しかし何やら込み入った事情がおありのようで」
と、ワッパガ氏はわたしではなく、マー姉を見て言ったものだ。
「……知り合い?」
「うん。少しね、ははは……」
尋ねると、マー姉は少し照れたような、困ったような顔で笑う。
そんなマー姉とわたしを、ワッパガ氏は複雑な顔で見比べていた。
△
数分後。
ワッパガ氏宅の小さな客間で、わたしたち姉妹とワッパガ氏は向かい合っていた。
テーブルの前には、ワッパガ氏が手ずからいれてくれたお茶が湯気をたてている。
「……なるほど。そのようなわけでしたか」
わたしたちが大まかな事情を説明すると、ワッパガ氏はうなずきながら、
「確かに、マテラさんらしいというのか……」
何やら妙に若々しい顔で苦笑するのだった。
「それで? 姉様は、どうしてこちらの……」
と、わたしが質問すると、
「ちょっと私がお金に困ってる時、助けてもらってね。はは……」
マー姉は小さく苦笑しながら、明後日のほうを向いてしまった。
嘘だな。
わたしはワッパガ氏のほうをチラッと見てから、そう確信する。
マー姉にも何らかの借りがあるらしいのは間違いではない、かもしれない。
でも、『助けてもらった』のはきっと、ワッパガ氏のほうだのだろう。
首を明後日のほうに向くのは、マー姉が嘘をつくときによくやる癖だ。
それも、誰かをかばったりする時に顕著に出る。
何故なら。
小さい頃にわたしがイタズラしたり、何かの失敗をした時、マー姉はよくわたしをかばって嘘をつくことがあった。
つまみ食いをした時や、勉強をさぼった時。父の大事な壷を割った時。
わたし以外にも、使用人などの失敗をかばう時も、そうだった。
まあ、マー姉の嘘は父やクー姉には最初からばれていたようだったけど。
わたしが懐かしい気分に浸っていると、ワッパガ氏は何か真剣な顔をしていた。
「そうだ、いけない。ワッパガさん、長官からお預かりしてきたものがあるんです」
ここにきた用件を思い出したわたしは、お金の入った革袋を取り出して、テーブルの上へとできるだけ慎重に置く。
「退職手当、ですか」
「はい」
ため息みたいな声を漏らしたワッパガ氏に、わたしはうなずく。
そんな顔を見るうちに、わたしはある衝動をおぼえはじめていた。




