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色なし三角スー・イラム  作者: 甫人 一車
青麗のタロガ
14/40

十二、さいかいしました


「あ」


 と、異口同音に三人が同時に言った。

 わたしと、ワッパガ氏と。そしてもう一人は、


「……スー?」


 気配に振り返った私の瞳に映ったものは、まるで少女のような美少年……ではなく、まるで少年のような美少女だった。

 厚手のマントを羽織って、いかにも旅人という姿だけれど……。

 短く刈った黒髪と、紅玉みたいな赤い瞳。それから、澄んだ聞き取りやすい声。


「ま、マー姉様!?」


 その人物こそ、我がお姉様ことマテラ・イラムに間違いなかった。

 というか、マー姉の顔をわたしが見間違えるはずもない。

 大体、わたしの顔を見てスーって言ったし。


「な、何で?」


「それはこっちの台詞ですよ」


 驚いているマー姉に、わたしは何気ない振りをして接近した。

 まともにやったらマー姉にわたしが勝てる見込みは、ゼロ。

 だから、どうにか隙をついて、こう……。

 わたしは、一気にマー姉の腰に飛びついて、両手でホールドする。


「あ、こら。何するの!」


「こうしないと、逃げるでしょ!?」


「に、逃げるなんて」


 マー姉は動揺しまくりだったけど、ちょっと油断すると吹っ飛ばされそうだ。

 まったく、女の子なのにえらい馬鹿力である。

 ……ああ、そうだ。この馬鹿力でよく剣術の稽古で吹っ飛ばされたのだ。

 クー姉はスパルタながら、ちゃんと手加減はしてくれたけど……。

 マー姉は考えなしに剣を振るもんだから、わたしは何度気絶させられたかわからない。

 そのうち、マー姉がわたしと稽古するの禁止になったっけ。


「実家からは逃げたじゃないですか。縁談は嫌だ、結婚は嫌だって」


 しがみつきながらわたしが言うと、一瞬マー姉の動きが緩む。

 よし、これだ。


「おかげでわたしが、変なのと縁談させられて、結婚に……」


「えっ!?」


 わたしのテキトーな言葉に、マー姉はさらに動揺したようだ。

 これを逃がしてはならぬ。わたしはすばやく、マー姉の両手に縄をかけた。

 役宅でに練習させられた捕縛術。

 わたしのは初歩の初歩で、姉妹同士で油断してたマー姉には見事かかった。

 ははは。これが先輩方ならよほどの名人上手でなければ、こうはいくまいな。


「す、スー!」


 気づいた姉はあわてて叫ぶが、こうなったら簡単には逃げ切れまい。

 何しろ、見廻り方の捕縛用である

 刃物で切ろうったって切れる代物ではないし、縄抜けにも対応している。

 もがけばもがくほどに、体を拘束していくばかりだ。


「マー姉様、色々とお話を聞かせてくださいね?」


 ニッコリと微笑むわたしを、マー姉はうらめしげに見上げてきたが、


「……わかったよ。私も悪いんだしね」


 降参した、という表情でため息をついた。


「というか、姉様が全面的に悪いんですよ」


 わたしは軽く笑って、マー姉を立たせてあげる。


「…………。あの、あなたがたは一体」


「え。あ」


 声をかけられて、わたしはワッパガ氏のほうを振り返った。

 ……。こりゃしまった。

 半ば衝動的に姉を捕まえてしまったが、考えればわたしはお仕事の途中なわけで。

 まずったなあ。

 長官から預かってきたお金は、ちゃんと懐にある。

 ともかく、ここは仕切り直して、


「あなたはそのマテラさんと、一体どういう……?」


 ワッパガ氏の不審そうな視線は、むしろわたしを対象にしているようだ。


「姉です」


「妹です」


 さすが血のつながった姉妹同士というのか、わたしとマー姉はほぼ同時に言った。


「姉妹、というわけですか。しかし何やら込み入った事情がおありのようで」


 と、ワッパガ氏はわたしではなく、マー姉を見て言ったものだ。


「……知り合い?」


「うん。少しね、ははは……」


 尋ねると、マー姉は少し照れたような、困ったような顔で笑う。

 そんなマー姉とわたしを、ワッパガ氏は複雑な顔で見比べていた。



       △



 数分後。

 ワッパガ氏宅の小さな客間で、わたしたち姉妹とワッパガ氏は向かい合っていた。

 テーブルの前には、ワッパガ氏が手ずからいれてくれたお茶が湯気をたてている。


「……なるほど。そのようなわけでしたか」


 わたしたちが大まかな事情を説明すると、ワッパガ氏はうなずきながら、


「確かに、マテラさんらしいというのか……」


 何やら妙に若々しい顔で苦笑するのだった。


「それで? 姉様は、どうしてこちらの……」


 と、わたしが質問すると、


「ちょっと私がお金に困ってる時、助けてもらってね。はは……」


 マー姉は小さく苦笑しながら、明後日のほうを向いてしまった。


 嘘だな。

 わたしはワッパガ氏のほうをチラッと見てから、そう確信する。

 マー姉にも何らかの借りがあるらしいのは間違いではない、かもしれない。

 でも、『助けてもらった』のはきっと、ワッパガ氏のほうだのだろう。

 首を明後日のほうに向くのは、マー姉が嘘をつくときによくやる癖だ。

 それも、誰かをかばったりする時に顕著に出る。


 何故なら。

 小さい頃にわたしがイタズラしたり、何かの失敗をした時、マー姉はよくわたしをかばって嘘をつくことがあった。

 つまみ食いをした時や、勉強をさぼった時。父の大事な壷を割った時。

 わたし以外にも、使用人などの失敗をかばう時も、そうだった。

 まあ、マー姉の嘘は父やクー姉には最初からばれていたようだったけど。


 わたしが懐かしい気分に浸っていると、ワッパガ氏は何か真剣な顔をしていた。


「そうだ、いけない。ワッパガさん、長官からお預かりしてきたものがあるんです」


 ここにきた用件を思い出したわたしは、お金の入った革袋を取り出して、テーブルの上へとできるだけ慎重に置く。


「退職手当、ですか」


「はい」


 ため息みたいな声を漏らしたワッパガ氏に、わたしはうなずく。

 そんな顔を見るうちに、わたしはある衝動をおぼえはじめていた。




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