ⅶ.
*4/30 改行入れてみました。
ユリアとのダンスを終えたオーディンは、視界の端に映る漆黒に視線を向けた。壁際に立つ飼い猫の愛らしい姿に愛好を崩す。
「シア」
名を呼ぶと、誰もが一斉に王の飼い猫を見ようと少女を振り返る。シンシアは眉を顰めたが主人に呼び寄せられて足を踏み出す。
「お呼びですか?」
夜会に出ることは構わなかったが、人目に曝されることはあまり好きでないシンシアである。人形のように感情を見せない美貌の下に不機嫌を滲ませる少女に、オーディンは眉を顰める。
「私は白百合の姫君にお会いしたかっただけなのに……」
「会えたからいいじゃないか」
「わたくしもお会いしたかったのですわぁ」
おっとりと目を細めるユリアに、シンシアは身を正して笑みを浮かべた。
「お初にお目にかかります、白百合の姫君。吸血鬼オーディンの眷属、シンシアと申します。以後お見知り置きを」
優美に一礼して見せたシンシアに、ユリアは淡い水色の双眸を輝かせた。胸元に手を添え、淡く微笑む。
「初めまして。百合の間を頂いております、吸血鬼のユリアと申します。蕾姫にお会いできて光栄ですわ」
「……蕾姫?」
聞き慣れない名称に首を傾げると、ユリアはころころと少女のように笑う。
「わたくしが勝手に貴女のことをそう呼ばせて頂いていましたの」
まだ花開いていない蕾のような、可愛らしいお嬢さんだとお聴きしてまして。
誰がそのようなことを言ったのか。オーディンを見やると、彼は首を横に振る。では誰だ。
「折角ですから、蕾姫とオーディン様が踊られているところを見てみたいですわ」
不意にユリアがそのようなことを宣った。シンシアは目を瞠って、失礼だということも忘れてユリアを凝視する。何を言っているのだこの姫は。
真実ではないが愛人かもしれないと噂されている小娘と王を共に踊らせようとする心情が解らない。戸惑うシンシアを、噂など全く気にしていないオーディンが見下ろす。
「踊れるか?」
無理をしなくてもいい。気遣う王の言葉に従いたくもなるが、ユリアは期待に満ちた無邪気な視線を送ってくる。
「……姫のお望みのままに」
ドレスの裾を軽く摘まんで一礼するシンシアに、ユリアは嬉しそうに微笑んだ。
「おいで、シア」
差し出された大きな手。白い手袋に覆われたそれに小さな白い手を重ねると、皆の前に導かれる。
好奇。侮蔑。嫉妬。憎悪。憐憫。様々な視線が向けられる中、シンシアは臆すことなく背筋を伸ばす。
緩やかに流れ出す音楽。シンシアは凜として王の宵色の双眸を見上げた。
「一通り踊ることはできます。貴方のお好きなように踊られてください」
挑発的な漆黒の双眸に、オーディンは微笑を浮かべた。
「無理はするなよ?」
「できぬことは無理には致しません」
少女はそう嘯いた。
ふわりと広がる白い裾。艶やかな黒髪から漂う仄かな花の香り。
戸惑うことなく軽やかに舞い踊る少女は、まるで翅を持つ妖精のよう。
調べに身を委ね、シンシアは見事な足捌きで難なくオーディンの動きについて行っていた。
優雅に踊る王と少女の姿に、誰もが魅了される。僅かな息遣いさえこの光景を穢す無粋なものと思え、知らず知らずのうちに息を押し殺していた。他に踊る者はいない。
「なかなかのものだな。習ったことがあるのか?」
「嗜みで覚えさせられました。もう何年も踊ってはいませんでしたが」
魔族は人間よりも五感が優れているので、できるだけ声を潜めながら応酬をする。それよりもと、シンシアはこちらを熱心に見つめてくる側室を一瞥した。
「あのお方は何なのですか。飼い猫風情を王と踊らせるなんて」
殆どの者が2人に魅入っているが、例外は存在する。突き刺さってくる鋭い視線を、先程からシンシアは感じていた。
「貴方の側室なのでしょう?」
「確かにそうだが、昔から子どものような奴だからな。何処までも自由な奴だ」
遠い目をするオーディンに、シンシアは半眼になる。
「それで……」
「王家筋に近く、利害も一致したから後宮に迎えたんだ」
「利害……?」
どのような利害か気になったが、様々な思惑が交差するのが王宮だ。子どものようだと王に評される側室にも色々あるのだろう。
曲が終わり、最後の一音の余韻が溶けていく。
全くの無音になると、静かに向き合うオーディンとシンシアに1人の拍手が送られる。ユリアだ。彼女は頬を赤らめて目を輝かせている。
「とても素敵でしたわぁ! オーディン様はいつも通り凛々しく格好良かったのですが、蕾姫もとても可愛らしくて、それでいて美しくて。見ていて眼福ですの!」
はしゃぐユリアに気圧され、シンシアは頬を引き攣らせる。
「それはようございました」
礼が少しぎこちなくなってしまったが、ユリアは笑っていて気にも留めない。
「わたくし、貴女と仲良くなりたいのですわ。お友達になって頂けるかしら?」
両手を合わせて小首を傾げるユリアの言葉に会場内は騒然となった。思いもしなかった展開に、シンシアは微かに目を瞠る。
シンシアは何と答えるのか。小さな少女の行動のひとつひとつに視線が集まる。
「駄目、かしら?」
潤む淡い水色の双眸に、シンシアは花開くように微笑んで見せた。
「どうして否と申すことができましょう――――私如きでよろしいのであれば、是非とも」
次の瞬間、シンシアは思いっきりユリアに抱き締められた。
「みゃっ!?」
「これからよろしくお願いしますわぁっ!」
女性と言えど、吸血鬼。力は人間の遥か上を行く。ぎゅううっと締め上げられ、シンシアはぱたぱたともがく。華奢なシンシアと違ってユリアは女性らしい豊満な四肢の持ち主だ。彼女の腕力と相まって、このままでは圧死しかねない。
様子がおかしいことに気付いたオーディンの手によって解放された時、シンシアはきゅうっと伸びてしまっていた。
* * * * *
「ごめんなさい……嬉しすぎて、つい……」
長椅子に身を投げ出していたシンシアは、沈んだ声に額から目元にかけて覆っていた水で濡らしたタオルを外す。視線をやると横に腰掛けて項垂れるユリアの姿があった。しゅんと肩を落としてしおらしくなってしまっている。
ユリアは伸びてしまったシンシアを介抱するために休憩室へと場を移したのだ。彼女が主催の夜会なのだが、オーディンに押し付けてここにいる。
室内にはシンシアとユリア以外の姿はいない。オーディンにあまり周りエドワードやリム以外の人を置きたがらない傾向にあるが、彼女もそうらしかった。
「いえ、私は大丈夫です。ご心配には及びません」
淡く微笑むと、ユリアは貌を伏せた。
「……すごく、嬉しかったの」
ぎゅっと細い手がドレスの裾を握りしめる。シンシアは目を瞬かせた。
「わたくしにとってお友達と呼べるのは、幼馴染であったオーディン様とエドワード、オーディン様の乳飲み兄妹であったリムだけでしたわ。長命である魔族は人間程の生殖能力はなく、貴族の子女で同年代の者はあまりいませんでしたから。けれども成人を迎えて大人になると、オーディン様はルノーシェの王、エドワードは軍を率いる将軍、リムは早々と女官になってしまって、そう簡単に会うことはできなくなってしまいましたの」
子どもの時のように一緒にいたい。共に笑って過ごしたい。だが彼らには立場があり、1人ユリアは置いて行かれたような気がした。
「わたくしはお父様にお願いして、後宮に入ることにしましたわ。それならば、わたくしも城にいることができますもの」
ちょうどその頃、オーディンは周りから妃を娶るようにせっつかれていたため、王家筋に近い侯爵家の令嬢である彼女が後宮に入ることには問題がなかった。
ただ何度かオーディンがユリアの部屋を訪れても2人が艶やかな関係になることはなかったため、年頃の娘を持つ爵位持ちは後宮に娘を入れようと躍起になっている。
「周りはわたくしに王妃になることを望む者か、唯一の側室であることを妬む者ばかり……わたくしの気持ちを本当の意味で理解してくださる方はいらっしゃられなかったのですわ」
そんな時、オーディンが人間の少女を拾ってきて傍に置いていると聞いた。その少女はただ彼を癒すためだけにそこにあり、王ではなくオーディン本人に仕えているのだと。そう、リムとエドワードから聞いて、オーディンが羨ましくなった。
「そのような方なら、わたくしのお友達になって下さるのではないかと思いましたの」
オーディンたち以外に初めて漏らした本音。王を支える立場である側室だというのに甘いことを言っているのかもしれない。それでも、もしシンシアが友達になってくれたのなら。
縋るような眼差し。そこに真摯な光を見出して、シンシアは息を吐いた。微妙な貌をし、薔薇色の唇を開く。
「ごめんなさい」
頭を垂れるシンシアに、ユリアはきょとんと首を傾げた。
ユリアは子どもみたいな女性です。
見た目は20歳ぐらい。清楚な美女です。
側室だけど、名ばかりの人になってしまいました。
白百合姫って白雪姫と響き一緒で時々間違えそうになります。
シアって色々好き勝手呼ばれてるなぁ……




