謀られた出逢い(ⅲ)
もう会わないだろうなと思っていたアルフの前に、ユーリエが再び現れたのは次の休みの日。
空色のワンピースを纏った彼女は、ひとりで彼の実家を訪れた。
突然訪ねて来た明らかに身分の高い彼女の姿に、彼の家族は戸惑う。とりあえず今に通された彼女は、当然の如くアルフの横に収まり、淡く微笑んで名乗った。
「吸血鬼のユーリエと申しますわぁ。先日はアルフ様にお世話になり、お礼がしたくて参りましたの」
状況がよくわからずに固まっていたアルフの母は、お茶を淹れるついでに、無言で息子を廊下に連れ出す。
「誰、あの子」
「吸血鬼だから何処かの令嬢だとは思う」
「なんで吸血鬼のお姫様とあんたが知り合いなのよ!?」
「そこがよくわからないんだよ」
「――――あのぅ」
不意に会話に割り込んできた声に、ふたりは動きを止める。ユーリエは儚げに微笑んだ。
「つまらぬものですがぁ」
そう言って彼女は、母には茶菓子を、アルフには不格好な鳥肉のパイを差し出す。
「わたくし、生まれて初めてお料理を致しましたわぁ」
「料理するようには見えないもんな」
「そうですわねぇ。このようなことがなければ、わたくしも一生お料理をしないつもりでいましたわぁ」
次はもっと上手なものを持って参りますわねぇ。
また来るのか。アルフはせめて来るときは事前に連絡するように、念を押した。
それからというものの、彼女は定期的に現れては彼の母に料理を習ったり、父や祖父と昔のルノーシェについての話に花を咲かせたりと、次第に彼の家族に馴染んでいった。その様は、実の息子よりも馴染んでいると言っても過言ではない程だった。
そして2月経つ頃には、パイの味も見た目もそれなりのものになっていた。
「アルフ! 明日はお家にお伺いしても構いませんかぁ?」
訓練場の入り口から響く高い声に、アルフが了承を返すと、彼女は赤みを帯びた淡い黄色のワンピースの裾を翻し、嬉しそうに軽い足取りで去っていく。明日も鶏肉のパイを持って現れるのだろう。
最近は上手になってきたパイを思い浮かべるアルフに、同僚はにやにやと笑みを浮かべて絡んで来る。
「いいなあ、ユーリエ嬢と仲が善くて。美人だし、よく気が付くし。料理も頑張ろうとしてて可愛らしいし」
「そうか? 怒ると氷漬けにしようとしてくるぞ?」
「か、可愛らしいじゃないか……」
それよりもと、同僚は声を潜めた。反射的に、アルフはぴんっと耳を立てる。
「俺さ、前々からユーリエ嬢のこと、何処か見たことあると思ってたんだよ。」
「うん?」
「で、この間警備の関係で後宮の近く通りかかった時に、あって思ったんだ――――白百合姫様に似てるんだって」
「…………は?」
ユーリエが――――白百合姫に?
清楚可憐でたおやかな側室の姿とユーリエの姿を脳裏で比べてみる。だが白百合姫の姿は、あまり目通りする機会はないため、よく思い出せなかった。
「……気のせいだろ」
「ま、そうだよな。白百合姫様は陛下の側室様だし。滅多に後宮から出られないしな」
「そうそう」
気のせいだろう。
――――その気のせいが気のせいでなくなったのは、次の日だった。
その朝、母に叩き起こされたアルフは、家の前に止まった馬車に目を丸くした。紋章がなかったため最初は辻馬車かと思った彼だが、それにしては嫌に豪奢な馬車に、何よりも中から出て来た貴婦人に、愕然とする。
長い白銀の髪を結い上げ、淡い薄紅のドレスを纏った彼女。侍女を引き連れた彼女は彼の姿に気付くと、淡い水色の双眸を輝かせた。幾つもの髪飾りを揺らし、小首を傾げる。
「おはようございますわぁ。ご機嫌いかがぁ?」
百合のように可憐だとされる麗しい美貌は、悪戯が成功した子どもの様に無邪気だ。
とりあえず中に入って貰った彼女は、彼の家族に対して淑女の礼を取った。
「わたくし、ルノーシェ国王オーディンの側室で白百合の間を頂いております、ユリア・ミル・スティーリアと申しますわぁ。ユリアと、お呼び下さいなぁ」
つまらないものですが、お土産ですわぁ。いつものようにそう言って、ユリアは茶菓子と鶏肉のパイを差し出す。
母は衝撃から抜け出せてはいなかったが、いつもの癖で受け取り、お茶を淹れに行く。
「側室が勝手に外出してもいいのか……?」
「お気になさらず。今回はちゃんと、オーディン様に外出許可を頂いておりますわぁ」
「今回、は……?」
「うふふふふふふー」
母が人数分の茶と共に、茶菓子と切り分けてくれたパイを出してくれる。気を落ち着かせるために、アルフは茶を一口。
「わたくし、貴方に求婚しに来たのですわぁ」
思わず噴きかけたアルフは、気管に茶が入りかけて思いっ切り咽た。両親は目を剥き、茶菓子を食べようとして祖父は食器を取り落す。
あらあらぁとユリアは勝手知ったる彼の家なので、当然の如くタオルを取り出して来る。彼女がドレスでなければいつもと変わらない光景だ。
「正直なところ、初めはオーディン様以外ならば誰でもよかったのですわぁ」
「へ、へぇ」
「ですが、あまり素性の知れぬ者ではお父様はお許し下さらないでしょうし、我が家の沽券に関わりますので、エドワード様に善いお方はいらっしゃらないかとお訊きしたのですわぁ」
そこで名前が挙がったのがアルフだった。素直で誠実な性質で、勤務態度にも問題がない。しかも若手一番の出世頭。この上ない優良物件だった。
「今まで気付かなかったのですかぁ? 姿は変えていませんし、『ユーリエ』という名も、『ユリア』を捩っただけですのにぃ」
「侯爵出の側室が訓練場をふらふらしているなんて、夢にも思わなかった」
「あらぁ? 蕾姫もよくお部屋を抜け出して、連れ戻されていますわぁ」
その話はよく上司のフラウが愚痴を零しているから知っていた。苦労しているなとは思ってはいた。
その類の苦労は、自分には降り注がないで欲しいなとも、実は思っていた。
アルフは頭を抱えた。ユリアはすぐ横に来て顔を覗き込んでくる。
「何を悩んでいらっしゃるの? 貴方さえ頷けば、婚約は成立しますわぁ」
「いや、俺まだ結婚とかあんまり考えたことなし」
「そうでしたわぁ、まだまだ生まれて100年も経っていないわんちゃんでしたわぁ」
「わんちゃん言うな!」
「アルフ!」
慌てて両親は息子の言動を諌めるが、ユリアは全く気にも留めない。
「吸血鬼の伴侶になるのですもの、いくつか契約がありますわぁ」
「契約?」
「最もなことは、わたくしに定期的に血を提供することですわねぇ。まあ、相性は悪くはないと思いましてよ?」
アルフの首筋に貌を寄せ、ユリアは他者を魅了する艶やかな微笑を浮かべる。呑まれてしまいそうになり、アルフは戦慄した。
「わたくし、気が付く方だとは思いますわぁ。お料理も、もっと練習を致します。嫉妬は……まあ、してしまいますわぁ。でも相手を殺すなどということはしません。直せと言うのなら、直すようにいたしますわぁ」
物騒な言葉が聴こえたが、ユリアの目は真剣だ。手を組んで迫ってくる。
「アルフ、どうか、わたくしの夫になってくださいませ」
潤んだ水色の瞳に、僅かに上気した頬。仄かに匂ってくる甘い香りとすぐ目の前にある妖艶さ漂う姿に、アルフは堪らず声を上げた。
「わ、わかったから! ちょっと離れろ!」
「――――わかったと、仰いましたねぇ?」
「……あ」
「言質は頂きましたわぁ!」
「あ、おい!」
アルフは慌てて言い直そうとするが、ユリアはぎゅうっと抱き着いてきて離れようとしない。
呆然としている彼の家族に向かって、花開くように微笑んだ。
「お義父様、お義母様、お義祖父様、今日の所はこれで失礼しますわぁ。後日改めてご挨拶に伺いますわぁ」
そう言うと、ユリアは嵐のように去っていった。
何か変だと思ったら,ユリアの言葉が何か可笑しかったのです.
間延びした口調だけど,間延びし過ぎてました.
ちょっと直しておきます.←直しました.




