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月に捧ぐ恋の調べ  作者: 白毬りりま
Ⅳ.目覚めるもの
26/65

ⅳ.

*5/2 改行入れてみました。



 シンシア・ディーヴァ・クリスフィア。

 その名で呼ばれた途端、シンシアはオーディンの後ろでかたかたと震えだした。ぎゅっとしがみ付いてくる少女に、オーディンは目の前の少女を見下ろす。


「アウルレクス王よ。済まないが下がらせて頂きたい」


 異様な空気を放つ一同に、周りの者の不審げな視線が集まってきている。少女も気が付いたのだろう。だが彼女は臆すことなく、むしろ優雅にエレクシヤに笑んでみせた。


「あ、ああ……下がられて構いません」

「では、失礼する」


 真紅のマントを翻すオーディンの後に隠れるようにしてシンシアはついて行く。


「わたくしも下がりますわ。けれども、次に王の飼い猫である彼女に何かあれば容赦いたしませんわよ」


 鋭く言い放つユリアに、エレクシヤは渋面になる。


「済みません……」

「本当にそう思っていらっしゃられるのであるならば、その言葉は彼女に仰られるべきではなくて?」


 彼女の言う通りだ。唇を噛むエレクシヤを冷ややかな水色の双眸で見据え、ユリアは音も無く姿を消す。転移魔法は大量の魔力を使うため、人間領ではあまり普及していない。間近で見た者が驚愕の眼差しで女の消えた場所を見ていた。

 エレクシヤは小さく息を吐き、会場内を見渡す。多少の混乱はあるが、魔族に対してあからさまに怯える者はいなかったようだ。彼ら3人ともが人ならざる美貌を持ち、魅了されていたことも大きいだろう。

 シンシアの去った方を凝視している少女を見やる。彼女はエレクシヤの視線に気付き、艶やかに微笑を浮かべた。少し硬い面持ちだが、魔族と対峙した後だというのにかなり豪胆な姫のようだ。


「貴女は?」

「お初にお目にかかります。わたくし、キルトの第一王女、アリアーヌと申します。お会いできて光栄ですわ、エレクシヤ陛下」


 そう言えば、隣国から王女が来ていると聞いていた。では彼女がその王女なのだろう。

 アリアーヌが口にした名は、自分には聞き覚えのないものだった。シンシアを表す名のようだが、オーディンも怪訝そうな顔をしていたから、彼も知らなかったのだろう。

 だというのに、何故、この少女がシンシアの名を知っていたというのだ――――?


「陛下?」


 呼びかけられてエレクシヤは思考を止める。アリアーヌが上目遣いに見上げて来ていた。

 夜会はまだ始まったばかり。シンシアの許に向かいたいが、彼が席を外すことはできない。

 表面上は穏やかに、内心は不安定さを抱いて。夜はゆっくりと更けていく。



 * * * * *



 ルノーシェの者に宛がわれた客室で、オーディンはシンシアと並んで座っていた。護衛の者もユリアもいない。落ち着かないだろうと彼らは自主的に下がって行った。

 シンシアは先程から黙り込んだきり、一言も発しない。俯いて握りしめた両手を見つめている。

 オーディンは何をするでもなく、ただ座っていた。尋常ではない様子の飼い猫を放っておくには気が引けるし、後でユリアに何されるかわかったものではない。


「……オーディン、は」


 感情を失った乾いた声。視線を向けると、凪いだ真紅の双眸が見上げて来ていた。


「もし……もし、私が……」


 ふつりと。少女は唇を薄く開いたまま押し黙る。何かを言おうと唇は動くのに、音にならず吐息となって消えていく。


「………………ごめ…なさ、い……」


 漸く出た言葉がそれだった。シンシアは項垂れたように、再び俯いてしまう。


「わたしは、あなたに生かしてもらっているのに……」

「誰しも言いたくないことはある……それに一度拾った猫は最後まで飼う主義だからな。多少の我が侭なら聞いてやらんでもない。言いたくなったら、その時言えばいいさ」


 幸い、魔族は途方もない寿命を持っている。時間はいくらでもあるのだ。

 頭を撫でてやると、彼女は驚いたように貌を上げた。真紅の双眸は大きく見開かれ、オーディンの姿を映す。


「あのね」

「ん?」

「いつか……いつか、ね……いつになるのか、わからないのだけれど……」


 澄んだ無垢な声音で、シンシアは言葉を紡ごうと必死になっている。


「いつか、ね……きいて、ほしいの……本当にいつになるのか、わからない……だけれど、きいてほしいの」


 躊躇うように視線を彷徨わせて。想いを伝えようと言葉を探して。


「いつか、必ず、がんばって言えるようになる。そのとき……オーディンはわたしのはなしを、きいてくれる……?」


 縋り付いてくる子どものようなシンシア。オーディンはからりと晴れやかに笑った。


「ああ、聴いてやる――――待ってやる」


 だから、ゆっくりで構わない。急ぐことはない。安心させるように背を撫でると、彼女はほっと安堵の息を吐く。張り詰めていた緊張が解け、ゆっくりと頬を緩め、ふわりと花開くように微笑む。


「ありがとう……」


 いつもの、とは言えないが、オーディンの知るシンシアの貌だ。少女の目の際に光るものを見つけて、オーディンは微苦笑を浮かべる。


「酷い貌だな。湯浴みでもして来い」

「はい……」


 シンシアはぎこちなく微笑すると浴室へと消えていった。ふわふわと頼りない足取りだったが、大丈夫だろう。

 オーディンはふと首を傾げた。同時に扉を叩く音がして、視線を動かす。外に数人の人間の気配がした。


「こんな時間に誰だ……?」


 もう日付が変わろうとしている。魔族ならまだしも、人間なら非常識な時間だ。

 不審に思いながらも扉を開けると、そこには黄金の髪と琥珀の瞳を持った少女が数人の侍女を引き連れて立っていた。先程シンシアのことを『シンシア・ディーヴァ・クリスフィア』と呼んだ少女だった。彼女は艶然と微笑んでみせると、可愛らしく小首を傾げて見せる。


「夜分遅くにこんばんは、ルノーシェの王。キルトの第一王女のアリアーヌです。シンシアはいるかしら?」


 黄金の髪の王女はそう言うと、室内を見渡した。シンシアは今浴室である。聴こえてくる水音に、アリアーヌは貌を顰めた。


「……あの娘は陛下の愛人か何かで?」

「愛人ではない。飼い猫だ」

「飼い猫……?」


 アリアーヌは怪訝そうにしながらも室内に入ってきた。オーディンは眉を顰めたが、仕方なく彼女を椅子に導く。

 人間の姫は当然と言わんばかりに椅子に座ると、オーディンを見上げた。


「ルノーシェの王。わたくしはあの娘を傍に置くことをお勧めできませんわ」

「何故貴女にそのようなことを言われなくてはならない?」

「あの娘が王を誑かした娼婦の娘だからですわ」


 娼婦の娘。清楚なシンシアからは全く見当のつかない言葉だ。


「正直なところ、わたくしはあの娘が既に死んだものだと思っていました」


 だって、いきなり城から消えたのですもの。散々キルトに迷惑をかけたというのに、何の一言もなく。蔑むように薄く微笑(わら)う少女に、オーディンは腹の底から湧きあがる感情を感じた。揺らぐ魔力を自覚しながら、紅紫に煌く双眸で目の前の少女を見据える。


「――――今日はもうお引き取り頂きたい」


 低く響く声に、アリアーヌはびくりと肩を震わせた。


「もう遅い。部屋に戻られては如何か」

「あ……」


 オーディンの放つ王の威に気圧され、アリアーヌは息を呑む。背後に控える侍女に限っては、顔を蒼白にして身を震わせていた。


「こ、今宵は失礼しますわ」


 一応礼儀は忘れていないらしい。一礼して見せると少女はそそくさと去って行った。侍女たちも後に続いて退室していく。


「何処の国でも面倒な生き物はいるものだな……」


 扉が閉まったのことを確認すると、オーディンは息を吐いた。ついでに鍵も締める。ユリヤたちは鍵がかかっていても転移で入って来れるからだ。

 水音は大分前に消えている。オーディンは一向に出て来ないシンシアに不審に思い、脱衣所への扉を開く。そしてすぐ目の前に立つ少女の姿を認めた。

 いつからそこに立っていたのだろう。触れた白い肌は氷のように冷たくなり、タオルで覆われた四肢は強張っていた。漆黒の髪からは冷たい雫が滴っている。


「シア……」


 すっかりと化粧の落ちた稀有なる美貌。頬を触れると、彼女は四肢を強張らせて後退った。


「ご、ごめんなさい……着替えを忘れたことに気付いたのですが、お客様がいらっしゃられたようだから、出るに出られなくて……」


 少女は明るい口調だったが、酷く空々しい。まず彼女は転移魔法が使えるのだ。魔法で手元に引き寄せればよいだけの話だ。


「とにかくさっさと水気を取れ。風邪を引くぞ」

「そう、ですね」


 風邪を引くと、辛いですものね。ふっと暖かな風が吹き抜け、瞬時に彼女の身体から水気が消え去る。

 室内の魔力の流れが変わる。


「ただいま戻りましたわぁ」


 転移でユリアが室内に現れた。彼女は脱衣所でタオルを巻き付けただけのシンシアの姿に狼狽する。


「お風邪を召されましてよっ」


 そう言って手元に前開きのワンピースを転移させて、シンシアの肩にかける。何かを堪えるような貌を覗かせるシンシアを一瞥し、ユリアはオーディンを見上げる。


「……わたくし、今日はもう疲れましたぁ」


 ふぁ~と口元を手で覆うユリアを見て、シンシアは苦笑した。


「私も少々疲れました。今日はもう休ませて頂きます」

「ああ。ゆっくり休め」

「はい」


 頷く姿は飼い猫であるいつもの彼女と同じで。

 だからその時は、もう大丈夫なのだと思ったのだ。




 眠りに就いていたオーディンが額に触れる冷たい感触に薄く目蓋を開くと、すぐ目の前に少女の類稀な美貌があった。ぼんやりと見上げると、彼女の白い指が白金の髪を撫でる。


「いつものように。そう思っていたのですが、どうやら私には無理なようです」

「…………」

「ごめんなさい……暫く、私を解放してください……」


 差し出された銀の鈴。少女の闇色に煌く双眸。白い指先が白銀の光を放つ。


「シア……?」

「――――眠れ 我が愛しき子」


 彼女の澄んだ声が旋律を紡ぐ。途端に眠気が襲っていて、咄嗟に伸ばした手は何も捕えることもできずに空を掻く。

 白銀の燐光に包まれて。少女の姿は夜闇に紛れて消えてしまった。




ユリアは子どもみたいな性格ですが、かなりの切れ者です。

密かに強いですよ。


シンシア、失踪しちゃいました。

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