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側近たちの会話です。
*4/30 改行入れてみました。
「あんた、シンシア様のことどう思う?」
突然同僚のフラウにそう尋ねられたエドワードは、思わずは? と聞き返した。休憩中で中庭の芝の上でのんびりと横になっていたところに現れた少女を見上げる。
「どうって?」
「たとえばさ、かわいいなぁ~とか、きれいだなぁ~とか、ちっさいなぁ~とか、よわっちそうだなぁ~とか、よくもまあ人間の小娘風情が傷だらけでクレスク河に流された癖に生きて結界超えてルノーシェまで辿り着いて偶然通りかかった陛下拾われたものだなぁ~とか」
「……最後の方本音が漏れてるぞ」
「あんたも思ってたでしょ」
「否定しない」
肩を竦め、エドワードはくすんだ金の双眸を細めた。主君の飼い猫である漆黒の髪の少女の姿を脳裏に思い描く。
「そうだな……正直、何者だよって思う」
「ふぅ~ん?」
「ただの飼い猫かと思えば、陛下に睡眠薬を盛るし、勝手に書類を捌くし、やけに頭が切れるし、かと言えば陛下の傍で猫みたいに寝始めるし……なんだか末恐ろしい」
「…………」
睡眠薬云々話を初めて聞いたフラウは唖然とした。何をしているのだあの少女は。
「何の話をしているんだ?」
声をかけられて2人が顔を上げると、偶然通りかかったらしいサンティが脇に本を抱えて立っていた。いつも薬草や動物の図鑑などの分厚い本を持っているが、腕は痛くならないのだろうか。
「シンシア様の話よ。陛下の愛猫様。なんか変わった娘だから」
「ああ、猫姫殿のことか」
「よく研究室に来ているみたいだけど、あんたはどう思うの?」
うーんと本を抱えたまま、サンティは思考を巡らせる。
「私も変わった姫だとは思うな……毒があることを知っていて、何日も平然と食事を口にしていたらしい」
「うわぁ……」
「まじかよ」
「本当だよ。毒の解析は私がやったから間違いない」
人間よりも強靭な身体を持つ魔族でも、さすがにそのようなことはしない。するのは目の前にいるこの魔女ぐらいである。望みを叶えるためならば、この魔女は何処までも手段を選ばない変態になる。
「あと、強いて言うのならば面白い娘だな」
「面白い?」
「ああ。薬師だったからか、妙に薬の知識が豊富で、調合の技術も高い。他の分野に関してもよく通じていて、話していて面白い」
それは単にシンシアがサンティの毒牙にかかっているのではとエドワードは腕を組む。だがオーディンも似たようなことを言っていた気もする。富よりも智に貪欲な、風変わりな猫だと。
「陛下にめいいっぱい甘やかして貰って、何でも願いを叶えて貰えるような立場にいるのに、ドレスも宝石も何にもねだらないものね。むしろドレスを作られたお蔭でリムの着せ替え人形になってげっそりしてるし……」
不意にフラウが声を潜めた。釣られてエドワードとサンティは耳を寄せる。
「私ね、最初シンシア様がただの小娘だったら萎靡ってやろうと思ったのよね。陛下の傍にいても邪魔なだけだし」
「おいおい」
「でもあの娘……怖いぐらい、綺麗なのよね……」
シンシアの瞳を思い出し、フラウは空を見上げる。何処までも澄んだ青い空。今日は暖かな風と相まって、とても過ごしやすい。
「見た目の綺麗だけど、中身もとっても綺麗……なんか、この世のものじゃないみたい……まるで」
まるで、精霊か神が目の前にいるみたい。
エドワードは目を瞠った。思わず手を突いて上体を起こす。
「精霊か神? あの娘が? 陛下は人間だったのを拾ったって言ってたんだぞ?」
「うー……私も何が言いたいのかがわかんないよぅ……」
フラウは唸りながら真紅の髪を掻き上げた。愛らしい美貌に、見た目相応の困惑が滲む。
どちらにせよ、彼女は人間にも魔族にも見えない。普段は主であるオーディンの気配を纏っているため吸血鬼に見えるのだが、ふとした時に彼女が見せる面差しや眼差しは、俗世の者には見えない程透き通っているのだ。
まるで、誰の手にも触れられていない、森深くで湧き出ている澄んだ泉のように。
その存在を冒し難いと、触れることさえも躊躇わせる清冽さと玲瓏さ。
「私が思うに、彼女は夜姫クリスの末裔じゃないかと思うんだ」
「夜姫クリスって、カイルの戦いに出てくる神の一姫よね?」
「そそ。漆黒の髪と漆黒の瞳の、夜に歌う安らぎの姫君。猫姫殿の髪と瞳もそう。同じ夜色なんだ」
「私、1回見たことある。シンシア様の闇色の目。陛下と一緒に魔力を抑える訓練をしてる時に」
「俺も。陛下の執務室で」
「私見たことないのにーっ!?」
お前たちより一緒にいることが多いというに、何故私だけ……っ!
くぅっと目元を押さえるサンティは本気で悔しがっている。銀の瞳にはうっすらと光るものがあったりなかったり。2人は冷めた目でそれを一瞥する。
「でも、まあ……正直、俺はあの姫が何者でもいいんだけどな」
フラウは目を瞬かせた。今にも歯軋りをしそうだったサンティも静かになる。
「珍しいな。誰よりも王の近くにあって将軍位に就くお前がそんなことを言うとは」
「だってシンシア姫が来てから、それまで毎日毎日険しかった陛下の顔が笑うようになったんだぞ? 次の日の朝会った時もなんだか……こう、疲れがとれて穏やかになったとか」
無表情か他を圧する冷ややかな笑みか。ここ数百年はそのような面ばかりを見ていた気がする。偶に興味を示したものを持って帰ってきていたが、笑う様など見なかった。
「シンシア姫が傍にいるだけで陛下が癒されるならば、飼うだけなら何時まででも構わない。多少なら金をかけてもいいと思う。それだけの価値はあるな」
あくまでも、飼い猫として傍に置くのなら、だ。元人間の少女であった彼女に、王の慰めなど務まらない。王がそれを望んでも、周りはそうさせまいと動く。もしかしたら食事に毒を盛られる程度では済まなくなるかもしれないのだ。その時、辛いのはシンシアだ。たとえ彼女が精霊であったとしても、エドワードには無垢なあの少女が周りからの重圧に耐えられるとは到底思えなかった。
確かに、清らか過ぎる彼女は少し力を加えると、脆く儚く壊れてしまうかもしれない。まだ16の少女なのだ。
それでも。フラウはぼんやりと一点の曇りもない空を紅い瞳で見つめ、思う。
「私、シンシア様だったら仕えてもいいかもしれない」
独り言のようなぽつりとした呟き。
何の躊躇いもなく心の底から湧いた言葉に、エドワードは渋面になり、サンティは苦笑を以って返した。




