ⅶ.
歌が、響き渡る。
片や、穢れなき硬質な白を具現化したような少女の奏でる、身も心も焦がすばかりに燃え上がる調べ。
片や、何処までも深く静かな夜闇色を纏う少女の紡ぐ、玲瓏と魂へと降り注ぐ月の光のような旋律。
日が傾き始めた空に、2人の歌は絡み合い、捻じれ合い、相容れぬまま広がっていく。
「さあ 立ち上がれ 舞い踊れ
夜に舞う蝶のように 空に笑う月のように
ひらひらり きらきらり
艶めいて舞い踊れ」
アンジェの周りで幻想的に揺らめいていた淡い燐光。その光が熱を帯びた歌に呼応して鋭い刃と化し、空を切り裂いてシンシアに迫る。
ひとつひとつが莫大な魔力の塊だ。1つでも直撃すれば、小さな村程度ならば瞬時にして燃えて消えてしまう程の被害が出るだろう。
だがシンシアは慌てるでもなく右手を掲げた。
「空いっぱいに零した夢
月明かりに溶けてしまいそうな夜でも手を伸ばして
降り注ぐ希望の欠片を集めて希うの」
掌から溢れる白銀の光。それは瞬時に広がると、彼女を護り刃を迎え撃つ光弾になった。硝子の砕けるような澄んだ音を立て、光が飛び散っていく。
「……っ!」
まさか相殺されるとは思っていなかったアンジェは、爆発の余波を受けて体勢を崩した。何事もなかったかのように泰然としているシンシアを睨み上げる。
きらきらと舞い落ちてくる光の一片。シンシアは手を伸ばし、その欠片を掬う。
「いつまでもいつまでも そう永遠を望んで
貴方の隣で 夜空に瞬く星に願うの
永遠を信じることができたのならば 幸せでいられるのに
真実は残酷で 永遠なんて何処にもないの
無邪気に笑う運命に 身を委ねることなんてしたくない
密やかに輝く希望を 私は見つけてみせる」
戦闘のただ中いるとは思えない静かなシンシアの歌に、体勢を立て直したアンジェは貌を歪めた。
「そんなのがお前の闘いの歌? 本気で私と闘う気があるの!?」
「私は至って本気ですよ。貴女にオーディンを譲る気など、微塵もありません」
飄々と肩にかかっていた漆黒の髪を払い、シンシアは不敵に笑った。アンジェの白い肌がかっと色付く。
シンシアは地上を見下ろした。結界に閉じ込められて行き場を失って飽和状態になった魔力が弾けて爆発を起こしたために、北の庭には大穴が開き東屋は吹き飛ばされて、見るも無残な姿になっていた。植えられた木々も荒らしの後のようにぼろぼろだ。後で祝福をかけに行こう。
西の庭に集っていた令嬢たちに視線を向けると、呆然と見上げて来る者や悲鳴を上げる者など反応は様々である。その中に見知った者たちの顔を見つけ、シンシアは穏やかに目を細めた。
アウルレクスの森で暮らしていた頃は、毎日のように母から受け継いだ知識と自身が実際に毒を盛られた経験を活かして、無心に薬を調合し、定期的に街に出てその薬を売るという日々だった。
だが森に帰ると独りで、毎日のように脳裏に浮かぶアリアーヌの悲痛な声と涙、愛情を注いでくれた王妃の泣きそうな笑顔が彼女を苛んだ。
薬草の匂いの満ちる、がらんとした家。彼女を守護してくれる精霊たちはいても、彼らにとって彼女は『友人』などではなく愛すべき『姫君』で。
時折エルディアナたちに会うとは言っても独り森の中で暮らすことは心細かった。けれどもふとしたことで歌姫の力で誰かを傷付けてしまうかもしれないと思うと、人の街で暮らすことはどうしてもできなかった。
そのような時に初めてできた『友人』であるエレクシヤ。求婚して来たときにはとても驚いて――――それ以上に『友人』という存在を得られたことが嬉しくて、その日の夜は眠れなかった。夜を司るクリスフィアの象徴とも言える月を見上げて、数年振りに喜びを歌にした。
ただ、彼の瞳に浮かぶのが友愛というよりも憧憬や崇拝といったものだということに気付いていた時は……とても、寂しかった。
事故とは言え、この国に来ることができて、シンシアはこの上なく幸せだった。
ルノーシェでたくさんの者に囲まれ、他愛もないことで笑い合ったり、魔法の研究をして一緒に考え込んだり。
そして何よりも、オーディンに拾われて、ひとりの眷属として寂しさに慣れてしまっていた心から零れ落ちてしまう程のたくさんの温もりを貰って……気が付いた時には、ほんの少女のように恋心を抱いていた。
彼にとっては当然の行いだったのかも知れなくとも、その優しさが嬉しかった。その温もりが愛おしかった。
彼のために歌いたいと思った。彼を癒せる存在でありたいと思った。
何時の日にか彼に愛して貰いたいと、そう強く思った。
「どうしてお前なの!? 私の方がずっと前から、お前よりもずっと深く、あの御方のことをお慕い申し上げているのに!」
金の双眸に狂気を滲ませて叫ぶアンジェの姿が、幼い記憶の中のアリアーヌの姿と重なる。
あの頃の自分は現実から目を反らしてキルトから逃げ出した。
シンシアはそっと手首を飾る銀の腕輪に触れた。そう言えば、何時からか母の形見であった腕輪を気にしなくなった。今も身に着けているのだが、習慣で付けているだけで想い出すことも殆どなかった。自分という存在の意味を戒めるために、身に着けていたというのに。
辛い記憶は彼女の中で穏やかな想い出へと昇華されて、仄かに息衝いている。
もう、逃げ出したりはしない。目を逸らさない。
「目障りなのよ! 人間の小娘の癖に……っ!」
先程とは比にならない程の光の刃が現れる。シンシアは目を瞠った。
捌き切れないことはない。だが気を抜けばその余波は城や登城している者たちに被害を与えてしまうだろう。
意識を集中させて、精霊たちに呼び掛ける。
「皆、気を付け――――」
「余所見をしているんじゃないわよっ!!」
「っ!?」
僅かにタイミングや角度をずらして迫ってくる刃たち。捌き切れないかもしれない。類稀な美貌に焦燥を滲ませ、多少の怪我は覚悟してシンシアは両手を前に突き出した。
騒ぎを聞きつけて集まってきた者たちの悲鳴が聞こえてくる。
とても時間が緩やかに感じられた。
貫こうと迫ってくる刃たちに、シンシアは魔力を解放し――――刹那、すぐ傍らで湧き起こった力の波動に息を呑んだ。逞しい腕が細い腰に回され、大きな手が刃に向かって掲げられる。
「――――消えろ」
低い声を共に瞬時に辺り一面に広がった苛烈な魔力。刃は命令を受け、跡形もなく消え失せる。
「なん、で……」
アンジェは呆然と目を見開いていた。シンシアを後ろから抱きすくめるようにして宙に浮かぶ男の姿を凝視する。
シンシアも何処か呆けたように、自分を抱き締める彼の名を呼んだ。
「オーディン……」
ルノーシェの王は不機嫌さを隠すことなく端正な眉を顰めた。
シンシアvsアンジェです!
アンジェの歌はシンシア排斥だけを望んでいるものに対し、
シンシアの歌はこれからの未来に希望を見出そうとしている、
というつもりです。
私の中でのイメージが真逆なんですよね、この2人。
シア<メティ<エル<アンジェ
と言った感じで、右に行く程激しい歌のイメージで、
左に行く程静かになっていくという。




