ⅵ.
流血表現と、暴力表現があります。
拙い表現ですが、苦手な方はお気を付け下さい。
燃え盛る焔により、辺りが白く染まっている。
敵だけに襲い掛かる焔のため、2人は熱さを感じない。焔は2人を護るように広がり、敵の襲撃を防いでいる。
「御身は必ずやルノーシェ王の許にお返しします。城の様子をお教え頂けませんか?」
フレイはルノーシェ城を知らないため、護りの結界とも相まって城内に転移することはできない。だがシンシアはルノーシェに来て城から出たことがないため、安全のことも考えてできるだけ城の近くに転移したい。
シンシアは己の首に嵌っているチョーカーを示した。銀の鈴を示すと、フレイは貌を顰める。
「先程から思っていたのですが、何ですかそれは」
「首輪です。飼い主の許に繋がっていますので、早く路を開くことができるやもしれません」
「……そうですか」
首輪と言う言葉にフレイは渋面になったが、銀の鈴に手を伸ばした。護りがあるとはいえ、ここは絶対に安全とは限らない。
ばちりっ!
「っ!?」
鈴から迸った紅い閃光によって弾かれた指先を押さえ、フレイは吃驚の眼差しを鈴に向けた。シンシアも目を丸くする。
「……オーディン、怒って、いるのかな……?」
「それで、魔力がこちらに漏れ出ていると……?」
「……恐らく」
「…………」
「………………」
「……では、ルノーシェ城に意識を広げて、その鈴と同じ魔力の持ち主を追ってみますね。少々時間がかかりますが」
「……お願いします」
フレイは漆黒の双眸を閉ざした。彼の意識の網を広げる様が感じ取れる。
その間、シンシアはすることがない。手足は相変わらず拘束されたままで動くことができない。薄いワンピース1枚なので、今が寒い冬でなくてよかったとしみじみと思った。
ふと……シンシアは焔の揺らぎを感じた。見ると、精霊の護りの一部が崩されようとしている。
「フレイ、出て来い! 歌姫を寄越せっ!」
怒号に飛んでくる怒号と、白い焔を受けて鈍く煌く刃。
歌姫は神の末裔。神の力を手に入れんと男たちは焔に灼かれながらも迫ってくる。
シンシアは手を組んで目を閉じた。上手く魔力を動かすことはできないが、時間稼ぎくらいはできる筈だ。
「お願い。もう少し保って……」
彼女の望みに応え、焔は迫って来ていた男たちを押し返した。悲鳴を上げながら彼らが下がっていく様に安堵の息を吐いたシンシアは――――
「え……?」
頬を掠って行った鈍色の刃に、漆黒の髪が幾筋か散っていった。頬に熱が走る。そして。
「が、ぁっ……!」
振り返った先。胸を押さえて身体を折るフレイ。漆黒の衣装から生えている鈍色。
地面を濡らす――――紅い、血。
「っやああああああああっ!」
シンシアはフレイに縋り付いた。どくどくと流れ出ている血に汚れることも厭わず、止血しようと傷口に手を伸ばす。
「精霊よ! 我が眷属よ! どうか彼を助けて!」
悲痛な声を上げて、シンシアは精霊たちに呼び掛けた。だがその言葉は途中で途切れる。
「ったく。面倒を掛けるな!」
「っ!?」
使役者であるフレイが倒れたことにより、護りの焔は消えてしまっていた。苛立ちげに煤を被った男に、シンシアは担ぎ上げられる。
「協力者かと思えば、俺らを裏切りやがって!」
男のひとりが倒れているフレイを感情のままに蹴り上げた。肺を傷付けているのか、色を失った唇から鮮血が溢れ出す。
「やめて! 彼を傷付けないで!」
身を捩って懇願するが、男は嗤うだけだ。シンシアは夜闇色の双眸で男を睨みつける。
「慈愛と安らぎを司る夜姫の前で、血を流させると言うのですか!?」
「幾ら末裔であっても、あいつは歌姫誘拐に手を貸した1人なんだぞ? 助ける必要が何処にある?」
「たとえ、そうであろうとも……!」
出会ってからまだ1日も経ってはいないが、彼は大切な眷属なのだ。初めて見えた、同じ夜姫の末裔。それに、彼は歌姫に警告するためにわざと彼らに手を貸したのだ。最初は警戒を抱いていたシンシアでも、彼を恨む気持ちなど何処にも持ってない。
「フレイ! 目を覚ましなさい! 歌姫の闇に囚われない自由な命を、貴方は貴方の命を紡ぐの! だから――――」
「いい加減に黙れ!」
「っ……!」
焦れた男が叫んでいたシンシアを地面に投げつけた。フレイに暴行を加えていた男たちはさすがに非難の眼差しを仲間に向けたが、彼は意に介さない。
「歌姫は生きてさえいればどうにでもなる! 薬でも盛って黙らせろ!」
生きてさえいれば神の力が手に入る。
心無い男の言葉に、シンシアは目を瞠った。漆黒の双眸から、大粒の銀の雫が零れ落ちる。
「……そのような偽りなど、私は欲しくはない」
薔薇色の唇が、薄く開かれる。同時に彼女の手足を拘束していた鎖が砕け散った。
男たちは砕け散った鎖を驚愕の眼差しで見つめる。魔術師の力を完全に封じ込めるそれは、確かにシンシアの力を封じ込めていた筈だった。太い鎖はそれだけでも華奢な彼女の動きを奪っていた。
多量の出血と足蹴にされたことによる痛みによって朦朧とする意識の中、フレイはぼんやりと視線を向ける。
「シンシア姫……?」
ふらりと。シンシアは頼りなさげに立ち上がった。
「――――ねえ もしも願いが叶うのなら」
紡がれる旋律。彼女は何処までも澄んだ漆黒の双眸で空を見上げる。
何時の間にか昇っていた金の月を見上げ、愛おしげに白い手を伸ばした。白い頬に幾筋もの雫が伝う。
風が不自然に凪ぎ、大気が歓喜に震えた。
「ずっと あなたの傍にいたい」
華奢な彼女の四肢から、歌が響き渡った。
* * * * *
シンシアの許に向かっていたオーディンたちは、突如として消えた焔に焦燥を募らせた。一時は強まった焔は、エルディアナ曰くシンシアと傍にいるであろう眷属を護るためのものだという。だが焔は跡形もなく消え去り、精霊たちの気配もなくなってしまっていた。
一度行方が知れなかったシンシアの首に煌く鈴に何者かが触れた形跡があった。
何事がなければそれでいい。だが、もしも何かあったのなら。
宵色の双眸が紅く染まる。
空を舞って現場に辿り着いた一同の耳に、澄んだ歌声が届いた。
ねえ もしも願いが叶うのなら
ずっと あなたの傍にいたい
廻りゆく時の流れで
あなたに出逢えたことは奇跡のようで
あなたは凍っていた私を癒したの
聞き慣れた高い声に視線を向けると、漆黒の髪の少女が歌っていた。
目を閉じて、胸に手を当てて。彼女は透き通った調べを紡いでいる。
その傍らに、呆然と座り込んでいる漆黒の髪の青年の姿があった。エルディアナは彼の姿を認めるなり目を見開く。
「フレイ!?」
「エルディアナ姫……」
「なんで貴方がここにいるの?」
「そういう貴女こそ」
フレイと呼ばれた青年の纏う衣装はぼろぼろになっていた。特に胸元は裂けて白い肌が覗いている。剣で裂いたような衣装と濃い鉄の匂いに怪我があるかのように思っていたオーディンは、何もない白い肌に訝しんだ。エルディアナが固い面持ちで見つめている。
「……シアが、治したのね?」
確信の込められた声音に、フレイは頷く。
刺されたところも、男たちに蹴られたところも、痣ひとつなく何事もなかったかのように元通りになっていた。痛みさえもなくなっている。
その場の誰もが息をすることさえ忘れて彼女に魅入った。
澄んだ歌声は、ひたすらに純粋な想い紡いでいる。
「……とても、哀しい歌ね」
エルディアナが独り言のように呟いた。オーディンは少女の歌に耳を傾ける。
哀しい。淋しい。
心が締め付けられるかのように切ない。けれども、たとえようもなく愛おしい。
彼女の心そのものの、歌。
静かに歌うシンシア。浮世離れした雰囲気を纏う彼女の青白い頬には、いくつもの涙の跡がある。
「シア」
呼びかけると、旋律はふつりと止んだ。閉じられていた白い瞼が震える。
「……オーディン」
覗いだ漆黒の双眸は、様々な感情を孕んで揺らぎながら見つめ返してくる。色を失って感情の見えない端正な美貌の中、オーディンの目には瞳だけが鮮明に映った。
「哀しいの」
ぽつりと、少女は呟いた。
「哀しいの。どうして、誰かを傷付けたりするの? どうして、共にあろうとしないの? 争いも諍いも、ただ哀しみを招くだけ。誰も、哀しみなど望んではいないのに」
オーディンは虚を突かれた。彼女の言葉を何度の心の中で反復し、噛み砕く。
彼女が言っていることは、今回の件も含め、人である者とそうでない者――――この世界の在り方全てを意味している。
人と魔族は共にあれないのか。それは彼も抱いていた疑問だ。
「そう、だな……何故、俺たちは……誰かを傷付けてしまったり、共にあることができなかったりするんだろうな……」
シンシアは目を瞬かせた。小首を傾げて見せる。
「できないのではないの。2000年もの時があったというのに、貴方たちは歩み寄らなかった。ただそれだけ」
夜闇色の双眸が閉ざさられる。薔薇色の唇が笑みの形を描いた。
「本当は、貴方たちは同じなのよ」
その言葉を最後に、華奢な四肢から力が抜けた。傾いだ身体を、オーディンは抱き留める。
1日以上振りに触れた小さな身体は、氷のように冷たかった。
暴力表現が難しい……
生々しいのなんて書きたくもないのですが、
表現力が乏しいのは………………むぅー。




