ⅱ.
中庭でまったりとお茶をしていた時だった。ユリアが爆弾を落としたのは。
「わたくし、城を出ますわ」
菓子を頬張ろうとしていたシンシアは、一度フォークを置いて息を吐いた。こめかみを押さえて…………無難な考えを口にする。
「えっと、何処かへとお出かけをなさるですか?」
「いいえぇ。後宮を出ようと思っていますの」
にっこりと微笑むその姿からはとても嘘や偽りを言っているようには見えない。彼女の考えを測りあぐねて、シンシアは困惑した。
問題のお茶会からここ最近のユリアは、温かな色合いのドレスを好んで纏っている。今日も淡いベリー色の、簡素な形だが裾や袖の刺繍の美しいドレスだった。白銀の髪には薄紅の花飾りが咲いていた。
ユリアの変化に、城内でも何かあったのかと噂されていた。最も、シンシアがそれを知ったのは、謹慎の解けたついこの間のことだったが。
優雅な仕草でカップを戻し、ユリアは小首を傾げた。
「生涯を添い遂げたいと想う方がいますの。そのためには、わたくしは側室の任を解かれなくてはなりませんわぁ」
「初めて聞きました……」
「初めて申しましたもの」
本当は、あのお茶会の時に発表しようと思っていましたのよぅ? 騒ぎのために叶いませんでしたわぁ。
騒ぎの張本人であるシンシアはうっと言葉に詰まらせた。ごめんなさいと、蚊の鳴くような声で謝罪する。ユリアはくすくすと苦笑を零す。
「お相手はどなたですか? 私も知っている方かしら」
「憶えていらっしゃるかしら。以前貴女が城下にお出かけになられた時に護衛としてついて行った、犬人のアルフという者ですわぁ」
そう言えば、その後でユリアから貰った菓子は確か、シンシアが買ったはいいが誘拐事件のために駄目にしてしまったものと同じものもあった。どうして深窓の令嬢が店を知っていたのだろうとは思ってはいたが、彼に聞いたのであれば納得がいく。
「実は彼、今若手で一番の出世頭ですの。エドワード様がそれはそれは目にかけていますのよぅ」
エドワード様のお墨付きということで、わたくしの父は彼との仲を認めて下さいましたの!
王の側近であり絶大な信頼を置かれている将軍である彼の口添えがあれば、多少は交際の許可を得易いのかもしれない。
だが後宮の側室と軍の一兵士。とても接点があったようには思えない。
「どういう経緯で交際をなさっているのか、少々不思議なのですが……」
「うふふふふっ、それは秘密ですわぁ」
言ってしまうと、オーディン様もご存知ないわたくしの秘密の通路がばれてしまいましてよぅ。
何それ知りたい。好奇心のうずくシンシアは暫く食い下がってみたが、遂にユリアは言わなかった。かなり残念に思う。
他愛ないお喋り。だが一通り喋ってしまうとぽっかりと空白が生まれた。ユリアの面持ちがふっと静かなものになる。
「もうそろそろ、わたくしがこの城にいる理由がなくなります」
好きな者ができたというのもあるが、元々ユリアはオーディンの女性避けのために後宮にいたようなものだ。シンシアとアンジェというオーディンを巡る存在がいる今、わざわざ彼女が側室でいる必要はなくなった。
「オーディン様にもご相談して、来月辺りには実家に戻ることになっていますわぁ」
「そう、なのですか?」
「城を出てしまえば、こうして貴女とお茶会することも、そうそう簡単にはできなくなってしまいますわねぇ」
何だか物悲しくなって、シンシアはカップに両手を添えた。その温もりに縋り付くようにする。
その手に、ユリアのほっそりとした白い手が添えられる。見上げた彼女の美貌は、慈愛に満ちていた。
「ですが、それでもわたくしは貴女の力になれたらと思いますわぁ。オーディン様にお願いして、何度でも何度でも遊びに来ます。その時は皆でお茶会を開きましょう」
困ったことがあれば、何時でもお茶会を開きましょう。甘いお菓子と温かなお茶が一緒なら、どれ程辛いことでもお喋りをしている内に溶けていってしまう。
「ソーリスは公爵家、その上夜姫クリスフィアの正統として、ルノーシェでは重視されて来ましたわぁ。何もご存知ではない王宮の方々はアンジェ様を妃にと思われているようですが……わたくしたちは貴女にオーディン様を支えて頂きたい。きっと、オーディン様を幸せになさって下さいなぁ」
真摯な眼差しに、シンシアは強く頷いた。夜空色の瞳がきらきらと輝く。
初めて会った時よりも強い意志を宿すようになった夜空色の双眸。少し大人びたように見える面差し。それを眩しげに見つめ、ユリアは呟く。
「もう、『蕾姫』とはお呼びできませんわねぇ」
ねぇ、シンシア様。
シンシアはきょとんと目を瞬かせて――――照れたようにはにかんだ。
ユリアに関する衝撃新事実。
実はアルフ(憶えてますかー?)は凄かった、なのです。




