ⅶ.
*5/2 改行入れてみました。
人間領との和平のため、オーディンはルノーシェと隣り合う国との会談が行った。会談にはアウルレクスのエレクシヤ以外にも、他国の王族も参加し、その中にはキルトの王太子の姿もあった。
会談が終わるや否や、彼はオーディンの許にやってきた。
「キルト王太子のカルティスです。ルノーシェの王よ、貴方のお連れの少女のことについて、少し、時間を頂けますか?」
魔族の王と面と向かって対峙する青年に、オーディンは姿勢を正した。背後にある護衛の気配が揺らぐ。
「俺は構わない」
「でしたら、こちらの客室に来て頂きたい」
「わかった」
案内された部屋ではキルトの護衛の者が魔族であるオーディンに警戒を見せたが、彼は構わずに勧められた椅子に座る。部屋にいたアリアーヌは出かけようとしていたようだが、オーディンの姿を見ていそいそと兄の横に収まった。
出された茶は心なしか渋かった。内心で憮然としながら、オーディンはどう切り出したものか言い淀むカルティスを見やる。
「……シンシアが、いると聞きました」
アリアーヌが痺れを切らして口を開こうとした頃に、漸くカルティスはそう言った。茶に映る己の姿を見つめ、言葉を探す。
「ディーと名乗っていたようですが確かにシンシアであったと、妹から聞きました」
カルティスの横に座るアリアーヌが得意げに笑みを深める。艶やかなその姿は美しいと評されるものであろうが、何処か媚びるようなそれをオーディンはどうしても好きになれなかった。
「シンシアは……私たちの妹なんです」
カルティスの口にした内容に、オーディンは僅かに目を瞠る。
彼は少し癖のある赤味の強い金髪に琥珀色の瞳をしている。妹のアリアーヌは黄金の髪に濃い琥珀の瞳。漆黒の髪と瞳を持つシンシアとはとても似ていなかった。
オーディンの疑問を感じ取ったのだろう。カルティスは苦笑して見せる。
「と言っても、腹違いの兄妹になりますが。私は正妃の子ですが、アリアーヌとシンシアは側室の子でありますから」
何処か懐かしむようにカルティスは琥珀の双眸を細める。
「あの子の母親は旅の歌い手でした。魔術師としての腕の高かった彼女は、ある日突然城に現れました」
その頃はまだカルティスは物心ついていない幼子で、何があったのかはよくは知らない。当時、城は貴族たちの権力争いにより殺伐としていて、政は正常に機能していなかった。けれどもそのようななかで、突如現れた歌う魔術師は周りの思惑を意に介すことなく、混沌とした政治を取り仕切り、王を善政へと導いた。
若くも美しく賢い歌い手の娘に、王は魅了された。彼女は後宮に一室を与えられ、王の寵を受けた。王は他の娘に見向きもしなくなり、やがて彼女は1人の子どもを産み落とした。
それが、シンシアだった。
王は歌い手の娘とシンシアをことのほか溺愛したが、娘はシンシアが幼い頃に身体を悪くして臥せってしまい、そのまま身罷ってしまった。母がいないことを憐れんだ王妃に引き取られたシンシアだが、彼女は7つになる前に何も言わずに姿を消した。
突如姿を消した王女に、王に最も愛されている彼女のことが気に入らなかった者たちは心無い陰口を囁いた。王は最愛の女性と娘を失い、気落ちしてすっかり弱ってしまっていた。
「できれば、私は彼女を王女としてキルトに連れ帰りたいと思っています」
カルティスの言葉に、オーディンとアリアーヌは自分の耳を疑った。
「わ、わたくしはあの娘を連れ帰ることに反対ですわ! あんな不義の娘を……!」
高い声で喚くアリアーヌを煩わしいと思いながらも、オーディンはカルティスを半眼で睨みつける。
「俺がシアを手放すとでも?」
「彼女はまだ成人すらしていません。保護の責任は私たちにあります。今からでもキルトで王女として――――」
「あれは成人しているだろう。16だと言っていた」
成人しているなら、自分のことぐらい自分でできるだろう。カルティスたちに保護して貰う必要はない。するとカルティスは苦笑した。
「彼女たちは満年齢でなく、数えで歳を数えるのです。シンシアはまだ15歳。次の誕生日で晴れて成人です」
「――――部外者の癖に喋り過ぎよ」
「っ!?」
カルティスの首筋に添えられた、鋭い剣先。いつのまに現れたのか、金の髪を結い上げたエルディアナが機動性を重視した漆黒の衣装に身を包んで立っていた。長剣の先をカルティスの首筋に当てて、睨み付けている。
「やっぱりさっさと殺しておけばよかったわ。目障りだし、代わりはいるのだから」
「君は……」
「発言を許可した覚えはないわよ?」
冷酷に言い放ち、エルディアナはオーディンを見下ろした。
「訊くならあの子に訊けって言ったのに」
「向こうが勝手に喋り出した」
「…………やっぱ殺す」
殺気を漂わせるエルディアナに、カルティスは顔を強張らせる。
「真実を語ることができるのはあの子だけよ。部外者が知ったような口を利かないで」
「ぶ、無礼者っ! キルト王族であるわたくしたちを、愚弄する気ですの!?」
怒りに顔を真っ赤に染め上げて肩を震わせるアリアーヌに、エルディアナはふっと挑発的な視線を向ける。
「たかがキルトの王族でしょ? 私たちの足元にも及ばないわ」
「なっ!?」
アリアーヌは言い返そうと口を開くが、エルディアナは興が失せたように視線を逸らす。鋭い翠の瞳は、そのままオーディンに向けられた。
「シアのお願いを叶えるために私はここに来たの。あの子のお願い、叶えてあげてくれる?」
「お願い?」
《――――オーディン》
頭に直接届く声。貌を上げると、目の前に白銀の光を纏ってシンシアが現れた。身体が半分透き通った彼女は、淡く微笑んでいる。
《こちらに、いらして頂けますか?》
キルトの者たちは吃驚の眼差しで宙に浮かぶシンシアを凝視している。カルティスは焦がれるように手を伸ばすが、シンシアは見向きもしない。
「ああ。連れて行ってくれ」
手を差し出すと、透き通った手が重ねられる。
白銀の光が視界を覆い――――次の瞬間、オーディンは緑に囲まれて立っていた。
知らない森の中だ。清冽な空気が満ち、精霊の気配を身近に感じる。
オーディンの立っているところから少し離れたところに、見慣れない白いドレスを纏ったシンシアが立っていた。近寄ろうとし、オーディンは目の前にある見えない壁に気付いた。
「申し訳ございません。そこより先は、里の者以外の立ち入りができないのです」
1日振りに聞く澄んだ声が耳に心地よい。小柄なシンシアは壁の前まで来ると見上げてきた。
「いきなりいなくなってしまってごめんなさい。1つお願いがあって、貴方をお呼び致しました」
「お願い?」
「私と、お話をしてくださいませんか?」
少女の他愛もないお願いを叶えるために、オーディンは頷いた。
実は王女様なシンシアなのです。
カルティスは優しげ? 気弱げ? な王太子様です。
うーん……美人さんが一番しっくりくるかな……?
彼にとってシンシアは可愛い妹です。
他の王族はそうでもない、むしろ嫌ってるのですが。




