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色なし三角スー・イラム  作者: 甫人 一車
青麗のタロガ
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〇九、急所発見



 それにしても……この浮き舟屋というのは不思議な場所だ。

 歩きながらわたしは何度も屋内を見回す。

 最初は緊張して気がつかなかったけど、全体的にすごく清潔である。

 窓も廊下も掃き清められ、とっても気持ちが良い。

 嫌な匂いもまったくなし。

 特に不思議なのは、窓から見える中庭。

 実家の屋敷とは全然つくりが違う……のは都会と田舎だし当然として──

 中庭は小さな池があり、きれいな魚が泳いでいる。

 花や樹木があちこちに見えるだけではなく、何故か大きな石が置かれていた。

 一体何の意味があるのわからないが、この庭にはひどくマッチしている。

 何というのだろう。どこか遠い山野の一部分を、そのまま持ってきたような。

 見ていると、何だか気持ち落ちついてくる。


 と、行き止まりに、いや裏手に続くと思われるドアが見えた。

 わたしはちょっとドキドキしながら、そっとドアを開けていく。

 少し日陰になったそこは、積み上げられた薪や物置小屋らしきものがあった。

 そして、物置の前には見知った青い髪の少年が一人立っている。

 わたしは声をかけようとして、やめた。 


 タロガは、小さなタオルを手に上半身をさらしていたからだ。

 着替えの途中か、汗でもふいているのか。

 タオルを持っているところからして、多分後者なのだろう。

 当り前だが、その胸にはわたしと同じふくらみはない。

 代わりに、うっすらと斜め一文字の薄い傷が見えた。

 わたしには、わかる。

 ごく浅いものだが、あれは刃物……剣によってつけられた傷だ。

 父の腕に同じようなものがいくつもあったので、よくおぼえている。

 あまり話したがらないが、父は若い頃に何度も実戦で戦ってきたベテランだ。

 きっと腕だけはなく全身に大小の、もっと深い傷がいくつのあったのだろう。

 でも、タロガの肉体にある刀痕は一つだけ。

 細く引き締まった少年らしいけれど、絞り込むように鍛えられた筋肉。

 おそらく鍛錬を欠かしたことないのだろう。

 なのに、その肌は男のクセに驚くほどきれいで白い。 

 それも不健康な白さではなく、あくまでも健康でつややかな白なのだ。

 一体どうなっているのだか。

 わたしは見惚れるというよりは、どこか呆れた気分でタロガの体を見る。


「──誰だ?」


 タロガは、わたしに気づいたらしく小さく鋭い声を発した。


「ああ、ごめんなさい……。お取り込み中でしたかねい?」


 わたしは少々テンパってしまったせいか、変な言葉づかいになる。


「お前、何でここにいる」


 わたしを見るタロガの碧眼はおもっくそ疑惑に満ちている。

 どころか、ごく小さなものだが敵意さえあるようだった。

 まずい。これはいけません。


「いや、長官の命令でね。ここに手紙を持ってきたんだけど」


「ああ……」


 そう言うと、タロガは納得したようにいくらか敵意を引っ込めた。


「それでここのご主人に、君がここにいるって言われて」


「……そうか」


 タロガは何だか、毒気を抜かれたような顔でうなずくと横後ろへ手を伸ばす。

 そこに、彼の服が置かれていたのだ。

 タロガはすぐさま衣服を着込むと、ジロッと鋭い目でわたしを見た。


「長官に俺を連れて帰れと言われてるのか?」


「うん。そのとおり」


 言う手間が省けた。ラッキー。

 わたしがうなずいてみせると、タロガはガシガシと頭をかく。

 こんな仕草でも妙に絵になるのだから、美形ってのは得である。

 いや、得かな?

 こうやって見ている分には良きものだが、こいつ自身はそれを見れない。

 まさか、始終鏡を見ているわけにもいかないしな。


 古い昔話に自分の姿に見惚れ続けて、しまいには花になってしまった変態のお話があるけどこいつにはそんなヘキはなさそうだし。

 やがて、タロガは音もなく息を吐いてから、テクテクと歩き出す。


「そういえば、君とここの……ルザさんだっけ? どういう関係?」


 タロガの横を歩きながらわたしが尋ねると──


「お前には関係ない」


 ある意味予想通りのお返事である。


「ああ、そうですかい。その通りでごぜーますねい」


 ケッとわたしが舌打ちをした時だった。


「そりゃー、養子先から追ン出された時拾ってもらったんだよゥ」


 横から能天気そうな声がしたのは、その時だった。

 訛りを隠さないしゃべり方である。

 明るいというのか、あまりものを考えていなさそうな声。

 わたしが横を向くと、カエルみたいな顔のメイドが近くに立っていた。


「あなたは、さっきの」


「よぉ、お客人。あンた、見廻り方のお人だったかね? いやー若ぇおなごだしよう? おら全然わかんなかった。あははは」


 と、メイドはわたしを見ながら笑うのだった。


「ラオカ! てめえ……」


 タロガは目をむいて、怒りを露わにするが──


「あんだねえ、本当のことでーねかい。あんた、見廻り方に戻るまでうちの女将さんに世話になってからよう、身を持ち崩さずにすんだんだろが」


 ラオカ──カエルみたいなメイドは、ふふんと鼻で笑うだけだ。


「…………それは」


 途端に、青菜に塩というのかタロガはシュンとしてしまう。

 これはまた思わぬ弱みというか、過去を知ってしまったもんである。

 確かにこいつの性格なら……。

 追い出された後、すぐその足で血生臭い世界に入っていてもおかしくない。

 というか衝動的に喧嘩、あるいは殺人をやらかしてたかも。

 しかし、小さくなっている姿はなかなか可愛いもんである。

 いや、元々顔だけは人一倍可愛いのだけれど。

 うーん……。これならやっぱりお婿さんに……。

 いや、ダメだ。ない、やっぱりないな。

 あそこは、嫁よりも婿のほうがきれいで可愛いとか言われたらシャレにならぬ。

 というか、事実だしな。ちくしょうめ。

 姉たちのおかげで、美人と比較されることには慣れきっているが、さすがに男と比較されるのは勘弁願いたいもんである。


「……何だよ」


 わたしの視線に、タロガは不服そうな顔で睨んでくるが迫力はない。


「別に」


 わたしは素知らぬ顔で横を向く。


 気がつけば、いつの間にか日は西へと傾きかけていた。




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