ⅷ.
*5/2 改行入れてみました。
涼やかな風が吹き抜け、時折鳥の囀りが聴こえる。
殆ど人の手の入っていない森には大木が目立った。シンシアとオーディンは近くの樹の根に腰掛けて向かい合う。シンシアは見えない壁の向こうで、だが。
「飼い猫の癖に無断で出かけるな。せめて行先を告げろ」
「う……善処致します」
「精神魔法をかけられたのはこれで2回目だ」
「今回は睡眠薬を持っていなかったので……そもそも貴方に薬は効くのですか?」
「お前以外に俺に薬を盛る奴はいなかったから知らない。というか、毎晩歌っていたのはやはりお前か」
「あらあら。熟睡なさっていらしたと思っていましたのに……聴いていらしたのですか?」
「偶に」
他愛のない会話は和やかに紡がれる。頬が緩むのを感じる。こんなにも穏やかな気持ちは一体いつ以来だろう。
シンシアは手首で煌く銀の腕輪を指先で撫でる。
「……カルティス殿下には何処までお聴きしましたか?」
「お前が実は15の未成年だったというところまでだな」
まだ子猫だったんだな。澄ました顔で腕を組むと、くすくすと小さな笑い声が薔薇色の唇から洩れた。シンシアは何処か困ったように小首を傾げた。
「詐称していた訳ではありません。ただ、キルトを出てからはずっと数え歳でいたので……」
誕生日という概念も忘れてしまっていました。生まれた日がいつであるのかは覚えていても、気にすることはなかったのだ。郷では年が変わる毎に無事1年を終えられたことを喜び、新たに迎える年が何事もなく過ごせるように祈る。その時にシンシアは成人の儀を済ませてしまっていた。
「まあ1歳程しか変わらないしな」
永い寿命を持つ吸血鬼であるオーディンにとって1年はほんの一瞬、大した時間ではない。眷属となった彼女にも、いずれそのように思う時が来るのだろう。
改めて向かい合ったシンシアは、浮世離れした美しさを備えている。波打つ漆黒の髪は背に流され、僅かな木漏れ日で煌きながら地面に着いている。類稀な美貌は酷く大人びていて、とても15歳には見えない。見慣れない清楚な白いドレスが、より一層シンシアを作り物めいて見せた。
「確かに、私はキルト王の第2王女……カルティス殿下とアリアーヌ殿下の異母妹でした」
魔術師であっても元は旅の歌い手であった母のことを、城の者たちは快く思っていなかった。突然現れて王の寵愛を一身に受けた彼女のことを疎い、嫌がらせを繰り返していた。彼女の許に動物の死骸を送りつけたり、彼女の持ち物を隠したり壊したりもしていた。
毒を盛られたことも1度や2度ではない。幼いシンシアも何度か毒を盛られて生死の狭間を彷徨ったことがある。
母がいる内はまだよかった。強力な魔術師であり、薬の知識に通じていた母はシンシアを護ってくれた。だが母を失ったシンシアは、幾らか知識を受け継いでいてもまだ幼い子ども。いくら父が国の王であっても、シンシアの命は脅かされた。
「王妃様は他の方々とは違って、母を亡くした私を憐れみ、引き取って下さいました。カルティス殿下を同じように私を育て、愛して下さった……」
けれども私は、どうしてもそこにいることはできなかった。王は私を愛しても、王妃を愛することはなくて。誰もいないふとした空白の時間にひとり静かに涙しているのに、微笑みながらも王を愛おしげに見つめる王妃の姿を見ることが辛かった。
シンシアは貌を伏せる。漆黒の髪がその貌を隠し、表情が窺い知れない。
「私はキルトを出て母の故郷であるルミペトルで育てられ、ただの薬師として生計を立てて参りました。そして今の私は貴方の眷属であり、飼い猫です。キルトに戻ることは、これから先、あることはないでしょう」
「そうか」
頷きを返し、オーディンは気になっていたことを尋ねる。
「で、お前はどうする? まだ暫くルミペトルとやらにいるのか?」
魔族の王であるオーディンだが、さすがに目の前に広がる結界を破ることはできない。どうやら精霊の手を借りているようで、本気で破ろうと思えばできるが、その時にこの森が残っているかどうか限りなく怪しい。
シンシアは緩やかに首を横に振った。澄んだ夜空色の瞳が潤む。
「いいえ。貴方の許に帰ります――――だって、まだまだ貴方にお話ししたいことがあるのですもの」
キルトの王女であったことはシンシアの真実の1つに過ぎない。オーディンに話していない真実はまだまだ残っていて、今は話せなくともいつの日にか彼に聴いて貰いたいのだ。
「聴いて、くださるのでしょう……?」
微笑むシンシアの漆黒の双眸は、縋るような不安と、無垢な希望に揺らいでいた。オーディンは泣き顔に似た微笑みを浮かべるシンシアに手を差し出す。
「ああ」
くしゃりと貌を歪め、シンシアは見えない壁を越えた。差し出した手に縋り付く華奢な四肢を抱き寄せると、仄かな花の香りが鼻腔をくすぐる。柔らかな身体がぎゅっとしがみ付いて来た。
「お帰り、シア」
気が付いたらそう言っていた。普段ならば部屋に戻った彼にシンシアがかける言葉。どうやら自分にとって、彼女がいることが大分当たり前になっていたようだ。オーディンは密やかに苦笑した。
「ただいま戻りました、オーディン」
頬を薔薇色に染めて、少女は大輪の花のように綻んだ。
とりあえず、シンシアの秘密の1つが語られました。
ちょっと2人が近付けたかな?
精霊はピンキリですが、ピンあたりがオーディンと本気で戦闘した場合、
国1つ消えるかな? ぐらいだと思っていただけたらと思います。




