ⅹ.
ふっかーつ!
お久しゅうなのですv
城が崩壊しかけるという事態に、シンシアとアンジェには2月の謹慎処分が下された。
風が冷たい空気を孕む頃、だが室内は魔法で程よい温かさに満ちて心地よい。だがシンシアの気持ちは急降下の一途を辿っていた。アンジェと対峙して力を揮ったことに後悔はしていなったが、城を半壊にしてしまったことにはこの上なく後悔していた。
「あああああ…………またお部屋から出られなくなってしまいました」
「自業自得ですわ」
全く、お頭がお悪い訳ではないというのに。茶を淹れていたリムが呆れたように零すが、シンシアは力なく卓に上身を投げ出し、意味のなく砂糖菓子を積み上げていく。
「そこここに魔法が仕掛けられてしまって、1歩外に出たとしてもその瞬間に連れ戻されてしまいますし。抜け穴を探してみても、綻びひとつ見つかりませんし。流石は魔王陛下ということでしょうか」
10くらい積み上げた砂糖菓子の塔を指先で突くと、軽い音を立てて崩れていった。そしてまた1から積み上げていく。
どれくらいそれを繰り返しただろうか。リムの淹れてくれた紅茶がすっかりぬるくなってしまった。シンシアは口を尖らせ、室内を見渡す。
「何か面白いことはありませんか?」
精霊たちは困ったように顔を見合わせた。シンシアは愛する歌姫だが、魔王であるオーディンはなかなか恐ろしい存在である。彼女の希望に合う面白いことは見つけて来ることはできるが、彼を怒らせるのは怖い。
「――――なんて不貞腐れた顔をしているかしら」
力を持った声。誰もいなかった空間に、自分と同じく謹慎処分を受けて屋敷に籠っている筈のアンジェが柔らかな純白の髪を翻し、不敵に笑っていた。
身構えるリムを片手で抑え、シンシアは頬杖を突く。
「貴女も謹慎中でしょう?」
「だからなんだと言うのかしら。わたくしは夜姫クリスフィアの末裔、しかも直系よ。まやかしで己の影だけを置いて来るということなど、あまりに容易くてどうということはないわ」
「その手はもう試しました」
試してシンシアの魔力が城内に2つあることに訝しんだオーディンに、即刻連れ戻されてしまった。それ以前に首元を飾る銀の鈴があるため、どれ程本物が気配を薄くしてもばれてしまうのだ。
「その鈴を外してしまえばよいわ。代わりにわたくしが彼の方の飼い猫になってあげるから寄越しなさい」
差し出された白い手を半眼で一瞥し、シンシアは砂糖菓子をそこに置いた。白い柳眉が跳ね上がり、青い瞳が眇められる。
「馬鹿にしているの?」
「いいえ? ただ私は暇で暇で、退屈過ぎて死んでしまいそうないのです。だから一緒にお茶にしませんか?」
「……呑気なものだわ。ついこの間まで、わたくしはお前を殺そうとしていたのよ? 今だってお前のことを好いている訳ではないと言うのに」
「退屈を紛らわせるのに、その程度のことは関係はありませんわ」
細く繊細な指で砂糖菓子を摘まみ、口に頬り込む。指先に付いた砂糖を舐めるシンシアに、アンジェは複雑そうに貌を顰め、淡い色の菓子を口に含んだ。
砂糖菓子は奇妙な程に甘かった。
温かな紅茶に甘い砂糖菓子。この部屋だけ外界から隔離されて違う時間が流れているような錯覚に、アンジェは溜息を吐いた。
シンシアが2人で話をしたいと言ったため、人魚は下がってしまった。何だか居心地が悪い。
「そう言えば、本日はどのようなご用件で?」
思い出したようにシンシアは尋ねた。今更なような気がしなくもないが、アンジェは応える。
「わたくしも暇だったのよ」
「そうですか」
折角答えたというのに、返って来たのは素っ気ない言葉だ。アンジェは舐めていた砂糖菓子を噛み砕く。
「暇だったからと言ってここまで来る訳ないじゃない。ここは王の部屋、わたくしは立派な侵入者よ。下手をしたら消されるわ」
「そうですね。そのような酔狂な方がもしいらっしゃらるというのなら、是非にお会いしてみたいものです」
穏やかな空気が一瞬にして凍り付いた。アンジェの周囲で氷の飛礫が弾け、煌いて散る。感情の起伏に煽られ、魔力が漏れてしまったのだ。
シンシアが軽く指を振ると、精霊たちが空気を掻き混ぜて冷気を和らげる。
「いい加減に、感情に左右されないように魔力を統御してください」
「…………気を付けてはいるわ」
「ではもっともっと気を付けてくださいな。貴女も歌姫なのですから」
ばつが悪くなってアンジェは貌を逸らした。砂糖を入れていない濃い目の紅茶を啜る。
砂糖菓子を摘まみ、シンシアは積み上げる。
「私は貴女にお逢いすることができて、これでもとても嬉しかったのですよ?」
ひとつ、ひとつ。微妙な均衡を保って積み上げられた砂糖菓子の塔。ほんの少し触れただけで崩れてしまう。
「この世界において、歌姫はそう多くありません。ルミペトルにいる歌姫とて50にも満たない」
その中においてクリスフィアの末裔はほんの一握りで、メティス亡き現在、直系はシンシアだけだった。
世界にたったひとりだけの存在。人里から離れて森で静かに暮らすのとはまた違った、寂寥感。
「『貴女』という私と同じ存在。『貴女』がいるというそれだけで、私はとても嬉しかった」
口の中に放り込もうとした薄青の砂糖菓子を、アンジェは思い留まって見つめる。塔が崩れて音を立てて皿の上を転がっていくというのに、シンシアは無機質な夜色の双眸で再び積み重ね続けている。
「わたくしたちは同じような存在だけれど、結局は違う存在よ。種族も、生まれ育った環境も、価値観も、何もかも異なっている。異なっているけれど…………わたくしも、『お前』が嫌いではないわ」
その塔の上、アンジェは持っていた砂糖菓子を乗せた。呼吸さえ抑え、細心の注意を払って、そっと砂糖菓子を重ねる。
シンシアは目を瞬かせた。何とか薄青の砂糖菓子を乗せたアンジェは、艶然と挑発的に微笑う。
「お前はわたくしの眷属で、オーディン様をお慕いするわたくしの恋敵よ。負けないと、このわたくしに向かってそう言ったのは他でもない、お前だわ」
夜空色の双眸に生気が宿る。
「最初が最悪だったから、わたくしたちは全てを最初から始めるの。わたくしはオーディン様に想いの限りに歌い続ける。この恋が至上のものと、わたくしは信じているもの」
奇しくも、自分たちの生は人間と比べて遙かに長い。謹慎の2月など、本当の意味であっと言う間だ。
シンシアは薄青の砂糖菓子を自身のカップの中に落とした。紅茶はすっかりぬるくなってしまっていたが……構わない。くるくると匙で掻き混ぜ、砂糖菓子を全て溶かし切ると、一息に飲み下す。
「負けません。決して」
それは長い長い恋の、本当の始まりだ。
永らくお待たせ致しました!
詳しくは活動報告にて!




