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Epilogue

本編最終話です!



 アウルレクスの西の端、クレスク河の辺。

 単身馬を走らせてやって来た彼は、日の光を紡いだようだと揶揄される黄金の髪を風に遊ばせて立っていた。


 身に纏うのは動き易さを重視した、傭兵のような衣装。本来の彼の立場なら決して纏うことのなかったであろうそれは、抜け出すためにわざわざ用意したものだ。彼の行動に周りの者はあまりいい顔をしないが、若い頃の自分もそうだったと父が容認してくれているため、暇を見ては国中を自分の目で見て廻っていた。


 今彼がいる場所からは、河を隔てて対岸である魔族の国ルノーシェを望むことができる。ちょうど積み荷を乗せた船が向こうからやって来ている所だった。


 2000年もの永きに渡って平行線を辿っていた人間領と魔王領は、ほんの30年程前――――彼の生まれるほんの数年前から国交を開いている。魔族の国ルノーシェとまともに交流ができているのは今のところアウルレクスくらいだが、あと数十年もすれば他国とも貿易が開かれることになるだろう。


 彼の父は魔族との国交を築くこととなった第一人者のひとりで、彼にとっては何よりも誇りである。


 ――――そう口にすると、いつも父は困ったような顔をして微苦笑を浮かべた。



 不意に風が変わる。次の瞬間、何もなかった筈の空間が不自然に歪み、そこから何かが飛び出して来た。

 感慨深く翠の双眸を細めて対岸を見つめていた彼は、すぐさま身構え――――それが何かに気付いて虚を突かれる。


 まず目に飛び込んできたのは、濁り気のない深い闇色の髪。背から腰までを緩く波打って広がっている。

 見下ろした四肢は華奢で、ほっそりとした手足は若い女のものだ。背を向けているため顔は見えないが、張りのある白い肌は瑞々しく、眩しい。


 地面に座り込んでぷるぷると身体を震わせている彼女。大丈夫だろうかと尋ねようとした彼だったが、目の前に振り上げられた拳に仰け反った。


「いったーい!」


 彼女は尻を押さえて喚いた。澄んだ声が川面を滑って広がっていく。


「流石に一度で転移するのはきついわね……お父様なら一度でアウルレクスのお城まで飛ぶことができるのに…………でも無茶ではなかったでしょう? ちょっと着地に失敗しまっただけで…………って、はあっ!? 馬鹿にしないで頂戴! お母様にできるのだから、私にもできて当然よ! ……何よその眼はーっ!」


 誰と話しているのだろう。彼女は空中に向かって話しているのだが、彼の瞳には何も映らない。


 暫くその場で喚いていた彼女は、唖然としている彼に気付いたのか、振り返った。見上げてくる美貌に、彼は思わず息を呑む。

 自分と同じくらいの年の頃だろうか。はっと目を瞠るような鮮烈さを持つ、類稀な美貌。小さな貌にそれぞれの部位が絶妙な位置に配置されていて、奇跡のような面差しだ。

 白い肌は傷ひとつなく珠のような滑らかで、形の良い唇と頬だけがほんのりと色付いている。


 何よりもその瞳。長い漆黒の睫毛に彩られ、吸血鬼の特徴である深い真紅の瞳が煌く。


「こんにちは。見苦しい姿を見せたわね」

「いや…………」


 言葉を濁す彼に、彼女はからりと晴れやかに笑った。身軽な動作で立ち上がり、纏っている清楚な浅葱色の絹のワンピースの裾を払う。

 その際に微かに甘い花の香りが漂って来て、彼の鼻腔をくすぐった。


 彼女の何気ない仕草のひとつひとつが優雅で、何処か艶めいて見える。髪を耳にかける仄かに染まった指に、流れる黒髪から覗く白い首筋に、彼は気まずくなって目を逸らす。

 そのような彼の気など微塵も知らない彼女は、呑気に辺りを見渡している。彼は咳払いをひとつして気を取り直すと、彼女に尋ねた。


「お前、吸血鬼か?」

「初対面の者にお前呼ばわりされる覚えはないのだけれど……貴方の言う通りよ。吸血鬼のペルセ。貴方はアウルレクスの者かしら」

「ああ。ジャンだ」


 愛称を教えると、彼女は口の中で繰り返した。澄んだ声に名を呼ばれ、彼は照れくさくなった。彼女は嬉しそうに破顔する。


「私、ずっと城にいたからあまり人間に会ったことがないの。お母様は色んな人がいると仰っていたのだけれど、初めて会った人が悪い人や変な人ではなさそうでよかったわ」


 それは喜ぶべきなのだろうか。彼は頬を引き攣らせた。


 それよりも、彼女の言った『城』という言葉。身に纏っている衣装も装飾品も一目で上質だとわかるもので、ちょっとした指の動きでさえ気品の感じられる。もしかしてルノーシェでは身分ある立場なのだろうか。


 にこにこと笑っていた彼女だが、ふと神妙な表情をした。彼女が内緒話をするように声を潜めるので、自然と彼も耳を傾ける。


「面白いお話を聞かせてあげましょうか」

「面白い話?」

「そう。2000年の時を経て、再び人間と魔族が交わることとなった、きっかけの恋のお話――――私が受け継いだ旋律の物語」


 彼は目を丸くした。意味を問おうと口を開きかけ――――その前に彼女が笑う。


「でもその前に、美味しいお店を教えて欲しいな」


 連れて行ってくれる? 無邪気に微笑みかけてくる彼女に、彼は二つ返事で頷いた。


 差し出した手に、柔らかな手が重ねられる。繋いだ手の温もりが、心地よい。どちらともなく、ふたりは笑い出した。




 物語は終わらない。





『月に捧ぐ恋の調べ』本編完結いたしました!

今後は補足でサイドストーリーをぽちぽち更新します.

今まで見捨てないで下さってありがとうございます!


よいお年をお迎えください(=ΦωΦ=)v

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