ⅱ.
*5/2 ちょっと突いて改行入れてみました。
夜会の日から、シンシアはよくユリアの部屋に招かれるようになった。
「本日は、我がスティーリア領で収穫された果実でタルトを作らせましたの。蕾姫のお口に合うといいのですが」
ユリアは何かにつけてシンシアを招いては、反応を見て楽しんでいる。他の魔族から見れば脆弱な少女にしか見えないシンシアは、いつどこで何が起こるのかわからない。そのため研究室で薬草を調合するか図書室で本を借りるかしかできないでいたシンシアは喜んで後宮の百合の間を訪れていた。まだまだ半人前である吸血鬼の身であることが恨めしい。
見慣れない薄紅の果実はルノーシェの中でも北の方にあるスティーリア領でしか採れないものらしい。興味津々で口に入れると、甘い香りが口内いっぱいに広がった。
「~~~~っ!」
甘く、それでいてくどくはない爽やかな味わいに、シンシアは声が出ない。押し黙ってしまったシンシアに、ユリアは恐る恐る尋ねる。
「如何ですの……?」
「っ、とっても美味ですっ!」
ふにゃりと貌を緩めるシンシアにユリアは破顔する。
「それはようございましたわぁ!」
タルトを食べながら、2人は他愛もない会話をする。
どれくらいそうしていただろう。不意に2人は同時に貌を上げた。刹那の間をおいて、扉を叩く音がする。
「どうぞ、お入りくださいな」
部屋の主であるユリアが入室を許すと、オーディンが入って来た。彼は手に2枚の封筒を持っている。
「アウルレクスから王の誕生祭の招待状が届いた」
「真ですか!」
「本当ですの!?」
目を輝かせてにじり寄ってくる2人を押し戻し、オーディンは頷く。
「予定通り来月のアウルレクス王の誕生日に式典が開かれるらしい。是非に妃も共にという話だが、ユリア、お前行くか?」
以前1度だけ出会ったエレクシヤのシンシアを見つめる視線。切望と焦燥の滲んだ翠の双眸でシンシアを見つめていた。
彼はオーディンに妃がいることを知らない筈だが、これは微かな希望を籠めて書いた、という感じがした。
「もちろん! 行きたいですわぁ」
ルノーシェから出たことのないユリアは目を輝かせて大きく頷く。
「お前にも来ている」
差し出された招待状に、シンシアは目を丸くした。
「あの王は何を考えているのでしょう」
開封すると、確かにシンシアへの招待状であった。正式な招待状に嫌そうに顔を歪め、主を見上げる。
「お断りしてもよろしいでしょうか?」
「駄目だ。人間だったお前を連れていれば面倒が少ないからな」
「わたくしも蕾姫と共に参りたいですわ!」
「いえ、ですが……」
さすがに他国の王族諸侯の集まる式典に一介の飼い猫が参加することに気が咎める。それに、シンシアはあまりこのような場に出たくはないのだ。
唸るシンシアは招待状の隅に小さく書かれた文字に気付いた。
『是非、来て欲しい』
力を込め過ぎたためか、僅かにインクが滲んでしまっている。横から覗き込んできていたユリアが、感情の見えない顔で見つめてくる。
「蕾姫はアウルレクス王とお知り合いですの?」
「……友人です」
友人という言葉に、ならとユリアは微笑む。
「ご友人ならば、尚更ですわ。ご友人として、かの方のお誕生日をお祝いして差し上げるべきでしてよ。そうでもしないと、ご友人であっても、魔族と人間はなかなか会うことが叶いませんわ」
ご友人という言葉に強調するユリアに、シンシアは目を伏せる。
「……わかりました」
シンシアは息を吐いて渋々了承した。ユリアがぱああっと貌を輝かせる。
「ならば今すぐにドレスを仕立てさせましょう! わたくしとお揃いにしたりぃ~、思いっきり可愛くしたりぃ~」
「ただし」
踊り出しそうなほど浮かれていたユリアは、低くなった少女の声にきょとんと動きを止める。
「1つ、お願いがあります」
真剣な瞳に、オーディンとユリアは顔を見合わせた。
* * * * *
アウルレクスの王城は、ルノーシェの王城ほどではないがかなりの広さを誇る。
日の光を受けて白く輝く城は初代王妃焔姫の望んだものらしい。ぱっと見相手に威圧感を抱かせるが、実際には違う。その時々の王によって装いを変えると言われる城は、今上の王が寛容で温和、その上誠実な性格のエレクシヤであるためか、使える者も穏やかな性格の者が多い。温暖な気候で育てられた色取り取りの花が城のそこここで飾られ、塵ひとつなくよく磨かれた白い石の床に映り込んでいる。
まず様々な種族の集うルノーシェは、竜でも出入りできるように考えられているのだから、広さを比べることはおかしい。
自分の考えに苦笑していたシンシアは、視界の端に過ぎった金に目を細める。
「シア!」
駆けてくるアウルレクス王に、シンシアは右手を翳して待ったをかける。
「シア?」
「私のことはディーとお呼びください」
「ディー?」
「それが、私が式典に参加する条件です」
守れないのならば今すぐ帰ります。笑顔で宣う少女に、エレクシヤは大きく頷いた。
「わかった。ディーだな?」
「はい。私は吸血鬼のディーです」
真紅の双眸を煌かす少女は声を潜めた。
「アウルレクスの方は私のことを知っている方もいらっしゃいますから。私と会っていた貴方に変な噂がついては私の寝覚めが悪いです」
「そんなこと……っ」
「つぼみひめぇ~!」
そんなことはない。そう言おうとしたエレクシヤの声は、底抜けて明るい声に掻き消された。振り返ると、煌く白銀の髪の美女が駆け寄ってきてシンシアに抱き着いた。
「白百合姫」
「オーディン様がお呼びですわぁ。一緒に参りましょう」
彼女はそう言うとエレクシヤを見上げた。淡い水色の双眸に挑発的な色が宿る。
「アウルレクス王とお見受けします。わたくし、ルノーシェ王オーディンの側室で、百合の間を頂いている吸血鬼のユリアと申しますの。以後お見知り置きを」
水色の双眸が赤みを帯びて紅紫に輝く。
「ディーはわたくしたちの王の飼い猫。勝手に何処かに連れて行ったら承知しなくてよ?」
牽制するような紅紫の双眸の持つ威に呑まれ、エレクシヤは何も言えなかった。ふっと戻った水色の瞳に肩に入っていた力が抜ける。
「蕾姫、参りましょう。オーディン様が待っていますわ」
「あ、はい」
シンシアは淡く微笑んでエレクシヤを見上げる。
「ではまた後で。エレクシヤ王」
他の者の目があるため、彼女は以前のように愛称では呼ばない。
遠ざかる後姿はエレクシヤの知らない吸血鬼シンシアの姿だ。今の彼女は魔族の王の飼い猫で、エレクシヤの傍にはいない。けれども、『アウルレクス王』ではなく、未だ名を呼んでくれることに希望を持ってもよいのだろうか。
エレクシヤは華奢な後姿が見えなくなっても彼女の残像を視線で追い続けた。




