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*5/2 改行入れてみました。
部屋に差し込む白い光。朝を告げるその光に促されるように目を開けると、見慣れない天井が広がった。
「…………」
なんだか今朝は肌寒い。小さな温もりを求めて手を伸ばしたオーディンは、傍らにいる筈の少女がいないことに気付いた。
「……シア?」
寝返りを打って横を見やる。白いシーツの上には、銀の鈴が付いた、深紅のチョーカーがあった。
「シアがいなくなったって本当ですか!?」
エレクシヤがルノーシェの者の客室に飛び込んだとき、室内には重苦しい空気が立ち込めていた。ソファに座るユリアは不安げに貌を曇らせ、オーディンは抜身の剣のように鋭い空気を漂わせていた。護衛の者たちは硬い面持ちで主君を見つめている。
思わず息を呑むと、気付いたオーディンが張り詰めていた空気を緩めた。
「済まない。気が回らなかった」
「いえ……それよりも、シアは……」
一同の視線の先、テーブルの上に、紅いチョーカーが置かれていた。銀の鈴の付いたそれは、確かシンシアの付けていたものだ。
「これ……」
「もしもの時に備えて探査と守護をかけていたものだ。シアはこれを自力で外せない筈だ。が……」
これだけ残ってシンシアの姿だけがない。眷属であるシンシアがオーディンの魔法を解くことなど、できない筈なのだ。先程から彼女の魔力を追えないかと気を張り巡らせていたのだが、欠片も見当たらない。
「――――ちょっと貴方たち、何をしているの!?」
突然室内に響き渡った声に貌を上げると、音も無く目の前に見慣れない意匠の白いドレスを纏った少女が現れた。
金の髪に翠の瞳。エレクシヤと同じ彩を持つ少女エルディアナは、空中に浮び上がると腰に手を当てて見下ろしてくる。気を張り詰めていたユリアや護衛の者は殺気立ったが、オーディンは片手を翳して留める。
「何をしている、とは?」
「シアが郷に帰って来たのよ。何があったのか訊いても、部屋に籠って何ひとつ応えやしない。何をしたらあの子があんなにも気を塞ぐようになるというの?」
憤ちのため彼女の頬は薔薇色に染まってしまっている。
「どうやって入ってきたんだ?」
アウルレクスには簡単に城内に入れないように結界が張られている。城内限定での転移はできるが、出入りはできない筈なのだ。
「そんなこと、今はどうでもよいでしょっ!?」
噛み付くように怒鳴られ、エレクシヤは肩を竦める。怒りで翠の双眸を爛々と煌かせるエルディアナに、オーディンは思考を巡らせる。
「シアはお前たちの郷にいるのか?」
「そうよ」
「連れて行ってくれないか?」
「嫌よ」
間髪入れず、エルディアナは言い放った。目を眇める魔族の王を、エルディアナは真正面から睨みつける。
「嫌という以前に無理なのよ。私たちの郷は――――ルミペトルは、余所者が入ることを許してはいないわ。たとえそれが王や神と呼ばれる者であってもね」
初めて聞く地名にオーディンはエレクシヤを見る。人間領でないかと思ったが、彼も知らないようだ。
余程閉鎖的な郷なのだろう。
「郷に入ることができるのは、私たちに唯一と定められた者だけよ」
唯一。そういえば、シンシアも以前似たようなことを言っていた。
『たとえ、何があろうとも。私の命を脅かすことのできる者はいません。たとえ――――それが神であろうとも』
例外はただひとり。彼女たちが唯一無二と定めた者のみ。
「唯一って何かわかる?」
「かなり大切な者のようだな」
「そうよ。とても――――この世の何よりも、大切な方」
エルディアナの翠の双眸が穏やかな光を宿す。恍惚とした瞳で、彼女は言った。
「ただ1人。永遠を添い遂げると心に決めた、夫となる者だけよ」
「……は?」
不意に訪れた沈黙を破るように、思いっきり胡乱げにオーディンが聞き返すと、エルディアナは貌を歪めた。
「悪いけれどこれ以上のヒントはあげることはできない。私だって、どうでもいい者たちにあまりこのような私たちに関わることを教えたくはないのよ」
突き放すような物言いに、ユリアが無言で立ち上がった。冷気を纏わせる彼女に、エルディアナも負けじと熱気を纏う。
「ユリア、やめろ。ルノーシェならまだしも、ここはアウルレクスだ。エルディアナも魔力を抑えろ」
抑制を促すと、静かに2人は魔力を抑える。
「それよりも、何故シンシアが変になっているの?」
そう言えば、もともと彼女はそれを聞くためにここに来たのだ。オーディンは夜会の記憶を掘り起こす。
「昨夜、キルトのアリアーヌ王女がシアのことを『シンシア・ディーヴァ・クリスフィア』と呼んだ。それからだな、様子が変になったのは」
「……ああ」
キルトのアリアーヌ王女という名前に、何故だか納得したようだ。
「あの頭の碌に回らない自己中馬鹿王女か」
遠い目をするエルディアナに、エレクシヤは目を丸くする。
「え? エルディアナ、アリアーヌ王女に会ったことがあるのか?」
「……貴方、小さい頃に会っている筈だけど?」
「え」
全く記憶にない。何とか思い出したのは、10になる前にキルトに訪れた時の記憶だけだ。
「……こんなのが王だなんて……」
「悪かったな」
むっとして言い返すと、睨み返された。
「悪いわよ。貴方は誇り高き焔姫の末裔なのよ? もっとしっかりなさい。でないと……」
翠の双眸が揺らぐ。薄紅の唇が声も無く動く。
「え? 何?」
「……もういいわ」
疲れたようにエルディアナは肩を落とす。
「キルトから来ていたのは王女だけ?」
「いや、王太子も来てた筈だ」
「そう……」
エルディアナは白い指を口元に添え、目を伏せる。
「貴方たちの知りたいことはキルトの王太子が知っているわ。けれど、彼よりもシアに訊いた方がいい」
「ならシアの許に連れていけ」
「行けないと言っているでしょう!?」
傲慢に言い放つオーディンにエルディアナは柳眉を釣り上げる。
「貴方があの子の夫なら話は別よ。けれど、貴方はただの飼い主じゃない」
一応、あの子と話は付けてみる。だけれど、どうするのかはあの子次第。
「魔族の王だからと言って思い上がらないで。国が亡びるわよ」
吐き捨てるように言うと、エルディアナは現れたように唐突に姿を消した。途端に静けさが戻ってくる。
オーディンは深くソファに腰掛けた。深く息を吐き、天井を仰ぐ。
「……どうするかな」
「どうするかな、ではありませんわっ!」
ユリアが眦を釣り上げて怒鳴りつけてくる。
「蕾姫はわたくしの可愛いお友達なのですの! わたくし、あの女の魔力を追いましてよ!」
「無理、だな……何かがエルディアナの魔力を掻き消している」
「うっ」
オーディンの言う通り、エルディアナの魔力を追おうとしたら、何か別の力が彼女の軌跡を見えなくしてしまった。これでは彼女が何処に向かったのかが解らない。仕方なく、ユリアはソファに座る。
「如何なさいますの? オーディン様」
キルトの王太子とやらに話を聞きに参りますの?
「いや……」
そのままオーディンは押し黙る。宵色の双眸をぼんやりと彷徨わせる。
見慣れない王の姿に、ルノーシェの者は戸惑った。だが表情には出さずに王の指示を待つ。
そんな中、エレクシヤは別の意味を籠めてオーディンを見つめていた。
「……ルノーシェ王は、シアのことをどう思っているんですか?」
エレクシヤの問い掛けに、オーディンは目を瞬かせた。
ユリアとエルディアナ、絶対仲良くならなさそう……
エレクシヤが意味深な問いかけをしました。
さて、オーディンはシアのこと、どう想っているのでしょう。
今年最後の投稿になりました。
皆さま、よいお年をお迎えください。
2013年が善き年になりますように――――




