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月に捧ぐ恋の調べ  作者: 白毬りりま
Ⅰ.始まりを告げる出逢い
5/65

ⅳ.

魔王陛下登場! です。


*04/14 改行入れてみました。


 大分筋力が落ちていたため、浮遊魔法で浮かされて移動する。

 丁寧に髪と身体を洗われ、香油を塗られたシンシアは淡い薄紅のドレスを着せられ、鏡台の前に座らされていた。


「御髪はどのように致しましょう?」

「……ご自由に」


 そう言うと、リムは碧の双眸を輝かせ、艶を取り戻した波打つ漆黒の髪を弄りだす。なんだかとても楽しそうだ。

 その間シンシアはぼんやりと鏡に映る己の姿を眺め――――目を瞠る。

 鏡の中に映る自分の姿。痩せて肉の落ちた貌は、今にも消えてしまいそうなほど危うげだ。

 その血の気の失った貌の中、長い睫毛に縁取られた双眸。


「……紅」


 底のない深淵の闇のような黒の瞳が、紅玉のような真紅に染まっていた。

 呆然と鏡の中の自分を見つめていると、後ろで密やかな笑い声が聞こえた。


「そんなに驚くことか?」


 何時の間にか、1人青年が背後に立っていた。鏡越しにその姿を認め、動けないシンシアはその姿に魅入る。

 癖がなく肩に届かない長さの、月の光をそのまま紡いだかのような白金の髪。

 引き締まっている長身痩躯に漆黒の衣装を纏う彼の、無駄のない洗練された仕草の一つ一つに目を惹かれる。

 20代半ばに見える相貌。だが、永い時を経て諦観して物事を見据える、悠然とした気品を感じさせる精悍な面差し。鋭いながらも大人びた稚気を覗かせる双眸は、血のような真紅だった。


「貴方がルノーシェ王……?」

吸血鬼(ヴァンパイア)のオーディンだ」


 初めて(まみ)える、闇を纏い夜を統べると謳われる魔族の王。命ある者の生き血を糧とする吸血鬼である彼を、シンシアは鏡越しにまじまじと見つめる。視線に気付いて、彼は首を傾げた。


「どうした?」

「いえ――――綺麗だなと思いまして」

「面白いことを言う奴だな。魔族を見て綺麗などと宣う人間なんぞなかなかいないぞ」


 思ったことを口にしただけなのに。何故笑われるのかが解らず、けれどシンシアは何も言わずに口を噤む。


「で、娘。お前の名は?」

「シンシア、です――――助けて下さり、ありがとうございます」


 純粋な感謝の言葉。彼は楽しげに真紅の双眸を細めた。


「ではシンシア。お前は俺が助けた時のことを覚えているか?」


 真紅の双眸を真っ直ぐに見つめ、シンシアはこくりと頷いた。



『――――生きたいか?』


 その言葉に彼女は、是、と返した。死んでもいいと思った。けれども、生きている人間の姿が眩しくて、愛おしくて、もっと見ていたいとも思った。


『そうか。ならばお前を生かしてやる』


 だが人間としてお前を生かすことはできない。人間として生き返るには、お前は傷付き過ぎた。

 魔族としてならば話は別だ。その身が人ならざる者ならば、その魔力と生命力で甦ることができる。


『ただでは生かしてはやらない。折角助けてやるんだ、その命、俺に寄越せ』


 そう言って口移しで飲まされたのは、彼の身に流れる真っ赤な血だった。



 魔族の中でも上位に位置する吸血鬼は、己の血を与えることで相手を眷属にすることができる。吸血鬼の眷属となった者は永い寿命を持つことになり、その命尽きるときまで自身を吸血鬼とした者に従順な自我のない下僕となる。

 血を受け取ったとき、新しい玩具を目にした子どものように楽しげに笑う真紅の双眸が、シンシアの脳裏に鮮烈に焼き付いた。


「何故、私を眷属になさったのですか?」


 自我を消して意の侭に動く人形ではなく、自我も感情も残っている。操るのには面倒ではないのだろうか。

 尤もなシンシアの疑問に、魔王は肩を竦めた。


「気紛れだ。いい加減正妃を娶れと周りが煩いからな、素振りだけでもしておこうと思って。普通の人間の女ならまだしも、魔力持ちの娘だからいいだろうと思った」


 何処の国でも似たような問題があるようだ。アウルレクスの真っ直ぐな王の姿を想起し、シンシアは遠い目をする。


「つまり私は、貴方の愛人か何かですか?」

「どちらかというと愛玩動物(ペット)だな。人間にしては綺麗な顔してるし」


 綺麗な顔をしていると言われても自分の容姿に無頓着なシンシアはきょとんと首を傾げる。動かないでくださいとリムに言われ、大人しく貌をもとの位置に戻す。


「あとは餌の役割だな」

「餌……」

「家畜だ。幾ら魔王と言えど、俺は吸血鬼だからな。普通の食事でも精気を得ることはできるが、それでも最低週に1度は血が必要だ」


 お前を飼っていれば、わざわざ吸血のために調達してくる必要がなくなる。

 彼曰く、普通の食事よりも血の一滴の方が精気を得るのに遥かに効率がいいらしい。これは吸血鬼に限ったことではないらしいく、魔族にとって他者の精気は極上の糧なのだという。


「それはそうかもしれませんね……」


 人間だったシンシアにはよく解らないのだが、魔族である当人が言うなのだからそうなのだろう。神妙に相槌を打ったシンシアに、彼はだからと言った。


「お前も血が欲しかったら言え。一応今は眷属だし。俺のをやるから」

「わかりました」


 頷いて、はたっとシンシアは気付く。ぱちぱちと目を瞬かせて、オーディンを見つめる。


「ところで、私は何処に控えていればよいのでしょう?」

「今のところはこの部屋で放し飼いだ。世話をし易いから」


 普段の食事などの身の回りの世話はリムがやってくれるらしい。オーディンと話している間も手際よく髪を結わえていたリムが、柔和に微笑む。


「私、自分のことは自分でできます」

「それでもやらせてくださいな。こんなにも可愛らしいお嬢様のお世話ができて、わたくしは光栄なのですから」

「適材適所だ。それぞれの能力を活かさなくては意味がない。それに、今のお前に何ができるんだ? 大人しく飼い猫にでもなっておけ」


 うっとシンシアは言葉に詰まる。家事どころかまともに歩けない身体のため、何も言い返せない。


「飼い猫……身体が鈍って太りそうです……」

「今のお前は多少は肉を付けた方がいいぞ。痩せ過ぎだ」


 そうこうしているうちに、髪結いが終わったようだ。鏡の中に映る自分は相も変わらず肉が落ちて儚く消えてしまいそうだが、気を利かせてリムが頬や唇に仄かに紅をのせてくれたので、まだ見れる顔になった。漆黒の髪は一部だけ結い上げられ真珠の飾りで留められ、あとは背に流されている。薄紅のドレスと相まって、普段の少女特有の硬さが和らいでいた。


「もとが大変お美しい(かんばせ)であらせられますので、飾り甲斐がありますわ」


 リムの貌が何処か誇らしげだ。オーディンを見やると、彼は相好を崩した。


「ドレスを作らせよう。他に何か欲しいものはあるか?」

「ないです」

「そうか。まあ、回復するまではゆっくりしていろ。用があればそれからだ」

「はい」

「俺は仕事でいないが、いい子にしてろよ?」

「わかりました。いってらっしゃいませ」


 素直に頷くと、オーディンは苦笑をして、髪が崩れないように気を付けながらぽんぽんと軽く触れるように頭を撫でて去って行った。


「……何か変なことでも言いましたか?」

「いえ、シンシア様はシンシア様のお役目をちゃんとなされただけですわ」

「お役目?」

「はい」


 リムは身を屈ませると、座っているシンシアに視線を合わせた。


「シンシア様は、陛下に癒しをお与えになるためにここにいらっしゃられるのですわ」


 何でも、最近の魔王陛下は大変忙しいらしい。毎日のように仕事を追われ、まともに休むことができていないのだという。


「シンシア様は、ただ陛下のお傍近くいらっしゃられるだけでよいのです。陛下のお傍近くにいて、こうして着飾り、陛下とお話しなさって、お笑いになることが、シンシア様のお役目なのです」


 人間も可愛らしい小動物や可憐な花を愛でることで、和まれることがあられましょう。魔族もまた同じですわ。

 確かにと肯定し、シンシアは改めて鏡の中の自分を見た。まだ16歳の少女の、幼さ残る顔立ち。長命である魔族にとって人間は皆子どものようなものだから、ちょうどいいのかもしれない。オーディンの態度も、女を見るというよりも妹を見る兄のようなものだった。

 どの道体力も魔力も使い果たして弱っている身では何もできないのだ。素直に言われることをきいた方がいい。

 食事をするために再び宙に浮かされて移動しながら考えていたシンシアは、あ、と声を上げる。


「どうされました?」

「……家のことを忘れていました……」




毎日毎日執務で忙しい魔王陛下です。

女の人に興味がないわけでないオーディンですが、

シンシアのことは拾った子猫ぐらいにしか思っていません。

猫好きです、可愛過ぎます、猫の可愛いは最強です。

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