ⅳ.
過去のお話です。
* * * * *
死の気配が強まってきた。寝台の上で臥せっていた彼女は漆黒の双眸でここ数年で見慣れた天井を見上げる。
「あー……もう、限界か……」
もう少し……せめてシアが成人するまで、生きていたかったな……
生に執着しているつもりはない。むしろ、誰かのために命を捧げることは素晴らしいことだと思っていた。そもそも歌姫は世界を愛し、2度と過ちを起こさせないために存在するのだ。
ふと自分の手を握る温もりを感じて視線を向けると、まだ若い王が椅子に座って転寝をしていた。
執務を放り出して、このような所で何をしているのやら。愛おしさを覚えつつも、その一方で彼女は呆れた。後で叱らなくては。
初めは、国に実りが戻ったことを見届けて郷に戻るつもりだった。それが何の因果か、若く自分の道に迷っていた王の寵を受け、王の子をこの身に宿した。
嫉妬した側室たちからの嫌がらせで自分も娘も命の危険に曝されていたが、歌姫は薬の知識に長けているため大して苦にはならなかった。王に愛されていたことも大きいだろう。脆く頼りないところもあったが、それでも彼は彼女の王だった。
ただ、と。彼女は息を吐いた。ただ、もうすぐ自分は、この世界から消える。
本当は歌姫の命が毒如きに脅かされる事は殆どないのだが、加護を与えて国を支えたり自分や娘を護ったりと自分の力以上のことに色々手を伸ばしているうちに、毒にさえ耐えられない身体になってしまっていた。ただでさえ王宮内は気を張り詰めるところだというのに。
「そういえば……お姉様方が仰っていらしたわね……国の中枢に関わるのは面倒だって……」
周りに支えある王ならばまだしも、この王には味方がいなかった。彼にとって自分は姉であり、女であり、そして同時に導なのだ。彼は彼女に縋るように依存していった。
自分が消えた時、この脆い王は自分でちゃんと立って生きていけるのだろうか――――?
「何か、お望みはございますか」
まだ幼さ残る高く澄んだ声に彼女は視線を動かした。何時の間にか幼い娘が澄んだ瞳で見つめて来ていた。子どもとは思えぬ大人びた声音に、彼女はくすりと小さく笑う。
「望み、ね……」
これ以上ない程十分幸せな生だったが、折角娘が訊いてくれるのだからお願いを聴いて貰おう。
「では、若き歌姫よ。私のお願い、聴いてくれる?」
おいで。手招くと娘は素直に傍に寄ってきた。可愛い私と王の子。しっかりしたこの子になら、この想いを託すことができる。
「あのね……」
彼女の願いに、娘は眉を顰めた。だが無言で了承してくれる。
彼女は柔らかく微笑むと、王の手を握り返した。
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