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月に捧ぐ恋の調べ  作者: 白毬りりま
Ⅵ.膨らむ蕾
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ⅲ.

In キルト



 人間領でも魔王領寄りのキルトは、アウルレクス程ではないが精霊の加護が厚く、実り豊かな国だ。アウルレクスよりも北にあるため少々涼しい気候で、夏であっても過ごしやすい。

 玉座に就くキルト王エディオは、先程からそわそわと落ち着きなく腕を組んだり、窓の外を見ては謁見の間の扉を見つめたりしていた。王程でなくとも、王妃と王太子も似たような雰囲気であった。

 一方の大臣たちは臥せりがちだった王が久々に血色がよいことに喜ぶ反面、その原因となる魔王の訪問に苦虫を潰したような顔をしている。同席しているアリアーヌもだ。

 何故なら、彼女(・・)がこの城にやって来る。

「――――ルノーシェ国王オーディン・アルヴ・クラディウス・ルノーシェ陛下のご入場です!」

 侍従の言葉に、誰もがはっとして扉を見つめる。

 威風堂々とした様で入場して来たのは、アネディティト大陸の半分を占める魔王領を統治する王。鋭い雰囲気を纏い、精悍な面差しで一同を見据えている。研ぎ澄まされた宵色の双眸の視線に曝され、幾人かは息を呑む。

 そしてその傍ら。宵空色のドレスに身を包んだ少女の姿があった。

 王に寄り添うように立つ彼女の艶やかな黒髪は結い上げられ、耳や首元で銀の飾りが煌いている。類稀な美貌には薄く化粧が施され、彼女の美しさを少しも損なわせずに引き立てていた。人外の美貌を持つ魔族の王と並んでも全くの遜色ない。

 実に絵になる一対に、かつて彼女の存在を嫌悪していた者でさえ、麗しいその姿に溜息を吐く。

 僅かに潤んだ双眸は深い夜空色。懐かしいその色の持ち主を、彼らはたった2人しか知らない。

 愛しい女の面影を宿しつつも美しく育った姿に、王は目頭が熱くなるのを感じた。

「シンシア……!」

 名を呼ばれたシンシアはちょっと困惑気味に、小首を傾げた。窺うようにオーディンを一瞥すると、ドレスの裾を摘まんで淑女の礼を取ってエディオにはにかんで見せる。

 最後に見た時にはまだまだ幼かった愛娘が、成長して目の前に立っている。

「こんなにも大きくなって……っ!」

「陛下!?」

 目元を押さえる王の姿に、場は騒然となった。


 王が感極まって泣き出しそうになったことを除いて、挨拶はつつがなく終わった。

 謁見の間から場を移して、オーディンとシンシアはエディオたちと共に王の私室にいた。

「――――お父様っ!」

 笑顔で駆けて来る少女を、エディオは抱き締めた。シンシアもぎゅっと父を抱き締める。

「達者であったか?」

「はい!」

「そうか!」

 10年近く振りの父娘の再会に、王妃は袂で目元を押さえ、シンシアの世話をしていた侍女たちは密かに鼻を啜る。口喧しい大臣も、嫉妬深い側室たちもいない今、2人を邪魔する者はいない。

 エディオはすぐ目の前にある娘の顔を見つめた。

 父親らしいことなど、殆どしてやれなかった。愛した女を護ることもできずに失い、娘は自分の許から離れて行った。

 その娘が今、この手の中にいる。これ以上の幸せを、エディオは知らない。

 娘の漆黒の双眸を覗き込んでいた彼は、そう言えばと口を開いた。

「カルティスが、シアは吸血鬼になっていたと申していたんだが……」

 吸血鬼の瞳は深い鮮血色とされている。だがシンシアの瞳は何処までも深い闇の色だ。行方不明だった娘が魔族になっているということが信じられないでいたエディオは、カルティスの報告は勘違いかと思ったが――――

「いえ。今の私は吸血鬼です」

 瞬間、シンシアの瞳が紅く染まる。にいっと可憐な薄紅の唇から除く鋭い犬歯に、エディオは我が目を疑った。

「ほ、本当に吸血鬼になってしまっていたのか!?」

「本当です。ですよね、オーディン」

 エディオは先程から無言で父娘を見守っていた魔族の王を見た。オーディンはシンシアの父親に軽く会釈をする。

「彼が私を眷属にしてくださったのです」

「ま、まさか、攫われて無理やりということや、変なことなどをされていたりは……」

「……いえ、どちらかと言うと死にかけていたところを拾って頂いて、私を生き永らえさせるために眷属にしてくださったのです」

 変なことはされていない筈だ。オーディンにある程度女であるということを前提に見て貰えるようになったものの、相変わらずに眠り歌を歌う抱き枕状態だし、リムには着せ替え人形のようにされているが、それくらいである。そう言えば、一度サンティに猫の耳と尻尾の生える薬を呑まされたことがあったが、大したことではなかった。

 遠い目をするシンシアに、何を思ったのか、エディオは躊躇いがちに言った。

「……なあ、キルトに戻っては来ないか?」

 ちらっとオーディンを気にしながら言うエディオに、シンシアは目を瞬かせた。

「メティスは正式に私の側室であったわけではなかったが、お前はキルトの王女――――私の娘だ。周りが何と言おうと、それは変わりない」

 彼女がいつ戻ってもよいように、彼は彼女たちの部屋を掃除させてそのままに維持させていた。

「お前にとってこの城は、あまりいい想いはないかもしれない。ここはメティスが息を引き取った城で、お前を傷付けた者が数多いる。今でもお前のことを好く思っていない者もいるだろう」

 だがエディオは、折角再会できた娘を手放したくはなかった。

 娘を想う父の言葉だということがわかるオーディンだが、シンシアを己が手のうちから取り上げようと考えている彼の言葉に柳眉を顰めた。剣呑な表情をする魔族の王に畏怖しながらも、エディオはすがるような眼差しでシンシアを見つめる。

 シンシアは少し何かを考えるような素振りを見せた。エディオとオーディン、そして王妃の姿を確認するように見渡すと、淡く微笑んで父を見返す。

「お願いがございます、お父様」

「なんだ? 幾らでも叶えてやろう」

 いいえ。シンシアは首を横に振った。

「私が叶えて頂きたい願いは1つだけ」

 夜闇色の瞳が切なげに細められる。

「私と共にいらして頂きたい場所がございます。ご一緒してはくださいませんか?」

 愛する娘の言葉だ。エディオは逡巡することもなく頷いた。




娘に無茶苦茶甘い王様エディオです。

絶対(シンシア)を嫁に出しそうにないな……


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