ⅳ.
*6/9 話の都合上、最後の方にエピソードを足しました。
広く高い空。夏のそれよりも爽やかさな風の駆けていく大空を、シンシアは舞っていた。
「なんてよいお天気なのでしょう」
周囲にいた精霊たちが同意を示すように小さな風の渦を作った。解けていく風が露わになっていたうなじを撫でていく。
シンシアは目を細めると、髪を飾る花飾りに手を添えた。落ち着いた紅茶色のドレスとお揃いのそれは、オーディンが見立ててくれたものだ。
不意に駆け抜けて行った悪戯好きな風が攫って行ってしまったのだ。周りに人の目がないことをいいことに、シンシアは宙に浮かび花飾りを追いかけていた。気が付いたら一番高い中央の宮の上にいたシンシアは縁に腰を掛け、息を吐く。
「ですが、後で御咎めを受けるのではないかと思うと、お茶会の前だというのに怖いです……」
オーディンも怖いが、ユリアもリムも怒った時は怖い。怒りが高まるほど人形のように無表情になるか無駄に迫力のある凄絶な笑みを浮かべるのだ。
くすくす。精霊たちはずーんと項垂れるシンシアを取り囲む。
《あらあら。お姫様がそんな顔をしてどうするの?》
《折角の花の顔が台無しだよー?》
「……そうですよね。今日は大切なお茶会の日ですもの」
眼下を見下ろすと、西の宮では最後の準備に追われていた。女官たちは焼きたての菓子を運び出してきてる。色取り取りの菓子はもの静かな秋の花に代わって可愛らしい華やかさを演出している。
また魔力の流れを追うと、続々と招待客が登城してきたようだ。ルノーシェ中から爵位年齢を関わらずに集まった、麗しい令嬢たち。
その中に覚えのある力を見出した。視線を向けると、向こうも気付いたのか鋭い色違いの双眸で見上げて来た。殺意すら滲むそれに、シンシアは端正な美貌に薄い笑みを張り付ける。
「負けませんよ」
* * * * *
結局、中央の宮の上に浮かんでいてリムに見つかってしまったシンシアはこっ酷く怒られてしまった。風に飛ばされた花飾りを取ろうとしてと弁明をしてみたのだが、魔法で風を操るか女官を呼ぶかしろと言われてしまい、ぐうの音も出ない。
とぼとぼと肩を落としながら会場に入る少女に、招待されていた令嬢の1人が気が付いた。
「まあ、どうなさいましたの?」
声をかけた令嬢は、上げられた面差しを見て目を丸くした。今にも零れ落ちそうな程の涙を浮かべた大きな真紅の双眸。潤むその瞳は紅玉のように美しいと思ったが、沈痛とした面差しに加えて哀愁を漂わせる少女にただ事ではないと穏やかに声をかける。
「如何なさいまして、吸血鬼の姫。わたくしでよろしければお話をお聞きしますわ」
シンシアは慌てて目元を拭った。
「い、いえ……ただ……」
叱られてしまっただけなのです……
想わぬ告白に、令嬢は拍子抜けした。何と返したものかと言葉を選ぶ。
「それは、なんと……お辛い、ですわね……」
「花飾りが風に飛ばされてしまって追いかけていただけだと申しますのに……屋根の上に上ることはなりませぬ、と……」
目くじらを立てていたリムの姿を想起し、再び視界が滲む。涙を拭おうとした手は、しかし直前で留められた。
「擦ってしまってはお化粧が崩れてしまいますし、瞼が腫れて赤くなってしまいますわ。折角のお茶会なのですもの。わたくしも貴女も楽しまなくては損ですわ」
「そう、ですね」
尤もな言葉に、シンシアは毅然として貌を上げた。ユリアが自分のためにわざわざ開いてくれたお茶会だ。楽しまなくてどうするのだ。
その時、シンシアは初めてその令嬢の頭部に生える長い耳に気が付いた。白いふわふわの毛に覆われたそれは、まさしくアンゴラウサギの耳。
「……もふもふ」
「触られますか?」
苦笑しながらも令嬢はそう言う。彼女の方が少し背が高いのだが、首を傾げて手の届きやすいようにしてくれる。
シンシアは目を輝かせた。
シンシアの姿が見えない。
護衛として西の庭にいたフラウは舌打ちをしたい心境にかられた。前からやって来る蜜色の髪の魔女の姿を認め、近寄る。
「いた?」
ドレス姿のサンティは首を横に振った。
フラウは舌打ちし、頭を掻こうとして手を止めた。普段の姿は茶会の席では浮くとリムによって薄紅のワンピースを着せられ、髪も弄られたのだ。崩せば怒られる。
「まったく……何処に行ったのよ、シンシア様はぁ」
「この会場にいるというのは判るんだがな……魔力も感じるというのに、具体的な場所がわからない」
様々な種族の令嬢が集まっているためか、魔力が混ざり合っていて誰が何処にいるのかがわからない。手がかりは漆黒の髪と紅茶色のドレスということだけだ。
色取り取りのドレスの集団を見渡し、フラウは泣きそうになった。
「シンシアさまぁ」
「――――何か御用ですか?」
「うわぁっ!?」
不意に背後からかけられた声に、フラウは思わず羽根を展開して飛び上がった。振り返るとシンシアが兎人の子爵令嬢と共に背後に立っている。全く気配がしなかった。
「シンシア様……フラウ、ずっと探してたんですよー?」
「ご、ごめんなさい……」
今やオーディンは彼女のことを飼い猫以上の存在として傍に置いている。彼女に何かあったのならば、首が飛ぶくらいで済まされないかもしれない。悪魔のフラウではどう足掻いても吸血鬼であり魔王であるオーディンに敵うことはないのだ。
フラウに迷惑をかけてしまった。しゅんと項垂れるシンシアを、よしよしと隣の令嬢が撫でる。
あれ? サンティは首を傾げた。
「ナナじゃないか。猫姫殿と知り合いだったのか?」
「いえ、つい先程入口の所でシンシア様とお会いしまして、そのままこちらに参りましたの」
「そうか。連れて来てくれてありがとう」
ふふっと子爵令嬢ナナは微笑んだ。ふわふわの耳が揺れる。
「わたくしの方こそ、陛下がたいそう可愛がられていらっしゃられるというお嬢様にお会いできて嬉しいですわ。本当に可愛らしく、そしてお美しい方で。それに、人間の少女にお会いするのは、これが初めてですしね」
「そりゃそうだろう。人間領との行き来は禁止されているからな」
最近になって漸く、国交の話が出て来たくらいだ。行き来を禁止するクレクス河に結界が張られて、そろそろ2000年という魔族でさえも永い時間が過ぎようとしている。
サンティは声を潜めた。ナナはぴょこんと耳を近付ける。
「なんでも猫姫殿はふわふわの耳の兎人に会いたがっていたらしい」
「まあ」
ナナはフラウに連れられて菓子の積み上げられたテーブルに近付いているシンシアを見た。子どものように無邪気に目を輝かせる少女は、とても王の寵愛を受けるような存在には見えない。
「この茶会はユリア姫が猫姫殿のために開いたものなんだ。最近の猫姫殿は様子がなんだかおかしくてな。ユリア姫がよければ友達になって欲しいとの仰せだよ」
「わたくしなどでよろしければ、幾らでもシンシア様のお友達になりますわ」
穏やかに微笑んで了承するナナに、サンティは頼むと頬を緩ませた。
一応彼女も護衛の任を帯びているため、菓子を頬張る少女を目で追う。彼女に気付いた若い令嬢たちとの会話が和やかに始まり、シンシアは年相応の笑顔で受け答えをしていた。
平和だなぁ。思わず和むサンティのドレスの袖を、ナナは引っ張った。
「なんだ?」
「いえ。以前から少々気になる噂をお聞きしまして」
陛下が可愛らしい子猫の姫君を拾われて、お部屋で飼われていらっしゃられるというお話が出た辺りの頃からですわ。あまりわたくしたちも確かだとは申し上げることはできませんが。
ナナは近くに他の令嬢の姿がないことを確認すると、それでも声を潜めて言った。
「白の猫姫が……裏の者と通じている、というお話ですわ」
* * * * *
「――――ごきげんよう、黒き猫姫」
背後からかけられた声に、令嬢たちと会話していたシンシアは振り返った。途端に眩しい白が視界いっぱいに飛び込んでくる。
「私の名はアンジェ・ソーリス。私……貴女とお話がしたいわ」
彼女はたおやかに微笑んで見せる。
「はい……私も、貴女とお話がしたいです」
金と青の瞳に覗く仄かな闇に、シンシアは端正な面差しに薄く笑みを張り付けた。
アンゴラウサギの令嬢の登場です!
ふわふわした耳に、たおやかに微笑む様が脳裏をよぎって行きました。
優しいおねーさまです。
彼女から見てシンシアは泣いている幼い女の子です。
さて、白の猫姫とは?
できるだけ更新頑張ります!




