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色なし三角スー・イラム  作者: 甫人 一車
青麗のタロガ
13/40

十一、ワッパガ・セイル



 休暇の余韻。ご馳走の余韻。クー姉の余韻。

 そんなものを引きずりながら、この朝もわたしは役宅へと出勤する。

 ついた早々、やれ掃除をしろ、種類整理だと奔走を強いられるわけで。

 しかも、人の顔もろくに見ないで命令するんだもんなあ……。

 言うこともアレとかコレとか大雑把なことが多いし。

 そのくせ少しでもミスがあったら、キーキー怒るんだからやってられん。

 ま、そいつも個人差があるわけで。

 わかりやすく言ってくれる人ほど、あんまりギャンギャン怒らない。

 いや、というかわかりやすく明確な指示をくれるので、何度も聞き返したり、大きな失敗をすることもないわけなのだが。


「まったく……! いつまでたったら仕事をおぼえるんだ? いっそ故郷(くに)に帰って、嫁にでも行くか? そのほうが良いだろう」


 現在嫌味たらしく言ってくるのは、何とかという名前のオッサンである。

 前もしつこくねちっこく小言や説教、俺自慢をしてくると思ったが……。

 どうも、日に日にエスカレートしてくるようである。

 ただまあ、このオッサン。同僚にはどっちかというと軽侮されているらしい。

 こうしてわたしに説教たれているのも、みんなが忙しそうにしてるからだ。

 要するにこのオッサン、大した仕事をしていないようなのである。

 暇だからこーして、新人いびりに精を出しているわけか。

 アホと違うか。そんなだから馬鹿にされるし、出世だって遅れるのだ。

 わたしはオッサンの寝言みたいな説教を聞き流しながら、内心で舌を出す。

 どうせ大したことは言ってないので、適当に相手するだけ。

 そういや、このオッサン……年はけっこう言ってそうだが、退職も近いのかな?

 だったら個人的に嬉しいが。

 てなことをわたしがボンヤリ考えていると──


「おい、書類用に紙がたらんぞ。補充してこい」


 横から、別の先輩がそう言ってきた。


「ああ、はい」


 思わず反応してしまうわたしに、


「おい、こら。お前、人の話を聞いてるのか?」


 オッサンめ、わたしの可愛い頭を無遠慮にはたいてきやがる。

 これが勤め先の先輩じゃなかったら、ぶん殴ってドブにでも放り込んでやるのに。

 ……いかん。何かタロガの影響かな? 思考が物騒な感じになっているぞ、わたし。

 私が密かに反省をしていると、声をかけてきた先輩が笑った。


「ショージさん、新人もやることが多いんですよ? あんたの愚痴を聞いてる時間があったらその分やらせる仕事は山ほどあるんだ。愚痴だったら飲み屋の亭主にでも聞かせたら?」


 明らかに嘲笑。

 そうか。このオッサンはショージというのか。初めて聞いた気がするな。

 が、オッサンはものも言わずに立ち上がると、何故かわたしを睨んで行ってしまった。

 いや、わたしが何も言ってねーだろうが、おい。

 そこへ、ショージのオッサンと入れ替わるように、長官がやってくる。


「スー、またひとつ頼まれてくれるか?」


 こうなると、優先順位は決まっている。

 紙を補充しろと言った先輩は肩をすくめて、行ってしまう。


「はい、なんでしょうか?」


 わたしは少し遅れて返事をしながら、長官のもとへ。


「今回はちと重要ごとだぞ? こいつを区内に外れにある家に届けてくれい」


 渡されたのは、見回り方の赤い三角紋章が入った革袋である。

 受け取ると、ズシリと重い感触が腕へと伝わってくるではないか。

 たぶん……これはお金。それも結構な大金っぽいぞ?


「わかりました。でも、これを届ける相手ってどういうかたでしょう」


「ふむ」


 何故だか、長官が顎をなでながら考えこんでいる様子。


「いや、話すべきことだわな。届け先はなワッパガ・セイルという親爺(おやじ)よ」


「セイルですか?」


 その名字は……タロガと同じ。ってことは、まさか?


「タロガの元養父だよ。今はお役を退き隠居暮らしというところか。届ける金は退職手当だ」


「……そうですか」


 わたしは、うまい言葉が出てこなかった。

 長官の言動が微妙なのは、ワッパガ氏の立場が微妙だからだろう。

 微妙どころか、見方によっては最悪と言ってもいい。

 タロガも相当アレな立場だったろうけど、この人もろくなことにはなってなさそう。

 長官の態度からも、それが(うかが)い知れてしまう。嫌でも。

 違うのは、この人は自業自得だというこかな。

 ……そういえば、とわたしはタロガを視線だけで探していた。


「タロガなら、今日は休みだぞ。お前と入れ替わりだな」


 わたしの心を読んだみたいに、長官はそう言ったのだった。



       △



 ワッパガ氏の家は、東区の中でも殊更辺鄙なところにあった。


 広い大都会であるドゥーエは、市内にも小山や森はいくらでもあるけど──

 地図を頼りに向かった先にあるのは、同じ都会の町とは思えない森のそば。

 夜どころか、昼間にでも狐やアナグマが出そうなところである。

 本当に、ほったて小屋に毛が生えたような小ぢんまりとした家なのだった。

 長官にもらった地図には、ご丁寧に家の絵まで描いてあるので間違いなし。

 簡略化したものだけど、うまく特徴を描いてあるので、すごいわかりやすい。

 とっとと用事を済ませてしまおう……と、家に近づいていく途中で、わたしは家屋のそばにある人影が見つけてしまった。

 はてね? ワッパガ氏だろうか? それとも、雇われてる女中さんか何か?

 わたしが近づいていくと、人影はフッと物陰に入ってしまった。


 ……まさか、泥棒でもあるまいな。


 不審を感じつつ、わたしはいつの間にか腰の剣を確認していた。

 これは、見廻り方以前に子供の頃から父やクー姉に受けた訓練のせいである。

 ただ今帯剣しているのは、普通の剣……本物の剣ではないけれど。

 通称を鉢割(はちわり)という、一種の模造剣みたいなものだが、鉄製であり下手に刃のついた剣よりも頑丈で扱いやすかったりする。

 これがいわゆる見廻り方の標準装備。何かあった時にはこれで戦ったりするわけだ。

 殺傷力が低めだから、敵を殺すのではなく捕縛することを目的にした見廻り方には最適とも言える武装かもしれないな。

 偽物の剣で情けないようだけど、手入れも楽だし経済的だから、お金のない士族はけっこうこれを持っている人が多いらしい。


「ごめんくださーい」


 警戒しつつ、わたしは玄関先から声をかけてみたが、返事はない。

 その代わりに、奥で人が動く気配が伝わってきた。

 やがて、白髪まじりの青い髪をした初老の男性がゆっくりと出てくる。

 この人がワッパガ氏か。ハッキリ言ってタロガとはぜんぜん似てないな。

 ただ、若干小柄なところだけは同じだった。


「こんにちは。わたくし、東の見廻り方から参りました者です」


 そう私が挨拶すると、男性は納得したようにうなずく。


 と、わたしは後ろのほうで誰かが動いたような気がした。




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