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色なし三角スー・イラム  作者: 甫人 一車
青麗のタロガ
10/40

〇八、浮き舟屋




「それで、ご用というのは?」


 暗くなり始めた雰囲気を払うように、わたしは尋ねた。


「おお。そうだった、そうだった」


 長官も気を取り直したように微苦笑を浮かべると、


「これをな、この地図の場所へ届けてもらいたい」


 と、一通の手紙と手描きの地図を手渡してきた。

 長官の特技なのか、描かれた地図は非常にわかりやすい。

 目的地には、わかりやすく赤インキで『浮き舟屋』と書かれていた。


「その店の主人、ミス・タイガまでな。ちゃんと返事をもらってこいよ?」


 長官は補足するように届ける相手の名前を言うのだった。


「ついでに、タロガを見つけたら引っ張って帰って来い。無理にでもな」


「……そんなことできますかね?」


 浅い付き合いながら、青い美少年の凶暴性を度々目にした私は言いよどむ。

 さっきは相手の虚をつき、勢いでやってしまったけれども……。

 同じことをやれる自信は正直ないし、またやりたくもないのだ。


「俺が命令だと言え。そうすれば問題なかろう」


 気の進まないわたしに、長官は気楽な声で言ってくださる。



       △



 かくして。役宅を出たわたしは地図を頼りに一人でドゥーエの街を歩く。

 不慣れな道ではあるが、地図はあるし、同じ東区内のようだ。

 大きな河川を行きかう舟や風景を横目に見つつ歩くうち、思ったより早く到着。

 『浮き舟屋』という看板の下で、田舎臭いメイドが掃き掃除をしていた。

 店構えからして、比較的新しい店のようである。

 わたしの故郷では、商店にしろ宿屋にしろ無駄に年季の入ったものばかり。

 老舗といえば聞こえがいいが、要は老朽化が進んでガタの来た店なのだ。


「ちょっとすみませんが」


「あンだね?」


 声をかけると、メイドは方言丸出しで返事をする。

 首筋の辺りで切りそろえられた髪の毛は、白っぽい緑。

 深緑色のやたらでっかい目玉をした、カエルを擬人化したような顔つき。

 でも醜悪という感じではなく、人懐こっそうな愛嬌ある顔だった。


「こちらのご主人へ、手紙を預かってきたんですけど」


「そうかね。ちょっとお待ちくだせえまし」


 カエルメイドはわたしの見せた手紙を受け取ると、跳ねるように店の中へ。

 そうかと思うと、すぐにまた戻ってきて──


「いやあ、失礼したねえ。お客さん、どうぞ」


 わたしは促されるままに、浮き舟屋の中に案内された。

 店内はパッと見で、品の良い宿泊施設みたいな造りである。

 カウンターの右横には、小さなロビーみたいなところがあって、小型の丸テーブルが二、三並べられていた。


「お客様、こうおいでなせぇ」


 メイドはわたしを先導しながら、変な物言いをする。

 お芝居か何かの真似だろうか?

 奥内はどこも清潔に保たれ、薄っすらと花の良い香りが漂っている。

 高級そうな雰囲気だけど、同時に心をリラックスさせるような造りだった。


「こちらへお待ちくだせえまし」


 メイドはわたしを客室らしいところへ案内して、パタパタと走っていく。

 それと入れ替わるようにして、別のメイドがお茶を運んできた。

 さっきのメイドとは対照的に、少し背の高い紫の髪をした物静かな美少女である。

 華のあるデザインのメイド服が良く似合っていた。

 同じ服でも、着る者によってこうも印象が違うのか。

 別にカエルメイドが悪いというわけでもないが、上品な色香というのがある。


「……どうぞ」


 きれいな声で奥ゆかしげに言いながら、メイドはソーサーに乗ったカップを置く。

 湯気と共に、上品で微かに甘い香りがわたしの鼻をつつくのだった。

 たかが手紙のお使いだけで、こうも良い扱いを受けるものだろうか?

 それとも、見廻り方という職業が一目置かれるものなのかしらン。

 色々と考えながら、わたしは出されたお茶とお菓子に舌鼓を打つのだった。

 どっちも、メチャ美味い。


 それからどれくらいたったのだろうか。

 少なくとも、わたしの感覚ではそれほど長くない時間。


「お待たせしました」


 涼やかな声と共に、その女性は現れた。

 長い青の髪にはくせ一つなく、赤い唇には柔らかな微笑が浮かんでいて……。

 とにかくもう、振るいつきたくなる美女なのである。

 深く濃い青(インク・ブルー)のドレスを着て、その仕草が何とも言えず素敵。

 色っぽいのだけど、同時にすごく上品でかっこよい。

 うちの姉様たちとはまるでタイプの違う貴婦人だ。


「あ、あなたは……」


「これは失礼。私は、ルザ・ワカ・タイガ。この店の主です」


 少し首を傾けて、貴婦人はまた微笑む。

 ああ、やはりお美しい……。

 そして。やっぱり姉たちとは違う。そりゃもう色々と違う。


 クー姉はきれいだけどあまりにも殺伐として、同じ美しさでも刃物みたいだ。

 マー姉はこの人に比べると、まだまだ子供っぽく野暮ったい。

 かく言うわたしなどはもはや比較にもならず、ほとんど別次元の存在と言えた。


「こちらがお返事のお手紙です」


 ボーッとしているわたしに、貴婦人は蝋で封をした手紙を差し出してくる。


「あ、はい、はい。確か、確かに……!」


 あわてて手紙を受け取りながら、わたしは無駄にペコペコしてしまう。

 しかし一応公僕にある人間として、これでいいのだろうか?

 すぐに、まあこんな人相手なら、しゃあないよねと思ったけど。


「ああ、そうそう。イラムさん?」


「え? 何でわたしの……」


「ふふっ。手紙に、あなたとタロガさんのことが少し書かれていたから」


 貴婦人は、今までとは違うイタズラっぽい瞳で微笑む。


「さ、さようですか」


 これはまた意外な展開だ。

 あの見た目ばっかで粗暴でおガキ様と、この美女はどうにも結びつかなかった。

 似ているのはせいぜい髪の色だけど、多人種都市であるこのドゥーエでは、大抵の身体的な特徴は珍しいものではない。


「それじゃあ、彼は裏の井戸にいると思うから。迎えにいってあげてね? この部屋を出て、まっすぐ右に行くけば出られますから」


 美女はそう言い残すと、音もなく微風のように行ってしまった。


「え、彼ってタロガ? え。あいつがいるって…………」


 わたしが声をかけた時には、もうどこにも見えず。

 仕方なくわたしは、言われたとおりにタロガを探しにいくしかなかった。

 タロガのやつめ、一体あの貴婦人とどういう関係なのやら──




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