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月に捧ぐ恋の調べ  作者: 白毬りりま
Ⅳ.目覚めるもの
31/65

ⅸ.

*5/2 改行入れてみました。



 室内の空気が張り詰めて息苦しい。


「……何時までここにいるつもりですの?」


 重苦しい空気に我慢のならなくなったアリアーヌは壁にもたれているエルディアナに毒づいた。腕を組んで仏頂面になっていたエルディアナは凄味を利かせた美貌で睨み付けてくる。


「私だってこんなところにいたくはないわよ。むしろ今すぐにでも貴方たちを締め上げて帰りたい気分」


 だがそんなことをすればシンシアが哀しむ。

 それに彼女はこの部屋とシンシアたちのいる森とを繋ぐ役割がある。魔術師は基本、自分の知らない場所には行けない。1度でも足を運んだことがあるのなら話は別だが、それがこの世界の理である。ただし、術者の馴染みがある者がその場所にいたのならば、その魔力を追って空間を繋げることができる。宮廷の魔術師でもそうそうできることではないが。

 エルディアナの言葉に色めき立つ護衛たちを手を掲げて抑え、カルティスは仏頂面の美貌を見上げる。


「君は、シアの眷属なのか?」

「応える義理はないわ」


 素っ気ない反応に、カルティスは困惑げに顔を歪める。

 ふと――――エルディアナは貌を上げた。同時に室内に清冽な風が吹き抜ける。何もない空間が波紋を描く水面の如く揺らぎ、僅かに湿った土の匂いがした。小鳥の囀りと共に、2つの影が現れる。

 オーディンに手を引かれて、シンシアは室内に足を着ける。

 シンシアは1度郷に戻って着替えて来ていた。以前オーディンが作らせた深い蒼のドレスを纏い、銀の飾りを髪に着けている。透き通った真紅の双眸で室内を見渡し、エルディアナの姿を捕えるとふわりと微笑む。


「ありがとう、エル」

「どういたしまして」


 洗練された騎士の仕草でエルディアナは一礼して見せると、にっと笑みを浮かべた。


「じゃ、私は帰るわね。そこの2人を締め上げられないのが残念だけど」

「やめてください。これから人間領と国交を行いたいと考えていますので」

「わかってるわよ。ルノーシェの王もまたね。シアを泣かせたら殺しに行くから」

「了承した」


 彼女がどれ程の腕を持つ魔術師なのかは知れないが、本当に殺しに来そうだ。エルディアナは肩を竦めると身を翻す。すると空に溶け入るようにして彼女の姿が消えた。


「さて」


 シンシアは言葉を失くしている兄と姉に視線をやった。真紅の双眸を向けられ、カルティスは僅かに期待を持った表情を浮かべ、アリアーヌは忌々しげに睨みつけてくる。


「キルトの殿下方。お騒がせ致しましたこと、心よりお詫び申し上げます」


 そう言ってシンシアは優雅に一礼する。他人行儀な仕草に、カルティスは顔を曇らせた。


「殿下だなんて……以前のように兄と呼んではくれないのかい?」

「私は吸血鬼シンシアです。ルノーシェ王オーディンに仕える者。城を出たあの日から、私はキルトの者ではありませんので」


 やんわりと拒否するシンシアは紅い双眸を細める。カルティスは顔を強張らせる。


「だがお前はまだ子どもだ」

「保護者が必要であると仰られるのならば、その心配はございません。飼い主がいますので」


 シンシアの白い手がオーディンの腕に添えられた。オーディンは微笑を浮かべて自身の胸元までしかない頭を撫でる。仲睦まじげな2人の姿に、カルティスは呆然とした。

 母親の陰に隠れているだけの、小さくて幼かった妹。母親が死んで王妃であるカルティスの母に引き取られてからは、彼にとって彼女は護るべき存在だった。兄妹の誰よりも父王に愛されていた少女。今でも王である父は彼女のことを愛している。

 けれども、いつのまにか妹は人間ではなくなっていて。


「……それでも」


 遠く離れてしまっていて。伸ばした手は届かなくて。


「それでも……偶には、帰って来てくれないか……?」


 アリアーヌが目を見開いて兄を凝視するが、カルティスは構わなかった。護衛たちは息を殺して主人たちの様子を窺う。

 シンシアはにっこりと満面の笑みを浮かべた。


「ならば、ルノーシェと仲良くしてくださいね」


 思わず彼女の笑顔に見惚れていたカルティスは言葉の意味を察し――――乾いた笑い声を漏らす。


「わかった……仲良くしよう」


 仲良くしなくては――――ルノーシェとキルトが国交をなさなければ、彼女はキルトに来ることができない。

 カルティスはオーディンを見上げた。

「キルトはルノーシェと国交を開きましょう。王も了承して下さると思います」


 オーディンとシンシアは貌を見合わせた。少女の貌が緩む。


「その代わり、近い内にシアをキルトに寄越してください。それが条件です」

「わかった。その条件を呑もう」


 それくらいならとシンシアも頷く。そんなシンシアに、カルティスは穏やかな微笑を見せる。


「そのまま永住してもいいんだよ、シア」

「お兄様っ!?」

「いえ、幾らなんでもそれはお断りします。私はオーディンの飼い猫ですので」

「そうですわ! シンシアはキルトの王女ではありませんのよ!」


 妹2人に責められ、カルティスは微妙な顔をする。

 オーディンは息を吐いた。


「とにかく、キルトはルノーシェと国交を開くという方向でいいんだな?」

「はい。でないと、シアに会えませんので」

「どちらにせよ、シアは返さないが」


 オーディンの言葉にカルティスは剣呑に琥珀の瞳を細めた。シンシアはぞくりっと背中を粟立たせる。


「で、では、私たちはもうそろそろお暇致しましょう」


 シンシアはオーディンを半ば引き摺るようにしてキルトの客室を退出した。




 ルノーシェの客室に戻りながら、シンシアはぽつりと漏らした。


「カルティス王太子は罪悪感などを持たれなくとも好いのです。私のことなど忘れ、立派な王になって頂きたいのです」


 キルト王も。母はただ、彼が善き王となり、周りの者たちと共に国を治めていくことを望んでいただけなのだ。


「アリアーヌ姫のお言葉の方が、余程好ましいです」


 仇を見るかのような目でシンシアを睨みつけていたアリアーヌ。

 彼女の母親は側室で、王の寵愛を受けたシンシアの母親を憎悪していた。そんな母を見ていたアリアーヌは、同じように複数いる子どもの中でたった1人愛されていたシンシアを嫌悪していた。


『どうしてお前はお父様に愛して貰えるの!? 不義の子どもの癖に!』


 どうして、お父様はわたくしを愛してくれないの……っ!?

 どれ程時が立とうとも、悲痛な声を覚えている。毅然としながらも、泣きそうに歪められた顔を、零れそうな雫を、シンシアは覚えている。

 確かに母は側室として正式に後宮に迎えられたわけではなかった。愛人としていることを、彼女が望んだのだ。


「そう言えば、何故エルディアナはあれ程キルトの王族を嫌っているんだ?」

「エルはもともと、あまり王族が好きではないのだそうです。貴族に対してもあのような態度を取りますよ。私も最初は嫌われていました」


 共にいる内に次第に仲良くなったのだ。


「オーディン様ぁ! 蕾姫ぇ!」


 前方からユリアが走ってきた。その後ろにエレクシヤの姿もある。


「シア!」

「お騒がせして申し訳ございません」


 頭を垂れるシンシアに、ユリアが笑い飛ばした。


「ちゃんと戻っていらしたのだからよいのですわぁ」


 ぎゅっと抱き締められ、シンシアは目を閉じる。

 私、今幸せだな…… 痛切に、そう思った。




時々エレクシヤを忘れそうになります……

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