ⅷ.
*4/30 改行入れてみました。
ユリアに呼び出されたオーディンは、お開きとなった夜会の格好のまま久々に後宮の百合の間に赴いた。
久しぶりの訪れた室内は記憶の中にあるものと寸分違わず、彼女の好みで淡い色の調度品が広がっている。
「お待ちしておりましたわぁ」
淡い空色の簡素なドレスに着替えて朗らかに笑うユリア。その貌はいつもよりも晴れやかだ。
「今宵は夜会を押し付ける形になってしまってごめんなさい。でも、蕾姫とお友達になることができましたの」
「それはよかったな」
以前からシンシアに会いたいとせがんできていたユリアは満面の笑みを浮かべる。
「今日はどうしたんだ?」
「オーディン様にお知らせしておこうと思いまして」
そう言ってユリアが差し出したのは、薄紅の液体の入った、小さな瓶だった。手に取って光に翳すと、宝石のように煌く。
「これは?」
「彼女曰く、媚薬、ですわ」
「は?」
何故シンシアが媚薬を持っているのか。訝しむオーディンに、ユリアはシンシアとの会話を思い出していた。
「……実のところを申しますと、私も貴女を側室の白百合姫としか見ていませんでした」
そう言うシンシアの手元に、小瓶が現れる。薄紅の液体を湛えるそれに、ユリアは首を傾げた。
「それは……?」
「媚薬です」
「びやく……?」
「私には、彼を慰めることができません。本当の意味で彼の心に寄り添い、癒すことはできない。なので貴女にお願いしようを思っていました」
貴女に彼に添うて貰うために、私が調合して研究室に隠していたものです。でも。
シンシアは困ったように笑った。
「お友達には、無理をさせたくはないのです」
王のために。その時は側室であるユリアをオーディンの気晴らし程度にしか思えなかった。けれども実際に彼女に出逢って『ユリア』という一個人に接し、薬の力を使うとはいえ彼女に無理を強いてしまうかもしれないことをすることは躊躇われた。
これは貴女に差し上げます。もし、貴女が必要とするのであるならば、お持ちください。要らないと仰られるのならば、捨てて頂いても構いません。ただし、下手に誰かの手に渡ることだけは控えてください。
シンシアがそのようなことを考えているとは全く思わなかった。唖然として小瓶を見つめるオーディンの耳に密やかな笑い声が届く。
「わたくしは必要のない物ですわ。わたくし、今の暮らしを気に入っておりますの。だからそれはオーディン様に差し上げますわ」
艶やかに覗き込んでくる水色の双眸が悪戯っ子のように煌く。
「貴方はいつも何だか怖くてつまらないお顔をなさっていましたもの。わたくしは一応貴方の側室ですが、貴方はわたくしを女として見ていらっしゃられないのでしょう?」
彼女の言う通りなので、オーディンは苦笑した。長い間妹のように思っていたユリア。彼女の後宮入りを許したのも、妹の我が侭を聞いたぐらいにしか思っていなかった。
「オーディン様にならば、蕾姫も許してくださることでしょう。娼館にでも赴いて、気晴らしなさって来てくださいな」
「なかなか側室に娼館行きを勧められる王もいないと思うんだが」
「面倒だと仰って他に妃を迎えないオーディン様が悪いのですわ。まあ、あまり素行のよろしくない娘を迎えられるよりもよいと言えばよいのですが」
強い力を持つものが多いためか、ルノーシェには気の強い者が多い。同じくらい自由気侭なのだが、互いに譲らないので、いらぬ争いも起こりやすい。相手に負けまいとして、闘争は何処までも広がるのだ。
「いっそのこと、人間領より正妃を娶られては如何ですの?」
ユリアもオーディンが人間領と和平を結びたいと考えていることを知っている。それを踏まえて言ってくるユリアに、オーディンは渋面になった。
「それは当分無理だな……というか、好みでもない娘を娶る気はないぞ」
澄んだ水色の双眸で、ユリアはオーディンの瞳を覗き込む。
「……蕾姫は?」
思いもよらなかった名前に、オーディンは目を瞠った。
* * * * *
化粧を落とし湯浴みしたシンシアは、白い寝間着を纏って寝台の上で寝そべっていた。
ユリアに渡した媚薬。シンシアが郷の年長者に頼まれてから作り始めたそれは、市場に出回っているそれよりも強い効果を持っている。効果が強いということを言っておいたが、媚薬など手にしたことのないであろうユリアはどう使うのか、今更ながらに気になった。
「ちゃんと希釈して下さるとよいのだけれど」
深窓の令嬢は、何を仕出かすのか全く見当がつかない相手である。
もうそろそろ寝るか。とうに日付は変わっている。主催のユリアが下がってしまったために夜会は早々とお開きになっていた。ユリアの気分屋はいつものことなので、混乱などなく騒ぎは収まった。
ふとシンシアは目を瞬かせた。同時に室内にオーディンが転移魔法で現れる。
「お帰りなさいませ」
「ああ、ただいま」
羽織っていたままだったマントを外すと、シンシアが当たり前のように手を伸ばしてくる。礼を言ってマントを渡すと、シンシアは皺にならないようにそれを片付けた。
オーディンは正装を崩すと、ソファに身を沈める。僅かな疲労と共に息を吐くと、少女は傍らに戻ってきた。
「お疲れのようですね」
「少しな」
「湯浴みのご用意を致しましょうか?」
「頼む」
オーディンはあまり周りに人を置きたがらない上、大概のことは自分でやってしまうため、このような遅い時間に部屋に侍女や女官が控えているということは殆どない。シンシアは一礼すると浴室へと向かった。
その姿を見送り、窓の外に広がる闇を眺める。
魔族はもともと、夜に生きる種族であった。昼を人間たちが過ごしていたため、夜を自分たちの領分として人間の生活とは一線を引いていたのだ。
次第に人間たちが闇を恐れなくなって夜にも家の外に出るようになり、彼らは夜闇を駆け、不思議な力――――自分たちにはない魔法を使う魔族の力に魅入られた。
当時人間たちの間で、若く美しい生娘の生き血を啜れば、若さを保つことができるという迷信が広がっていた。それを信じていた人間は、まだ幼くとも強大な力を持つ魔族の子どもを攫い、その力を得るためにその子どもの肉を食むという暴挙に出た。
魔族でも精気を得るために人間を攫うということがあった。だが人間から貰う精気はほんの少しで、攫った人間は記憶を消して元いた場所に返していた。神隠しと人々は噂したが、それだけだった。
幼い子どもを理不尽な理由で奪われた魔族と人間との間で諍いが起こり、後にカイルの戦いと呼ばれる長期に渡る戦争に発展したのはそのすぐ後のことだった。
「――――用意ができましたよ」
澄んだ声に視線を向けると、少女が傍に立っていた。
ちゃんと乾いていない僅かに湿った髪はしっとりと白い肌に絡みついている。手慰みに指で絡め取ると、艶やかな花の香りがした。
夜会の最中で時折瞳の色が変わっていたが、彼女も疲れたのかすっかり真紅に戻っている。
気紛れで死にかけているところを拾って眷属にした元は人間の少女。
小さくて可愛らしいとは思っていたが、飼い猫である彼女を1人の女として見たことなどない。
夜会で見た彼女は普段のマイペースさと打って変わって、いつも以上に着飾られ、優雅な仕草と相まってまるで何処かの姫君のようであった。下手な令嬢よりも令嬢らしい彼女。その美しさに嫉妬する者も多かったが、同時に見惚れる者も多かった。
「オーディン……?」
不安げに見つめてくる真紅の双眸。シンシアが膝を突いて見上げて来ていた。髪を弄りだしたまま何も言わない主人を案じてくる飼い猫に、オーディンは微苦笑を浮かべて彼女の頭を撫でる。
「もう休んでいいぞ。今日はよく頑張ったな」
少女は最初きょとんとしたが、褒められて嬉しそうにはにかんだ。
どうやってオーディンの気をシンシアに向けるのか……
ユリアに言われるまで全く選択外にあったシンシアになってしまいました。
語彙が少なくてあうあう言っている今日この頃。
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(Please give me vocabulary!)




