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月に捧ぐ恋の調べ  作者: 白毬りりま
side story.
64/65

謀られた出逢い(ⅲ)



 もう会わないだろうなと思っていたアルフの前に、ユーリエが再び現れたのは次の休みの日。

 空色のワンピースを纏った彼女は、ひとりで彼の実家を訪れた。


 突然訪ねて来た明らかに身分の高い彼女の姿に、彼の家族は戸惑う。とりあえず今に通された彼女は、当然の如くアルフの横に収まり、淡く微笑んで名乗った。


「吸血鬼のユーリエと申しますわぁ。先日はアルフ様にお世話になり、お礼がしたくて参りましたの」


 状況がよくわからずに固まっていたアルフの母は、お茶を淹れるついでに、無言で息子を廊下に連れ出す。


「誰、あの子」

「吸血鬼だから何処かの令嬢だとは思う」

「なんで吸血鬼のお姫様とあんたが知り合いなのよ!?」

「そこがよくわからないんだよ」

「――――あのぅ」


 不意に会話に割り込んできた声に、ふたりは動きを止める。ユーリエは儚げに微笑んだ。


「つまらぬものですがぁ」


 そう言って彼女は、母には茶菓子を、アルフには不格好な鳥肉のパイを差し出す。


「わたくし、生まれて初めてお料理を致しましたわぁ」

「料理するようには見えないもんな」

「そうですわねぇ。このようなことがなければ、わたくしも一生お料理をしないつもりでいましたわぁ」


 次はもっと上手なものを持って参りますわねぇ。

 また来るのか。アルフはせめて来るときは事前に連絡するように、念を押した。



 それからというものの、彼女は定期的に現れては彼の母に料理を習ったり、父や祖父と昔のルノーシェについての話に花を咲かせたりと、次第に彼の家族に馴染んでいった。その様は、実の息子よりも馴染んでいると言っても過言ではない程だった。


 そして2月経つ頃には、パイの味も見た目もそれなりのものになっていた。




「アルフ! 明日はお家にお伺いしても構いませんかぁ?」


 訓練場の入り口から響く高い声に、アルフが了承を返すと、彼女は赤みを帯びた淡い黄色のワンピースの裾を翻し、嬉しそうに軽い足取りで去っていく。明日も鶏肉のパイを持って現れるのだろう。

 最近は上手になってきたパイを思い浮かべるアルフに、同僚はにやにやと笑みを浮かべて絡んで来る。


「いいなあ、ユーリエ嬢と仲が善くて。美人だし、よく気が付くし。料理も頑張ろうとしてて可愛らしいし」

「そうか? 怒ると氷漬けにしようとしてくるぞ?」

「か、可愛らしいじゃないか……」


 それよりもと、同僚は声を潜めた。反射的に、アルフはぴんっと耳を立てる。


「俺さ、前々からユーリエ嬢のこと、何処か見たことあると思ってたんだよ。」

「うん?」

「で、この間警備の関係で後宮の近く通りかかった時に、あって思ったんだ――――白百合姫様に似てるんだって」

「…………は?」


 ユーリエが――――白百合姫に?

 清楚可憐でたおやかな側室の姿とユーリエの姿を脳裏で比べてみる。だが白百合姫の姿は、あまり目通りする機会はないため、よく思い出せなかった。


「……気のせいだろ」

「ま、そうだよな。白百合姫様は陛下の側室様だし。滅多に後宮から出られないしな」

「そうそう」


 気のせいだろう。




 ――――その気のせいが気のせいでなくなったのは、次の日だった。


 その朝、母に叩き起こされたアルフは、家の前に止まった馬車に目を丸くした。紋章がなかったため最初は辻馬車かと思った彼だが、それにしては嫌に豪奢な馬車に、何よりも中から出て来た貴婦人に、愕然とする。


 長い白銀の髪を結い上げ、淡い薄紅のドレスを纏った彼女。侍女を引き連れた彼女は彼の姿に気付くと、淡い水色の双眸を輝かせた。幾つもの髪飾りを揺らし、小首を傾げる。


「おはようございますわぁ。ご機嫌いかがぁ?」


 百合のように可憐だとされる麗しい美貌は、悪戯が成功した子どもの様に無邪気だ。



 とりあえず中に入って貰った彼女は、彼の家族に対して淑女の礼を取った。


「わたくし、ルノーシェ国王オーディンの側室で白百合の間を頂いております、ユリア・ミル・スティーリアと申しますわぁ。ユリアと、お呼び下さいなぁ」


 つまらないものですが、お土産ですわぁ。いつものようにそう言って、ユリアは茶菓子と鶏肉のパイを差し出す。

 母は衝撃から抜け出せてはいなかったが、いつもの癖で受け取り、お茶を淹れに行く。


「側室が勝手に外出してもいいのか……?」

「お気になさらず。今回はちゃんと、オーディン様に外出許可を頂いておりますわぁ」

「今回、は……?」

「うふふふふふふー」


 母が人数分の茶と共に、茶菓子と切り分けてくれたパイを出してくれる。気を落ち着かせるために、アルフは茶を一口。


「わたくし、貴方に求婚しに来たのですわぁ」


 思わず噴きかけたアルフは、気管に茶が入りかけて思いっ切り咽た。両親は目を剥き、茶菓子を食べようとして祖父は食器を取り落す。

 あらあらぁとユリアは勝手知ったる彼の家なので、当然の如くタオルを取り出して来る。彼女がドレスでなければいつもと変わらない光景だ。


「正直なところ、初めはオーディン様以外ならば誰でもよかったのですわぁ」

「へ、へぇ」

「ですが、あまり素性の知れぬ者ではお父様はお許し下さらないでしょうし、我が家の沽券に関わりますので、エドワード様に善いお方はいらっしゃらないかとお訊きしたのですわぁ」


 そこで名前が挙がったのがアルフだった。素直で誠実な性質で、勤務態度にも問題がない。しかも若手一番の出世頭。この上ない優良物件だった。


「今まで気付かなかったのですかぁ? 姿は変えていませんし、『ユーリエ』という名も、『ユリア』を捩っただけですのにぃ」

「侯爵出の側室が訓練場をふらふらしているなんて、夢にも思わなかった」

「あらぁ? 蕾姫もよくお部屋を抜け出して、連れ戻されていますわぁ」


 その話はよく上司のフラウが愚痴を零しているから知っていた。苦労しているなとは思ってはいた。

 その類の苦労は、自分には降り注がないで欲しいなとも、実は思っていた。


 アルフは頭を抱えた。ユリアはすぐ横に来て顔を覗き込んでくる。


「何を悩んでいらっしゃるの? 貴方さえ頷けば、婚約は成立しますわぁ」

「いや、俺まだ結婚とかあんまり考えたことなし」

「そうでしたわぁ、まだまだ生まれて100年も経っていないわんちゃんでしたわぁ」

「わんちゃん言うな!」

「アルフ!」


 慌てて両親は息子の言動を諌めるが、ユリアは全く気にも留めない。


「吸血鬼の伴侶になるのですもの、いくつか契約がありますわぁ」

「契約?」

「最もなことは、わたくしに定期的に血を提供することですわねぇ。まあ、相性は悪くはないと思いましてよ?」


 アルフの首筋に貌を寄せ、ユリアは他者を魅了する艶やかな微笑を浮かべる。呑まれてしまいそうになり、アルフは戦慄した。


「わたくし、気が付く方だとは思いますわぁ。お料理も、もっと練習を致します。嫉妬は……まあ、してしまいますわぁ。でも相手を殺すなどということはしません。直せと言うのなら、直すようにいたしますわぁ」


 物騒な言葉が聴こえたが、ユリアの目は真剣だ。手を組んで迫ってくる。


「アルフ、どうか、わたくしの夫になってくださいませ」


 潤んだ水色の瞳に、僅かに上気した頬。仄かに匂ってくる甘い香りとすぐ目の前にある妖艶さ漂う姿に、アルフは堪らず声を上げた。


「わ、わかったから! ちょっと離れろ!」

「――――わかったと、仰いましたねぇ?」

「……あ」

「言質は頂きましたわぁ!」

「あ、おい!」


 アルフは慌てて言い直そうとするが、ユリアはぎゅうっと抱き着いてきて離れようとしない。

 呆然としている彼の家族に向かって、花開くように微笑んだ。


「お義父様、お義母様、お義祖父様、今日の所はこれで失礼しますわぁ。後日改めてご挨拶に伺いますわぁ」


 そう言うと、ユリアは嵐のように去っていった。





何か変だと思ったら,ユリアの言葉が何か可笑しかったのです.

間延びした口調だけど,間延びし過ぎてました.

ちょっと直しておきます.←直しました.

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